君とひとつ傘の下
ポツリ、ポツリと雨が降っている。
朝の情報番組では、今日はずっと曇りの予報だったのに、授業が終わる頃には降り出していた。
「あっ、ジュン。待てって!早まるなって!」
寮までは5分くらいだし、まだ降り始めてそんなに時間が経っていないからこのまま歩いて帰ろうと、屋根の外に一歩踏み出そうとしたところで、後ろから明るい声が響いて、踏みとどまった。
振り返ると、黒のメッシュが目立つ派手な黄色が、空いた左手をぶんぶん振りながら、こちらへ駆けてくる。
上鳴は、私の横に並ぶと少しだけ乱れた息を整える。
「確かに、朝の天気予報は曇りだったけど、まだ諦めんなって」
右手に、ビニール傘を握った上鳴くんが焦った表情で私を見る。
「ほら、俺の傘に入っていけって!な?」
ビニール傘を某有名なドラマの印籠のごとく、私に見せつけて、ニッと笑う上鳴くんと目が合う。
「...寮までは5分くらいだけど?」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくて!」
さっきまでの、得意げな表情は急に消えて、今度は焦った顔になる。
私は、その焦った顔が妙におかしくて笑いそうになるのを堪える。
傘を持って、ここまで探しに来てくれたのに、「じゃあここで」と別れてこの雨の中に飛び込む理由もなかったし、上鳴くんの行為に甘える。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
私が、そう答えると、上鳴くんはまた笑顔になる。
「じゃ、行こうぜ」と言って、傘を広げて歩き出す。
傘の柄を持っている上鳴くんは、私が抱きかかえたカバンと私の身体が濡れないように傾けてくれるあたり、なんだかんだ優しい人だと思う。
人がまばらな帰路を少し歩いたところで、私は違和感を感じた。
普段の教室であれば絶えることなく、話をしてみんなを笑顔にする上鳴くんが、今はやけに静かで何を考えているのかわからない。
ちらりと、左を歩く彼の横顔を見ても、今度はどこか静かな表情。
別に、何かを話さなければならないわけではないけれど、折角、傘に入れてもらっているのだから、何かないかと話題を探す。
「なんで、誘ってくれたの?」
私の顔を見て、驚いた表情を見せる。
本当に、表情がくるくるまわって面白い人。
「雨降ってるし?濡れたら風邪引くし?それに...」
「それに?」
「今日、ジュンの誕生日だろ?」
誕生日だから。
だから、授業が終わって真っ先に帰路につこうとした私を探して、雨が降る中で私を傘に誘った。
言い訳というにはストレートすぎる、可愛らしくて嬉しい理由に笑いがこぼれる。
「笑うなって!」
「ごめんごめん。でも、今日が雨で、私が誕生日だから誘ったなら、あの人も誘ってあげれば?」
私が、傘の中で指差す先には雨に打たれながら前を歩く、相澤先生。
上鳴くんのあげた「えっ!?」って声で、先生がこちらに気づいて振り返る。
「お前らか」
「先生、今帰りっすか?」
「まぁな、すぐに帰れたらいいが」
先生の口調からして、今からまだ何か仕事があるのであろうことがうかがえる。
「相澤先生、よかったら使ってください」
私が、カバンから出したのは紺色の折り畳み傘。
上鳴くんの、もう何度目かわからない驚きの声が聞こえる。
「色も紺ですし、柄もないので問題ないと思います」
相澤先生は、ちらりと上鳴くんをみて、私の傘を受け取る。
「...その方が、合理的みたいだな。ありがたく使わせてもらう」
薄暗い雨の中、紺色の傘がひとつ咲く。
「じゃあ、先生。また明日」
「お前らも気をつけろよ」
「はーい」と、返事をして、また歩き出す。
「ジュン、傘持ってたのかよ」
「持ってたけど?」
「持ってたのに、濡れて帰ろうとしてたのか」
「だって、寮まですぐだから」
「はぁ...」上鳴くんの、ため息が聞こえる。
「それに、上鳴くんの慌てた足音が聞こえたから」
(HappyBirthDayForYou!2017/11/08)
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