もしもヒーローだったなら
友達の教室で、髪を巻いたりネイルをしたり、時間も忘れて騒いでいた途中、帰りに返そうと思っていたDVDを机の中に忘れてきたことを思い出す。
「この後、カラオケ行くけどどうする?」
「DVD返しに行くしやめとく!またね〜」
「また明日〜」「じゃあね」と言ってくれる友達に手を振って、誰もいない放課後の廊下を走る。
クラスメイトは、全員帰っただろうと思って勢いよくドアを開けたら、真ん中の列の後方に座る轟と目が合った。
「あれ、轟じゃん?なにしてんの」
自分の席からDVDを引っ張りだしてきて、轟の前の席に背もたれを抱きかかえるように座る。
「ジュンか...。日誌だ」
「授業終わってからずっと書いてたの?」
「いや、そういうわけじゃ...」
轟は、首を振る。
あたしは、轟が日誌を埋める様子を眺める。
「ジュンは?」
ノートや教科書を振り返らずに、サラサラと授業内容を埋めて行くあたり、クラスの成績上位も伊達じゃないんだなー。なんて感心してると、声をかけられた。
「あー、コレ取りに来た」
足元に置いてある鞄から、さっきのDVDの袋を出す。
轟は、「そうか」とだけ言って日誌に戻る。
「てか、轟って意外と真面目にこういうの書き込むんだ」
書いていたページが右側だったから、適当に前のページをめくる。
「これってさ、個性でるよね」
「個性?」
「そうそう、委員長のページ見た?スゴイから」
手を止めた轟と、数週間前の委員長のページを見る。
内容も感想も他の欄も細かい文字で、きっちりと真っ黒に埋められている。
「凄いな」
「ヤバイね」
そのまま、ペラペラとこのクラスの過去を覗く。
「今の、派手なページ...」
「コレ?私のだけど。カワイイっしょ」
手を止めた、唯一カラーペンで書き込まれたカラフルなページを開く。
内容は、「たのしかった」「よくわかんない」といったひとことに加えて、ハートや花の落書きが目立つ。
あたしが、日直だった日に友達と騒ぎながら書いたページ。
カラーペンで書き込んだら、殺風景な日誌も可愛くなってテンションがアガってこうなった。
因みに、担任からのコメントは「別に、色ペンは使わなくてもいい」って寂しいもの。
「ジュンは、もっと書いた方が良くないか?」
「いーじゃん、いーじゃん!こういうのは、楽しい方が」
「そういうものか?」
日誌のページが、轟の日に戻る。
「てかさ、もしなんか特殊能力が使えるようになるなら何が良い?」
「特殊能力?」
「そそ、アメコミヒーローみたいな」
あたしは、レンタルショップの袋からDVDを取り出す。
有名な、蜘蛛男ヒーローが街を救う映画のタイトルをみて、あたしの言いたいことを察した轟は自分の左手を見る。
「...炎とか?」
「マジ?轟って、結構アツいんだ。イイじゃん、炎で全部燃やしちゃうとか、カッコイイ」
「あと、氷なんかも強そうだよな。この前やってた、あの映画みたいな」
「あの氷使うお姫様、めっちゃカッコよかった。超わかる!」
「...でも、ふたつはズルいか」
顔を上げた、轟と目が合う。
空いた窓から入った風が、轟の綺麗な黒髪をサラサラと揺らす。
「いーじゃん?轟は、頭もいいし運動もできるし器用だし...多分、そういうのふたつあっても、ちゃんとなんとかできると思う」
もしもの話に、何がどう大丈夫なのかは分かんないけど、いつもクールで、あんま何考えてるかわかりにくい轟が、話にのってくれたことが、あたしは嬉しかった。
「てか、轟ってアニメ映画とか見るんだ」
「この前、テレビで姉さんが見てたからな。他にも、一緒に見ることもある」
「マジで?じゃあ、返却ついでに次に借りるやつ選んでよ」
「アメリカンヒーロー?」
「おっけ、個性的なやつね!」
(個性のない世界で君は何を選ぶのか)
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