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「あ。大地、おはよ〜」
「…穂積、お、おはよ…」
「んぁ?どった?何かあった?」

大アリだよ。お前のお陰で。

朝練が終わり、教室に戻ると、当然ながらに隣に座っている穂積。
当たり前だ。彼女は隣の席なのだから。
しかし、渦中の人物と仲が良いという事で、部員達からそれと無く情報を聞き出すようにいわれてしまった。

いや、無理だろ。

それと無くって何だよ。「あ、なぁそういや吸血鬼っていると思う?」
いや、無理だろ!!
何だよそういやって!明らかに不自然だろ!!
下手したら痛い奴だろ!!
悶々と悩みつつ隣に平然と座って一限の教科書を取り出す穂積をちらりと見る。

至って普通だ。
ここで「おととい何かあった?」なんて聞いてもよいものか。
いやいや、教室内で大っぴらに吸血鬼の話なんか出来ないだろ。

大きく溜息を吐く。それとなく聞くのはきっとスガの得意分野だろうに、俺がこの役回りだなんてツイてない。
切り出し方も分からずに頭を掻いていると無情にもチャイムが響く。
仕方なく座席に着いた俺は、横目でこちらを見ている穂積に気付かなかった。



「はぁぁ〜…」

騒がしくなる教室内。
あちこちからいい匂いが漂って、机を動かす音も聞こえてくる。
鼻腔と聴覚が刺激されるのを感じながら、俺は席を立った。
ふらふらと辿り着いたのは窓際の一番後ろ。

顔を上げたスガがぎょっとしたような表情で俺を見る。
俺が「タイミングが…」と零せば、全てを察してくれたようで「あぁ」と苦笑を返してきた。

取り敢えず空いている椅子を適当に引いてきてスガの机に弁当を置く。
先に弁当の蓋を開けていたスガは聞けなかった俺を責める素振りもなく、「しょうがねぇべ。」と笑ってくれた。

「何て話し掛けたらいいか分からないし、下手に聞いてバレー部の事バレたらヤバいし、かといって呼び出して聞くなんて俺もそうですって言ってるようなもんだし…。」

呪文のように言葉を羅列するとスガに引き攣った頬で「なんか旭っぽい」と言われた。

最悪だ。

溜まりに溜まったフラストレーションと一緒にスガを恨めしく思って睨みつけると、慌てたように両手をぶんぶんと振られたが、分かってる。
さっきのが本音だろ。分かってるべ。

ぎっ、と更に睨むとごめんと必死で謝られた。
息を吐いて俺も弁当箱の蓋を開ける。
自分でも少し気負いすぎかな、とは思っているが如何せん事が事だけに間違った選択肢は選べないのだ。

さて、下校まで残り少ないこの時間の間に如何にしてそれとなく聞き出すかが問題だ。
朝から昼の時間まで穂積はいつも通りに話し掛けてくれていたし、特に変わった点も見られなかった。
スガが俺の席に来て会話している時も変わらなかった。
本当にスガが吸血しようとしているのを見られたのは穂積だったのかと問いたい程だ。

「なぁ。どうやって話し掛ければいいと思う?」

箸を取り出しながら声を掛けると返答がない。
なんだよ、もう怒ってないのに。
訝しんで頭を上げる。すると目の前のスガは口を引き結んで固まっていた。
心なしかその顔は青く、怯えているようにも見える。

首を傾げるとスガは小さく顎で右を示す。
その通りに右を見て、同じように固まった。

渦中の穂積が、平然とそこに座っていたから。
そして、弁当を俺と同じようにスガの机に置く。

その音がやたら響いて、俺とスガは同時に生唾を飲み込んだ。
ニィっと穂積が笑って、俺もそれに笑い返そうとして引き攣った笑みしか返せなかった。

「あれっ穂積。今日は澤村達と食べんの?」
「おーぅ。誘われたからこっちで食べるー」
「マジマジ?恋バナ?うちらにもついに恋バナ来た?」
「ちょっと穂積!!あんた今日こそ私の吸血鬼存在説を…!!」
「はい、理子はうちらとあっちですー!!」
「レッツゴー!」
「ちょ、ちょっとぉぉぉおおお!!!」

「…五月蝿いな、理子…」

ぽつりと呟いた穂積の目が割とマジだった。
味のなくなったおかずを義務の如く口に運ぶ。居た堪れなくなって目の前のスガを見るが、それはスガも同じなのか気まずそうな視線が交わるばかりで言葉は出なかった。

一方の穂積は普通にお弁当を開けて食べ始めた。
ただ黙って咀嚼している姿を眺めていると、顔を上げた彼女と目が合う。
一瞬止まって、何か言わなければと口を開いたはいいが何を言うべきか分からず口を閉ざした。

「め、珍しいね…いきなり俺らと食べるなんてっ」

ぱっと視線を向けると、幾分引き攣った笑みを浮かべながらも何とか搾り出したらしい差し障りのない疑問を投げかけるスガがいた。
ね?と同意を求められコクコクと頷く。

チラッと2人で穂積を見る。
箸を咥えたままじっとこちらを見やる彼女に、狼狽えて目線のみを逸らせた。
するとそれまで沈黙していた穂積がふ、と笑った。
それに躊躇いながらも目線を彼女に戻す。

「いやだって何か聞きたい事あるんでしょ?」
「えっ」
「今日の授業中は大地と菅原の視線が気になって集中できないし。」
「ぅえっ」
「放課中はバレー部の連中が来ては不自然に教室覗いて大地と菅原に話し掛けてから、明らかに私を見て帰ってくし。」

「「…だから来んなって言ったのに…ッ!!」」

思わず机を叩く。
するとスガからも舌打ちが聞こえた。
今日の授業の合間、絶え間なくバレー部の面々が来ては噂の女生徒はどれだ、と聞いていくので嫌な予感はしていた。
それがまさか的中するなんて。

西谷と田中を止める素振りを見せながら縁下まで着いて来るし、月島と山口までやってくるし、お前等好奇心旺盛か!全員バレたらどうするんだ!!と追い返したのに全てバレてたら意味がない!!

ふるふると拳を震わせていると、ひひ、と特徴的な笑い声が聞こえて顔を上げる。

「日向、君?は自己紹介してくれたよ。」
「え”ッ…」
「コミュ能力高すぎるべ…」
「いい子だねぇあの子。で?日向君に人間ですか?って聞かれて違うよって一応答えたんだけどよかったのかな?」



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