僕だけが知っていること
【同じクラスの黒尾くん シリーズ】
甘い香りが漂うイベントで、隣の席の女の子は貰った人に返す形でチョコを配っていた。ラッピングされた包みを、にこにこしながら「ありがとう」と言ってクラスメイトの女子に渡す。
こんな可愛いイベントに興味のない僕は手持ち無沙汰でその様子を眺めていた。終礼が終わってしばらくしてから部活に行こうと立ち上がったところで、水無月さんは「ねぇ、余り物って言ったら申し訳ないんだけど、甘いもの食べれる?」と言って僕にラッピングされたそれを差し出す。一瞬だけ、誰に問いかけているのか迷ったけれど、廊下側の壁際に座る彼女の隣の席は僕だけだし、前後のクラスメイトの姿はもうなかった。甘いものはきらいじゃないし彼女からの好意を断る理由もなかったのでお礼を言って受け取る。「お礼なんて気にしなくていいから」と彼女が言ったところで、教室後方の扉が開く。
「あれ、黒尾はもう出てった?」
開いたドアから顔を覗かせたのは隣のクラスでバレー部副主将の海。
「残念ながら、終礼終わってすぐに出てった」
「今日、部長会議だっけか」
水無月さんと海の会話に、同じクラスでバレー部の夜久が加わる。
「そっか、ありがとう」
「あっ、ふたりもこれ持って行って。お礼は要らないから、差し入れって事で」彼女はカバンから包みを取り出して差し出す。
バレー部のふたり組は、水無月さんにお礼を言って部活へと向かう。僕も、再度彼女にお礼を言って教室を出る。「お礼は要らない」と言っていたけど、何もしないのも引っかかるなぁ。なんて、あまり負担にならない水無月さんの好きなものを思い出しながら僕も部室へ向かう。ラッピングの中身は、無難な市販のチョコレートの詰め合わせだった。
「水無月さん、昨日はありがとう」僕はそう言って、コンビニで買ってきたジュースを渡す。
「お礼はいいのに」
「じゃあ、差し入れ」
「なんの差し入れなんだか」
「でも、ありがとう」といって水無月さんはそれを受け取った。
「考えること、被ったんだけど...」
声が聞こえて振り返ると、僕が水無月さんに渡したものと同じジュースを持った夜久が、がっかりした顔で立っている。
「だから、言っただろ?」海がコンビニのビニールを差し出す。
「口に合うといいんだけど」
「限定のもの選んでくるあたり、海くんは策士だなー。ありがとう」
水無月さんは、僕ら3人に「ありがとう」と笑う。
「何の話?」
「水無月さんから、差し入れ貰ってね。そのお礼」
僕たちの会話についてこれない、黒尾の問いに海が答える。
「余り物だったけど、喜んでもらえたなら」
チャイムが鳴って、海は自分のクラスへ戻り、夜久は僕たちと離れた自分の席へ向かう。
僕はこっそり斜め後ろに座る黒尾を盗み見る。
彼は、はっきりと表情には出さないものの、ショックを受けた雰囲気が溢れ出ていた。
「私のおやつなんだけど、同じクラスの黒尾くんにあげましょう」水無月さんは、くるりと振り返ると極細ポッキーとチョコを黒尾の机に置く。
驚いた顔で、黒尾はどうしたらいいか分からずお礼を言うのも忘れて固まる。
椅子に座りなおして、授業の準備をする水無月さんの後ろで、黒尾は驚きと嬉しさで机に突っ伏したまま動かない。
両手で、ポッキーとチョコを握りしめたまま。
気をつけないと、チョコは溶けちゃうよ。と僕は心の中で呟く。
そして僕は知っている。
昨日、彼女が渡していた中に黒尾が握りしめているピンクのリボンが巻かれたハート形のチョコと同じものはなかったことを。
加えて他のお菓子の中にもハート型なんて1つもなかったことも。
さらに、極細ポッキーが彼女の大好物であることも、隣の席である僕は知っている。
でも、彼女の本心は僕も他の誰も知らない。
黒尾の気持ちは、たぶん彼女以外、みんなが気づいているというのに。
(はっぴーばれんたいん!)
(よく考えたら時系列が謎だな...)
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