明け方の紫煙と箱



「おはようございます、諏訪さん」

喫煙所に設置された時計が7時を少しすぎた頃に、咥え煙草がトレードマークの喫煙者が現れた。

「おー 早いな。ジュン」

諏訪さんがポケットに手を入れたのを見て、手に持ったライターの火をつけ彼の咥えた煙草に近づける。
「サンキュー。相変わらずジュンは気がきくわ」と言って、諏訪さんは美味しそうに最初の一口を吸い込む。それに合わせて、私も次の1本に火をつける。

「...今日はデートなんです」
「はぁ?デート前に喫煙所かよ...」

諏訪さんが、呆れた顔でこちらを見る。

「仲のいい女の子なので。喫煙者の」
「...そっか」

私は、諏訪さんから視線を外して紫煙を吐き出す。喫煙所のガラスの向こうに、ちらほらと隊員の姿が見える。朝はやくから活動する理由は違っても、それぞれのいちにちが始まる。

「諏訪さんこそお早い時間に」
「夜勤明け」
「それはそれは、お疲れ様です」
「...ドーモ」

眠たそうな諏訪さんが照れた様子で後頭部を掻く。昨夜は、一晩本部に泊まったけれど危険区域内でゲートとネイバーが現れた様子はない。何もないのは、勿論良いことだけれど防衛任務で夜通し待機するぶんには正直眠気に負けそうになるから、現れてくれたほうが目も覚める。

「諏訪さんのおかげで、ぐっすり眠れました」
「なんもなかっただけだろ」
「いえいえそんな」

灰皿にとんとんと灰を落とす。
2人きりの喫煙所が静寂に包まれる。
ガラスの向こうの小さな声や音に耳を済ますが、内容など聞き取れるほどではなくて、まるでここが、世界から切り離された空間のように感じる。

「そういえば...」

私の横で、私と同じように壁にもたれている諏訪さんがこっちをみる。

「ん?」
「4月から喫煙所が減るって噂聞きました?」
「なんだそれ...生きづれぇな...」

生きづらい、か。
まだ、本当に減るのか。どれほど変わるのかは知らない。ただ、減らそうとしている動きが上層部でちらちらと見える。と、先日の夕方にこの切り離された空間で林藤さんから聞かされた。
「俺は勿論、減らさない方向に引っ張るつもりだけどね」と言った、眼鏡で本心が読み取れない笑顔を思い出す。

「でもまぁ、そうなればこうやって諏訪さんと出会える確率もあがりますね」
「はっ?ジュン...?」

素っ頓狂な声をあげる咥え煙草のお兄さんの顔は見ずに、灰皿へ火を消した吸い殻を捨てて、私は外の世界へ戻る。

「深い意味はないですよ。では、お先に」

朝から良いこともあったし、私の休日は幸先がいい。







(紫煙の篭った箱みたいな部屋がすき)






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