U.  




「オイ、東堂。」
「何だ。」
「それ何本目だヨ。」
「……、」
「はい、没収〜」
「ま、待て。喉が、」
「ほら尽八。おめさんはミネラルウォーターにしとけ。」
「…あぁ、すまない。」
「それにしても学期始めの健康診断でも何ともなかったはずだ。何故急に喉が渇くようになったのか、わけが分からないな。」
「ホントにネ。体調は別に悪くねぇし、タイムも好調だし。」
「糖尿病かもな?」
「バァカ。それはオメェだろ。」

隼人から受け取ったミネラルウォーターのキャップを外し、口を付ける。
急激に訪れた喉の渇きはあれから絶えず、それでも体調は崩れていない。
風邪を疑ってみたものの、熱もなにもなく平常通りだ。
3分の2に減ったミネラルウォーターを揺らす。
ちゃぷんっと情けない音が鳴った。

「そういえばまた被害者が出たらしいぜ。」
「あー行方不明のやつダロ?」
「その事件だが今回は被害者が戻ってきていないらしい。いよいよ部活動停止が有り得ると言われた。」
「ハァァア!!?オイオイ嘘だろォ!?」
「ふむ。行方不明者が消えた時間は夕方らしいからな。俺達のように寮生ではない生徒への配慮か。」
「だからって停止する事なくナァイ!?今だってこんな明るい時間に帰ってんだけどォ!!」
「靖友落ち着けよ。パワーバー食う?」
「あんがとネ!でもいらねーヨ!!」
「顧問の先生も大分掛け合ってくれたようだが、やはりこれ以上治安が悪化するのであればどうにも出来ないらしい。」
「そうか…事件が解決するのを祈るしかないな!!」
「でもなぁ…こうやって毎日寮までの道歩いてるけど、特になにもなさそうだよな。」
「何かあっても困んダロ。」

トボトボと、夕暮れにほど近い道を男四人で固まって歩く。
寮までは近いとはいえ、それなりには歩く。
いつもならまだペダルを回している時間だな、とは思うが無理をしてそれこそ出場停止などになったら笑えない。

長く伸びる自分達の影を眺めながら、寮までの慣れた道を行く。
近くの公園にはいつも遊具で遊ぶ子供達が見られるのだが、最近は少なく、今日は人影さえなかった。
やはり新しい事件の影響だろうかと、寂しささえ感じる公園を眺めていたら、ふと遊具の影に隠れるようにして人がいる事に気付いた。

ぱちぱちと瞬きをする。
何故あんな所に突っ立っているのか。
見るからに怪しいですと言わんばかりの人影。
喉が渇いて再びキャップを捻る。
口を付けて水を飲んだ瞬間、微動だにせず立っていた黒い人影がこちらを向いた。

思わず水を吹き出す。

「うぉ!?汚ったネ!!ふざけんなヨ!!」
「げほっ…す、すまなっゴホッ」
「テメッこっち向くなっつの!!!」
「おい尽八、大丈夫か?」
「使わなかったタオルだ。使え。」
「あ、ありがとうフク…」

フクからタオルを受け取り口元と喉に滴った水を拭う。
呼吸が落ち着くのを待って、視線を遊具の影に戻した。
やはりじっとこちらを見つめる黒い影。
背筋に言い知れぬ嫌なものを感じ、ぎこちなく視線を逸らした。
それに気付いたらしい荒北が、その影を認め顔を顰める。

「…何だぁ?ありゃ。」
「東堂の知り合いか?」
「いや、違う。」
「すっげー怪しいな。」
「それは俺も思ったぞ。見るからに怪しい。」
「…不用意に関わらない方がいいだろう。行くぞ。」

再び足を進める。
チラリと後ろを窺ったが、その人影が追ってくることはなかった。
ほっと息を吐き出すと隼人とそのタイミングが一緒で思わず笑った。
呆れたような様子の荒北からも暴言はなかったから、やはり少なからず気になってはいたのだろう。

@

何事も無く寮に帰りついた俺は、メンバーと別れ自室に入る。
ネクタイを緩め、ベッドにカバンを放った。
そして、ふと自室にある鏡を見て息を呑む。

目が赤い。

まるで月蝕のようなその赤に、呼吸が早まる。
驚きで声も出ないままただ鏡に写る自分と見つめ合う。
そっと鏡に触れて見ても、目を瞬いて、擦っても、そこにあるのはやはり赤い瞳。
意味が分からないと固まる俺に、少しして同室の隼人が入って来た。

「尽八?何やってんだ?」
「…隼人、」
「おめさん鏡見すぎだろ」
「俺の目は、何色に見えるだろうか。」
「は?」
「俺の目は何色だ?」
「いきなり何言って…」

後ろに立った隼人と鏡を通して視線が絡む。
目を見開き、鏡の中の俺の顔を凝視しているその様子に、やはり自分の見間違いではないのだと確信した。
しばし固まる空間で、隼人が惚けたまま口を開く。

「カラコン、か?」
「いや…」
「だよな…」

今し方帰ってきた俺にそんな芸当が出来無いことが分かっているはずの隼人はしかし確認を取ってきた。それ程に俺の目は真っ赤だったのだ。
鏡の中で見つめ合う。
ゆっくりと、俺は振り向いた。
真正面から隼人と目を合わせると、彼は驚いたのような顔をした後、眉を顰めた。

「…尽八、今は黒色だぞ。」
「何?」

慌てて目に手を当てるが自分では色を確認出来ない事に気付き、もう一度鏡に触れた。傍に寄って来た隼人と共に鏡を覗き込む。
そこには、やはり赤い瞳の自分。

「赤い…な、」
「一体どういう事だろうか…」
「痛くはない、のか?」
「いや…全く」

鏡の中で視線を交えて会話する。
その間も揺らぐ事なく瞳は赤のまま。
隼人の目は相変わらず鏡の中でも茶色いのだから、光の加減という事でもない。
こんな状況にも関わらず、渇きを訴える喉に手を当てた。

「一体…どうなってるんだ。」

もちろんその問いに答えるものなど居なかった。



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