君までの距離を少しずつ




同じクラスの天喰くんがすき。


数学の授業、教室での天喰くんは美人だ。
廊下側の列、前から2番目の席で黒板を真剣に見つめる天喰くんを、彼の左斜め後ろの席から見つめるのが私の毎日の楽しみ。
先生にに当てられた天喰くんが小さな声で答える。
自信がなくて、震える天喰くんに心の中で「あってるよ!」と応援するけど、伝わることはない。
先生の「正解だ」と言う返事に安心して着席する。
クラスメイトも、天喰くんがノミの心臓で目立つことが苦手だってことをよく知っているから笑う人はいない。
ただの、日常風景。
月曜日の、天喰くんは美人だ。


ヒーロー基礎学、運動場での天喰くんはかっこいい。
今日は、クラスメイトでペアを組んでの戦闘訓練。
仲のいい女の子とペアを組んで、先生と対峙する。
1年の時から、ずっと一緒で個性も戦い方も知っている子だから難なく終わった。
友達から「ほら、次くるよ」と教えてもらって、見学しやすいポジションへ移動する。
3年になって、学校のビッグ3と呼ばれるようになったのに、相変わらず上手くできたか心配する天喰くん。
今朝も、お気に入りのアサリを食べたんだろうな。
学校とインターンで鍛えた技で、先生を追い詰める。
火曜日の、天喰くんはかっこいい。


昼休み、リラックスした天喰くんは可愛い。
チャイムがなって、昼休みが始まる。
天喰くんと仲がいい、ミリオくんがコンビニの袋を持って彼の席に来る。
私も、友達の席に行ってお弁当を広げた。
ミリオくんの笑い声が聞こえる。
いつも、自信なさげですきあらば自虐を言う天喰くんも、ミリオくんの前では安心した表情を見せる。
私にも、その力があればいいのに...って思うこともあるけど、今は同じクラスで遠くから見れるからそれで満足。
水曜日の、天喰くんは可愛い。


選択授業、インターンで天喰くんはここに居ない。
選んだ科目は、同じなんだけれど、今日はインターンで居ない。
ヒーローとして、大阪でファットガムと一緒にいる天喰くんはを私は知らない。
ちらっと見た動画に、映っていたことはあるけど、彼も私もまだプロヒーローじゃない。
まだ、メインで動くこともないしテレビでもクローズアップされることはまずない。
活躍する天喰くんを見られないことは残念だけれど、同時に彼がまだ全国レベルで取り上げられるような事件に巻き込まれていないことは、よかったと思う。
木曜日の、天喰くんはここに居ない。


放課後、すやすや眠る天喰くんは綺麗だ。
今週1週間の授業を全て終わって、クラスメイトが帰る支度をする中で、私は1人空き教室へ向かう。
向かい合わせにされた、ふたつの机の片方に担任の先生が座る。
今日は、私の個人面談。
卒業後、サイドキックとして就職するのか、大学に行くのか先生に聞かれる。
天喰くんは、どうするのだろうか。
今のまま、大阪に行ってファット事務所に入るのか、他の事務所に行くのか。
私は最近ずっと、天喰くんのことを見ているけれど、天喰くんのことを何も知らない。
「進路、どうするか決めたのか?」「大学に、行こうかなって...」
特に理由はなかった。
でも、3年間ここでヒーローとしての基礎を学んで、訓練してインターンにも行ったけれど、自分に自信がなかった。
決して成績が悪いわけでも、大きな失敗をしたわけでもないけれど、ただこの漠然とした気持ちだけで、卒業後プロとしての自覚を持てる気がしないだけ。
ヒーロー科を卒業して、大学に進みながらサイドキックとして働く人も居たから、先生も反対はしない。
「ありがとうございました」
漠然とした気持ちを吐き出して、結果もう少し迷うことを先生に告げて自分の教室へ帰る。
終了予定よりも、随分早く終わってしまった。
クラスメイトが全員帰ったと思われる、静かな教室のドアを開けると、残った生徒が1人。
天喰くんが、机に突っ伏してすやすや眠っている。
私はなんとなく、彼の横に立って寝顔を覗き込む。
少し、左を向いて眠る彼の寝顔は、静かに瞼を閉じている。
3年間ずっと同じクラスだったのに、最近になって目で追いかけるようになって、今が1番近い距離。
髪と腕の隙間から見える、整った顔を少しだけ覗く。
睫毛が長い、唇が薄い、耳が少し尖ってる...。
眠っている天喰くんを勝手に覗き込んだドキドキと罪悪感のようなものを抱いて自分の席に行き、帰る準備をする。

「...ん」

右斜め前の天喰くんが、ゆっくりと体を起こす。
伸びをして、振り返る。

「えっと...、水無月、さん?」

天喰くんの薄い唇が、私の名前を呼ぶ。

「おはよう、天喰くん」
「面談、終わったのか?」
「終わったよ」

「そうか」と言って、天喰くんは立ち上がる。
個人面談、天喰くんは私の次だから、教室で待って居たのだろう。

「そういえば最近、ずっと俺のこと見てるよな...?」

自分の視線が、バレてないとは思っていなかったけれど、まさか天喰くん本人から言われるとは思っていなかった。

「えっと...、ごめん。不快にさせた?」
「...いや、なんかあるのかと思って」
「そういうわけじゃないんだけど」

天喰くんは、意味がわからないと言った風に首を傾げる。
時計の秒針だけが、静かな空気に響く。

「天喰くんと、友達になりたいだけ」
「...こんな...俺と?」
「そんな、天喰くんだから」

あまり、表情が変わらないから、私は拒絶されるんじゃないかと心臓の鼓動が早くなる。
天喰くんは「俺と友達になっても、メリットなんてないと思う...」と言って、時計を見る。

「もう、行かなきゃいけないんだ。悪い、また来週」

天喰くんは、教室を出て行く。
突然のことに驚いたけど、また来週。ということは、きっと拒絶はされていないと思う。
私の、天喰くんを眺める日々は今日でおしまい。
来週からは、少しだけ積極的に話しかけてみようと思う。


私は、友達の天喰くんがすき。





(色んな顔が見たい)




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