人魚




目の前に広がる大きな水槽の中心に、何かが浮かんでいる。手に持っているクリップボードに目を落とす。「人工的個性付与計画?」被験体ナンバーXXXX。性別、Female。個性、“魚”の付与。そこまで見て、視線を水槽に戻す。浮かんでいるモノは、膝を抱えて丸くなったヒトだった。いや、ヒトと言うには違和感がある。彼女の下半身は、僅かな光できらきらと青く輝く鱗に覆われた、魚そのものだった。PRURURURU!!!無機質な部屋の壁に設置された受話器がさけびだす。その音に反応して、水槽の中の人魚が目を覚まし、こちらを見る。口から、こぽこぽと小さく泡を吐いて伸びをする。受話器が黙って、部屋に再び静寂が訪れる。俺は、クリップボードに挟まれた紙にサインペンで、後ろへ下がれ。と大きく書きなぐる。彼女はそれを見て、小さく首をかしげた後、ふわふわと奥へ移動する。俺は、右手を硬化させてガラスを全力で殴る。パキッ。痛くはねぇ。ヒビが、亀裂となり広がっていく。パリン。大型水槽は間抜けな音を立ててぽっかりと口を開ける。「!!」水槽の奥にいた彼女が、俺のところへ泳いでくる。「緊急警報発令!被験体ナンバーXXXXの水槽が破壊された!」けたたましく叫ぶアナウンス。「逃げるぞ」ふわりと笑って頷く彼女を抱き上げて、走り出す。「...海、かよ」必死に走って、出られた扉の先は、断崖絶壁と海。戸惑う俺の腕の中から彼女の視線を感じる。「やっぱ、それしかないよな!」飛び込む。落下時間が永遠のように感じられた。バシャン。衝撃がおさまって、ゆっくりと目を開けるとにこやかに笑う人魚姫。よかった、無事に助けられた...。

「切島ー?起きろ、遅刻すんぞ」「んあ...、上鳴?」「なんだよ、間抜けな顔して」「いや、なんかすげー夢見た」「マジで?どんな」「...忘れたけど」





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