高校生の頃、初めてお付き合いした人は良くも悪くも私にとって特別でずっと忘れられなかった。
自分から手を握るような人じゃなかったし、デートの誘いもいつも私から。
一方的だなとは思ってたけどたまに一緒に帰る時には当たり前のように家まで送ってくれたし雨が降った日、一つの傘を使った時には彼の右肩は濡れていた。
わかりづらい優しさだけどそのたびに大切にされてるんだって実感して嬉しくて、私もより好きになっていった。
だからこそ、卒業と同時に全く連絡がとれなくなった時は胸がエグられる様につらくて。
ああ。人を好きになるって楽しいことだけじゃないんだなあなんて、ちょっと恋に酔いしれたようなことも本気で思った。
零くんとの思い出は全部特別で、忘れられない。けど、
「ご注文お決まりですか?」
苦しいから本当は全部、忘れてしまいたい。
*
「最近良さげなカフェ見つけたんでなまえ先輩も一緒に行きましょ!」そう言って休憩時間、後輩に無理矢理連れてこられたポアロという喫茶店。
イケメン店員がいるとかで最近女性にとても人気があるらしい。
ちょうど私が足を運んだ時間帯も昼時ということもあり店内は女性客で溢れかえっていた。可愛らしい店員さんに案内された窓際のテーブルに座りパラパラとメニューを捲る、本日のオススメとかかれたシフォンケーキにお腹が鳴った。
同時にテーブルに置かれたお冷に顔を上げた時、
「ご注文お決まりですか?」
懐かしい顔がそこにあった。
高校の頃から何一つ変わらない、小麦色の肌に透き通る様な空色の瞳。
メニューを広げたまま固まった私に向こうも一瞬固まって、そしてすぐににっこりと笑った。
「ご注文は?」
「あ、えっと……シ、シフォンケーキ?」
「何故に疑問系?もうなまえ先輩、安室さんがイケメンだからって見惚れすぎですよ!」
「安室さん…?」
「はじめまして、なまえさん」
安室?降谷じゃなくて?こんなに似てるのに人違い?もしかして婿養子になったとか?いやいやいや、
色んな考えが頭の中を駆け巡りショート寸前。
でも確かに、私の知ってる零くんはこんな風に笑わなかったかも。
「は、はじめまして…」
でもあれ、おかしいな。
「安室さん、私はいつものサンドイッチお願いしまーす」
「かしこまりました」
はじめましてって言葉って、こんなに胸に刺さるもんだっけ。
結局昼は食べた気はしないまま、定時でタイムカードを切った。
初恋の相手と数年後大人になって再開〜なんてそんなテレビドラマじゃあるまいし。他人の空似、と頑張って自分に言い聞かせつつ全然納得はしていなくて、気づいたら昼間通った道を全速力で駆けていた。
窓から中の様子を伺うとカウンターに目的の人物を発見。
一気に早くなる心臓に手を当てながら入り口のドアノブに手をかけた。開かなかった。
「クローズ…え、閉店はや」
これは入るなって事か。
その瞬間冷静さを取り戻した私は途端に自分の行動が恥ずかしくなって再び元来た道を歩き出そうとした時、
「なまえさん?」
その声に足が止まってしまった。
振り向くと零くんの顔が零くんらしくないとても爽やかな笑顔を浮かべてこちらに手を振っている。
やっぱり他人の空似か、と思いつつ「珈琲飲んで行きます?」と微笑んだ彼に首を振る事は出来なかった。
「二度目のご来店ありがとうございます。丁度試作品のケーキもあるんでごゆっくり」
「…ありがとうございます」
手際よく珈琲を注ぐ安室さんをカウンター越しにぼんやり眺める、マグカップを置く時目が合いそうになって私は慌てて姿勢を正した。
もう一人のバイトさんは買い出しに行っているらしく静かな店内には二人きり、出会って二回目の男の人と何を話せばいいのか正直全くわからない。
「なまえさんって、不用心ってよく言われませんか?」
「え?」
「ああ、突然すいません。それ家の鍵ですよね、鞄についてるやつ」
「そうですけど…」
「女性の一人暮らしで鍵を剥き出しなんて危ないですよ、特になまえさんみたいなお綺麗な人は」
うん、この人は絶対零くんじゃないなと確信した。
なんだか一人で緊張してるのも馬鹿馬鹿しくなって思わず笑みを零せば安室さんは不思議そうに私を見た。
「どうして笑うんです?」
「いや、キザな台詞サラッと言うんだなって。…優しいんですね、どーして私が一人暮らしってわかったんですか?」
「もし恋人と同棲でもしてたら、仕事終わりに他の男に会いになんかこないでしょう?」
「別に安室さんに会いにきたわけじゃないですよ」
「酷いなあ。そこは嘘でも頷いてくださいよ」
思ったより話しやすい人だな、なんて。
自信作なんです、と出されたミルクティーのケーキはとても美味しくて食べるては止めないまま気づいたら余計な事を口走っていた。
「安室さん似てて、私の大好きだった人に」
「僕がですか?」
「言動とかは全然なんですけどね、顔と…雰囲気?」
「なんで疑問系なんですか」
「私にもよくわからないからです」
零くんじゃないっていうのはわかっているのになんとなく重ねてしまうのは何か共通点があるからだろうか。
わからないと笑った私に安室さんも少し眉根を下げらながら笑ってくれた。
女の恋愛話なんてつまらないだろうに、けど安室さんの優しさにもう少し甘えて。零くんに似てる安室さんに話したら少しは気持ちも楽になるだろか。
「ほんとは今でも大好きです」
呟いた言葉に初めて安室さんの手が止まった。
「…過去形じゃないんですか?」
「過去形にしたいんですけどなかなか忘れられなくて。私にとってすごく特別な人だったから…いつも一方的ではあったんですけど、」
「きっとその人も、」
カウンター越しに伸びてきた手は私に触れるギリギリの所で止まった。
先程まで穏やかだった安室さんの顔が今はとても歪んで見える。
その人も?
続きの言葉を何故か待ちわびてしまう私に安室さんは一度引っ込めようとした手をもう一度伸ばして、安室さんの手のひらが頬に優しく触れた。
「ずっとそばにいたいと思う事は簡単で、けどそれがどんなに足掻いても叶わないこともある」
「…安室さん?」
「自分じゃない誰かと幸せになる未来を望むのが一番の選択だってわかってるのにな…なーんて、ドキッとしました?」
私の頬から手を離した安室さんはまた爽やかに笑って私は思わず肩を震わせる。一瞬、ドキッとしてしまった自分がいた。…零くんに言われてるみたいで。
気づいたら外では大粒の雨が降り出していた。
駅まで送るとコートを羽織った安室さんが持ってきたのは一歩のビニール傘。生憎お店には今これしかないらしい。
断ったが安室さんも折れずで結局相合傘。駅についた頃には安室さんの右肩は大粒の雨で濡れていた。
「結構濡れちゃいましたね、風邪引かないように気をつけてくださいね」
「なまえさんも。またのご来店お待ちしてます」
結局月日は経っても優しいところは何一つ変わってなんかなくて。
零くんと一緒にいられる未来だけが私の幸せ。だから、
「私も、待ってる。」
露草
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