君の姿を探して



「何名さまですか?」
「ふたりです」
「禁煙席、喫煙席どちらが...」
「喫煙で」

彼女は俺に確認することもなく、座席を決めると「こちらへどうぞ」と案内する店員に付いて歩き出す。
週末の夜、騒がしい居酒屋の座席を縫うように案内されたのはふたりで座れる程度の個室。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」と店員が離れた後、メニューを見る前に彼女はカバンからタバコを出して火をつける。

「久しぶりだね、轟。いつ以来だっけ?」
「高校卒業後に1回会って以来」

「そうかそうか」と言ってメニューに目を通す。
向かいに座るヒーロー、ジュンとは別の高校に通っていたが、インターン中の現場で初めて会って以来、何度も現場で会ううちに話すようになっていった。ジュンは騒動がおさまった後「そうだ。轟、この後ご飯行かない?」と高校時代と変わらない笑顔で声をかけて来た。

「なんか決まんないや、とりあえず生でいい。轟は?」
「俺も同じでいい」
「食べたいもんは?」
「...なんでもいい」

呼び出しベルを押すとすぐに店員が現れて、ジュンはテキパキと注文をしていく。
「かしこまりました」と店員が去ると、また、タバコに火をつける。

「久しぶりに現場で会ったけど、相変わらずだね」
「相変わらず?」
「炎と氷。高校時代と変わらず派手で強いねぇ」

ジュンは、吐き出した煙を器用にデフォルメされた鳥や魚の形に変えていく。

「私の個性、地味だと思ってるでしょ」
「いや、器用だなと思っていた」

彼女の個性は、煙。自分の身体を煙に変えることができる。
ただ、前回会った時はまだ未成年だったし、今みたいにタバコの煙すら操れるとは知らなかった。

「ちょっとばかし自分の煙を混ぜてるだけ。ほら、自分の煙以外も操れたら便利かなって始めたら意外とうまくいってね。最近じゃ、火事の現場に行った時に近い範囲なら煙を退かして避難経路も確保できるようになってきた」

そう言うと、ジュンはもくもくと煙でさっきのデフォルメされた鳥とは違い、よりリアルな猛禽類を描く。

「すごいな...」と俺が言ったところで、店員がビールと注文したものをいくつか持って来て乾杯をする。
最近、どんな現場に行っただとか、どんなヴィランと遭遇したか、他の事務所やヒーローはどんな感じなのかと、自分だけじゃ得られない情報交換をしていく。

「同世代のヒーローだと、やっぱデクの名前はあちこちで聞くね。やっぱり。普段も元気にしてるの?」
「この前クラスメイトで集まった時にジュンの話をしたら会ってみたいと言ってた」
「あのデクに!それは光栄だ!」

ジュンは、ビールをぐいぐい飲んでケラケラと笑う。
数週間前に、クラスメイトと会って緑谷と喋った時もヒーロー話になって俺はジュンの話をした。
「確か、煙を扱うヒーローだったよね。彼女の煙は物理攻撃を無効にしちゃうし、避ける事に関して特化してるから敵の足止めには有効で...」とそのまま、ぶつぶつと自分ならジュンの個性をどう生かすか考え始めた姿を思い出す。

「私みたいな、地味めで知名度の低い人のことも詳しく考えられるなんて彼、相当マニアックだね」
「ヴィランでもないのに、ジュンとの戦闘の攻略法も考えてたぞ」
「だったらうちのボスに言って、戦闘訓練でもお願いしてみようかな。その時は、轟も来てよ」

注文品を持ってくる店員にそのまま、自分の分と俺の分のビールを頼む。

「それにしても、高校も別で事務所も別なのに轟とはなんかこう、会うんだよなぁ...なんでだろ?」

「連絡先も知らないのに」と呟く。
多分、彼女のことだから覚えていないのだろう、初めて会った日のことなんて。インターン中にヴィランが現れて対応した後、俺のところにきて「違ったら失礼なんだけど、もしかしてエンデヴァーの息子の雄英生?」と言ったジュン。「...そうだ」と答えたら「やっぱそうか、そんな派手な個性そうそいないもんね!」と笑った。

その日以降、俺の脳裏にジュンの笑顔が張り付いて、現場に行っては会えないかと期待したことなど、彼女は知らない。

個性を使うたびに人混みの中から、笑顔のジュンが「轟!」と俺の名前を呼ぶことを期待した、高校の友人と会う度にジュンの話をして「またかよ、お前もほんと好きだな」と言われていることも。

連絡先なんて聞いたら、俺は毎日でも彼女の笑顔を求めてしまうのではないかと、不安でいることも。ジュンは知らない。



注文したメニューも食べ終わった頃に、ジュンの電話が鳴る。

「事務所から?轟、ちょっとごめん」

俺が「構わない」と言うと申し訳なさそうに電話に出る。彼女は「今、飲んでるんですけど...緊急ですか?それ...私も?」と眉間にシワを寄せる。

「轟、本当にごめん。ボスがどうしても来てくれって。事件とか事故じゃないんだけど、埋め合わせは絶対する」
「急ぎなんだろ?俺はいいから、気をつけていけよ」
「本当にありがとう。また、何処かで会えたら声かけるから」

カバンから財布を取り出すジュンを止める。

「俺はもうちょっと飲んでいくし、それは次に会った時でいい」
「いや、でも...」
「ヒーローなら、困ってる人のところに迷わず行け。そうだろ」

今度は、ふわりと笑う。

「わかった、また絶対見つける」

ひらひらと手を振って、去っていく。
目の前の席には、もう誰もいないが、俺の脳裏にはまた新しいジュンの笑顔が追加された。






(お酒と煙草は20歳になってから)






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