U 頽れた体を抱きかかえ、そっと倉庫の壁に寄り掛からせる。 薄暗い中、気を失った女生徒の短髪を軽く払って、首筋を露わにした。 僅かに漏れた吐息は彼女のものか、それとも自分のものか。 目の前にした獲物に鼓動が早まる。 焦燥を抑え付け、女生徒の首筋に唇を寄せる。 滾るような熱い血潮の鼓動を感じて、ゾクゾクと背が震える。 武者震いがしてそっと舌を伸ばした。 太い血管を捜して何度も舌を這わす。 意識のない彼女から時折漏れる吐息が熱くて、興奮スル。 無防備に晒される柔らかな太腿を撫でながら、目当ての場所を見つけ何度も舐め上げる。 そして伸びた犬歯を柔肌に押し付けた。 ぶつり…っと、 音を立てて刺さるはずのソレは、肌に押し付けられたまま動かない。 犬歯を離し、口を閉じる。 自分の喉を絞めるように絡みつく指先に目線を落とし、そのままゆっくりとその手を辿っていく。 自分の首を絞めるように指を伸ばしている人物に目を留める。 僅かな間の後、菅原は目を見開いた。 「え…九条さん…?」 驚愕に見開かれる赤い眼を眺め、九条は不敵に口端を吊り上げた。 呆然とする菅原の首から手を離す。 微かに指の痕が残っているが、痛みよりも驚きが勝ったのか、菅原は目を見開いたまま口を開く。 「なんで…、」 「何でって、友達の危機だから。貧血で済むなら見逃してあげたけど。」 ニッと、 彼女はいつも通りに笑っている。 貧血で済むなら、なんて。 彼女は自分が吸血鬼だと、まるで初めから分かっていたかのようなセリフ。 二の句を繋げない菅原に、九条は眉を顰め、次いで彼の腕を蹴り上げた。 ハッとなる彼の掌を素早く踏み付け地面に縫い止める。 ローファーで容赦なく体重を掛けて踏まれ、菅原は悲鳴を上げた。 「!!ぃいたたたたたたたたた!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」 「さっさと太腿から手を離さんか、この爽やか変態め!!」 「ごごっごめごめんなさいっ…つい!!!!!痛い痛い痛い痛いぃいいいいい!!!!」 涙ながらに謝罪する彼が「つい」と本音を吐露した瞬間、九条の足がぐりぐりと動く。 あまりの痛みに声を上げる菅原を見て満足したのか、彼女はようやく脚を上げた。 真っ赤になりところどころ擦り傷が出来て血の滲む手の甲に触る事も出来ずに、悶絶する彼を気にも留めず、九条はニシッと笑った。 「貧血じゃ済まなそうだったから止めた。あのままだったら絶対ヤってたでしょ。」 「ヤっ……いや、うん。否定は出来ないんだけど…」 赤く染めた頬を隠すように俯く菅原に、彼女はひひっといつものように笑った。 吸血を邪魔された事を怒れる立場ではない事は分かっているものの、些か不満は拭えない。 未だ意識の無い理子に視線を滑らせて、菅原は隣に立つ九条を見上げた。 特に異様な雰囲気はないし、今までだって感じた事はない。 ただの人間、に思えるが、ただの人間が、明らかに人でない自分にここまでの態度が取れるかと聞かれれば否である。 不思議そうに首を傾げる彼女を、もう一度見つめる。 艶やかな黒髪が風に流れ、視界を妨げる。 黒髪の隙間から瞳が覗いた時、菅原の爛々とした赤の眼光が黒の瞳を射抜いた。 やがてゆっくりと九条は瞼を下ろす。 ふっと、力が抜けたように崩れ落ちる彼女に驚いて慌てて上体を支えた。 自分に寄り掛かる九条に訳が分からず眉を寄せる。 術が掛かると言う事は、やはり普通の人間なのだろうか。 友人が危ないと思ったから咄嗟に飛び出してきただけ? 益々意味が分からなくなり、悶々と悩む菅原は支える体が先程の理子の体よりも重くないことに気付いた。 体重云々ではない。 恐らく筋肉を使っているかいないかによる、その差。 と、言う事は。 まさかと、目を見張る菅原の予感は的中し、首元に寄り掛かっていた九条の頭が勢いよく起き上がり、そして。 ゴツンッ 「〜〜〜〜〜ッ…ッッッ!!!」 声にならない呻きを上げて、菅原は額を押さえて地面に倒れこむ。 涙を流しながら声を必死で押し殺している彼を、覆い被さるようにして覗き込んだ九条はニヤリと嫌らしく笑う。 「残念っしたー。私にはその術効かないっス〜」 そういって彼女はウインクをかましてくる。 腹立たしい事この上ない。 だが彼女を罵る気力も起こらず、盛大な舌打ちをして脳を揺さぶるような激痛に耐える。 大体効かないなら何故一度効いたフリをして騙したのか理解に苦しむ。 あぁそうか。性格か。そうか性格だな。 そういえば彼女の友人達が言っていた。 九条はとってもイイ奴だ。 なんだかんだ優しいし、気前も器量もいい。 ただ一つ。 性格がよろしくない。 優しいしイイ奴なのに、性格がよろしくないってどう言う事だと思った記憶があるが、そうか、これか。この人を馬鹿にしたこれか。 まさか身を持って体験する日が来るなんて。 大体あんなに勢いよく頭突きをかましておきながら、何故本人は飄々としているのか謎だ。もう石頭を超えている。 痛みに目を瞑ると端から涙が零れる。 あー…と声にならない唸り声を上げながら、地面に寝転がったまま、疑問を口にした。 「…吸血鬼、信じてないんじゃなかったの?」 薄く目を開くとそこには青空が広がっていて、彼女の姿はどこにもない。 何度か瞬きして、起き上がる。 傍を見ると壁に寄り掛けていた理子の姿もない。 え、と唖然とした呟きが漏れたと同時、草を踏む音が聞こえて振り返る。 そこには驚いたような面をする大地。 「スガ…何でそんな所に座り込んでんだ?」 「え…あ、いや……何でも、」 ない、…訳じゃないと呟けば、どっちだよと不思議そうなツッコミを返される。 風が吹き抜ける音を聞きながら、俺は脳の処理が追いつかない事件を必死で整理していた。 @ 「菅原!!」 「はいッ!!」 翌日。 朝練が終わって教室に入った瞬間、大きな声で名前を呼ばれ条件反射で返事をする。 すると駆け寄ってきたのはクラスメイトの理子で。 思わず生唾を飲み込んだ。 慌てて教室を見渡すと、自分の机で友達と談笑に耽る九条を見つけた。 一体あの後どうなったのか。 聞きたいけれど、とても教室では聞けない。 どきどきしながら理子の言葉を待つ。 すると理子は申し訳なさそうに眉を下げた。 「ごめんッ昨日手伝い頼まれてたのに…私体調悪くて保健室で寝てたんだわ…」 「……え、」 突然謝られた事に驚くが、その後の発言にも驚いた。 保健室で、寝てた…? 意味が分からなくて視線が右往左往する。 すると視界の端に捉えた九条がこちらを見ている。 何事かと眉を寄せて彼女に目で問い掛けると、その口が「合わせろ」と動く。 軽く首を傾げた俺は、ハッとして目の前の理子を見下ろした。 「や…、こっちは平気だったけど…、理子は大丈夫なの?」 取り敢えず当たり障りのない返答をする。 すると理子は照れたように頬を掻いて、もう一度ごめんと口にした。 「私もあんま覚えてないんだけど、なんか昇降口あたりで倒れそうになったから穂積が保健室まで連れてってくれたみたい。」 思わず瞠目した。 だってそうだろう。 これじゃあまるで九条が俺を庇ってくれたようだ。 しかもどうやら彼女は俺が吸血鬼だという事実を覚えていない。 唖然とする俺を尻目に、理子は「今度はちゃんと手伝うからね!」と言い置いて自席に去っていく。 その背を見送った俺は、そのまま視線を滑らせた。 頬杖をついた彼女は口端を吊り上げて、笑っていた。 君は一体何者。 |