おかえりの意味
同じクラスで隣の席の彼女は、俺がインターンから帰ってきて登校すると必ず、こう言う。
「おかえり」
「ただい、ま」
席について荷物の整理をしていると、横からルーズリーフとプリントの束が差し出された。
「いつも、悪いな。助かる」
「気にしないで。勝手にやってるんだから」
彼女から、ルーズリーフを受け取る。
「昨日、いなかった分。プリントは、授業中に解答まで出てるから、補習終わって必要になったら渡す。あと、演習は内容だけざっと書いといた」
「ありがとう...。えっと、これ」
俺は、カバンから小さな箱を取り出す。
「ん?なになに?」
「お礼、ノート取ってくれてる」
「いいのに...。でも、ありがたく頂戴いたします」
彼女の、ジュンの世話好きには本当に感謝の言葉しか出てこない。
補習があるとはいえ、フルで授業を受けているクラスメイトとの差ができてしまうことは明らかだったし、だからと言ってインターンに行かないわけにもいかない。
「わぁぁ、金平糖!かわいい!ありがとう」とはしゃぐジュンに安堵しながら、ルーズリーフをパラパラとめくる。
これで、もう何度目かわからないルーズリーフは、毎回手書きのもので、何故、彼女が俺に対してここまで、手間のかかることをしてくれるのか、気になりつつもクラスメイトで、気軽に話しができるこの関係が壊れてしまうことが怖くて、聞けないまま時間だけが過ぎていった。
このことをミリオに言ってみたら「そこまでしてくれる彼女に、それを聞いたところで関係が崩れるとは思えないよね!もう、本人に聞くしかないよね!」と返されたことを思い出す。
「ジュンは、なんでいつも俺のために、色々してくれるんだ?」
「なんで、って聞かれてもなぁ...?確かに、手間はかけてるけど...」
「...申し訳なさすぎて、辛い」
「もういっかい書くことって、復習にもなるし。別に、お礼が欲しかったり、私もノート欲しかったりってわけでも無くて...。ただ、ほんとに、すきでやってるからなぁ」
「すきで?」
「そう、すきで」
ジュンは、それをすることが当たり前だと言うかのように答えて、金平糖をいくつか口に放り込んだ。
「2年の時に、私がインターンに行き過ぎてテストやばかったことあったでしょ?あの時に、天喰くんがノート貸してくれて、めちゃくちゃ助かったから。その、お返しと、ヒーロー頑張ってる天喰くんへのご褒美、とか」
仮免が終わってからインターンが始まって、インターン先でのヒーロー活動と、授業との両立に慣れないまま、ジュンが順位をがくりと落としたことを思い出す。
補習だけじゃ足りないんだろうと感じた俺は、インターンから帰ってきたジュンに、ノートのコピーを渡したことがある。
「たった、それだけで...」
その後は、インターンと授業の生活にも慣れたのか、わかりにくい部分だけノートを借りたり、職員室に通ったりして、彼女はなんとか両立させたリズムを作っていった。
「たった、それだけ。それだけに感謝して、天喰くんが『助かる』って言ってくれることに甘えて、自己満足を満たしているだけ」
「悪いでしょ」とジュンは笑う。
悪いなんてもんじゃない、すごく助かっていることは紛れも無い事実だ。
「もしかして、迷惑だった?」
「迷惑なんかじゃ無い。本当に助かっている。...ジュンが良ければ、また、頼めるだろうか」
「頼まれなくても!」
ジュンは、ぐっ、とガッツポーズをしてみせる。
「あと...」
「なに?まだ、なにかおねだり?」
「おねだりって...」
「冗談、じょーだん」
「なんで、おかえり?」
「ヒーローとして、現場に行ってきた天喰くんが、無事に帰ってきてくれたから」
「帰ってきたから...」
「帰ってきたら、おかえりでしょ」
彼女は、さっきと違って少し、照れたように笑う。
その笑顔は、俺には眩しい太陽のよう。
「...ありがとう」
そう言うのと同時にチャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。
俺の言葉が、ジュンに届いたかはわからない。
先生に挨拶をして、教科書を広げる横顔を見ながら、俺も今度からジュンが、インターンから帰ってきたら、ノートは要らないと言っていたけど、演習や実習のまとめくらいは渡して、「おかえり」と言おうと決めた。
(おかえりって言葉がすき)
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