月夜の狼
「なんで、いつもそんなギリギリまで吸うんだヨ」
ふぅ、と私の口から吐き出された煙はふらふらと満月の方へ上って行く。
「20円に対する敬意だよ、これは」
振り返る事もせずに、満月を見つめたまま答える。
時折、遠くから聞こえる車の音と秋の虫の声以外は音のない、静かな夜。
ベランダで、足を伸ばして涼しくなった空気と紫煙を吸い込むこの時期がすきだった。
トントン、とアニメ柄の空き缶に死んだ灰を捨ててまた煙を吸う。
さっきまで、レポート用紙と参考書籍とにらめっこしていた靖くんが私の右隣に座る。
私は、右手に持った煙を左手に持ち替えて、また、紫煙吐き出す。
彼とは逆の方向へ。
元ヤンだ、と噂で聞いたことはあるが、私はヤンキーだった彼を知らない。
確かに、目付きもガラも態度も悪い。けど、私が知っているのは、大学の自転車競技部で空色の綺麗な自転車を誰よりも、誰よりも早くゴールへ連れて行こうとする一生懸命な、荒北靖友という男だけだ。
「静かだな...」
ベランダにきたものの、私と違ってすることのない靖くんがつぶやく。
「レポートは、終わったの」
「アー、アレだ。後は、なんとかなるヨ」
彼という男はいつもそうだ。
決して頭が良かったり、要領がいいワケではないが、ある程度道を教えればちゃんとゴールまで走れる、そんな奴だ。
「なら、良かった」
手のひらサイズの箱から、新しいものを取り出すと靖くんは慣れた手つきでライターに火を付ける。
「ありがと」と好意に甘えて、私はまた、紫煙を空へ流す。
「いる?」と箱を見せるが、靖くんは「いや」と首を振る。
ヤンキーだとかなんだとか言われても、根っこの部分はスポーツマンそのもので、私の誘いを受け取ったことはない。
「靖くんは、真面目だね」
「ジュンチャンは、不真面目だネ」
そう言って、靖くんは月を見上げる。
髪は真っ黒で、目付きは悪くて、唇は薄くて。ロードで鍛えられてるから二の腕や胸にはしっかり筋肉がついていて。決して、儚いなんて言葉が似合うような男ではないけれど、靖くんには月が似合う。儚い秋の月が。
(秋の月夜がすき)
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