夏に融ける




じりじりと、照りつける太陽を全身に浴びて、彼女はプールサイドに横たわっていた。
制服のまま靴と靴下だけ丁寧に脱いで、脇に置いて。
両膝から下を揺れる水面につけ、両の指はお腹の上で祈るように絡み合っている。
こんなところで、なんで無防備に眠っているのか不思議に思って近付くと、彼女は目を開けずに「なぁに?」とだけ言った。

「何、してるんや?」

俺は、静かに横たわる彼女の横にしゃがみ込む。
太陽は、容赦なく俺とジュンにその熱を与えてくるが、素足に触れるプールの水はほんのり冷たくて気持ちええ。

「融け合ってるの」
「融け合っとるんか」

水面の少し下、ジュンの脚はふくらはぎあたりからゆらゆらと消えていた。
“融解”それが、彼女の個性。


「水とあたしは、きれいに融け合っているようで、解け合うことなんてできないの」

4ヶ月程前、中学3年になって初めて同じクラスになって、最初に聞いたジュンの言葉。


揺らめく水の中に、少しだけ虹色に輝く場所がある。
それが、きれいに解け合えないジュンらしい。

「豊満くんは、何をしに来たの?」
「おお、せやった。プール掃除に来たんや」

とは言っても、自分以外のメンバーは期末テストの追試やらでまだ来ないんやけど。
ジュンは「手伝ってあげよっか」と言ってどろりと、融けた。
プールサイドには、持ち主を失った制服だけが波に揺れている。

「制服、どないすんねん」

揺れるそれは、一瞬だけ神聖な、俺なんかが触れてはいけないようなものに見えた。

「っ、ぷっはぁ」

制服を拾い上げたところで、水面から顔を出したジュンと目が合う。

「それ、どうするつもりなのかなぁ?」
「どうするって、濡れとるしとりあえず乾かそかと...」

事実、間違いではない。
加えて、道徳的にも問題のない答えやと我ながら感心する。

「ふぅーん。まぁ、いいけどね。ありがと、拾ってくれて」

ばしゃばしゃとプールサイドまで泳いで来て、上がって来たジュンは大きな伸びをすると俺の手からびしょ濡れの制服を受け取る。
プールの水と融け合って、制服を文字通り脱ぎ捨てたジュンは、学校指定の水着姿。
「なんで、それは脱げへんのや?」と下心なく純粋に不思議に思ったのも「お父さんの友達がヒーロースーツのデザイン事務所の人で、特注品」そう答えられたのもまだ、記憶にはっきりと残っている。
ジュンは、日のあたっているフェンスに慣れた手つきで制服を干す。

「さて、一生懸命頑張って掃除して、ひと泳ぎしよっか」

掃除用具を取りに、倉庫まで水着姿のまま小走りで向かうジュンの背中を追って、俺は目が覚める。




「ファット?」
「おお、環...。すまんな、うっかり寝てしもたみたいや」

大きく伸びをして、そのまま軽いストレッチをする。
特別、印象深い思い出というわけでもないのに、俺の心に残っていて何度も夢に見たあの中学の思い出をなぞりながら。





(君の夢に融ける)






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