勇気の出る唄
【同じクラスの黒尾くん シリーズ】
「じゃあ、またなー」
「おう」
部活帰り、夕日の差し込む駅のホームでチームメイトと別れた。
同じ方向の研磨は、新作ゲームを買いに行くと先に部室を出て行って、ひとりの帰り道。
「まもなく、電車が到着致します...」
アナウンスが流れて、いつもの電車が滑り込んでくる。
扉が開いて、乗り込む。
疲れた身体を少しでも休めようと空席を探したところで、座席の端に座る見知った人がいることに気付く。
イヤホンを耳にして、本を読む隣に突然座ってもいいか一瞬迷ったが、ここに座れと言わんばかりに空いている席が彼女の右側しかない為、彼女を驚かせないよう静かに座る。
「扉が閉まります」
電車が動き出す。
水無月さんは、まだ俺に気付かない。
足元に置いたカバンからスマフォを取り出して、祖母からの「夕飯なにがいい?」というメッセージに「魚」とだけ送る。
「それしか、食べるもの知らない?」なんてふざけた返信に適当なスタンプを送ったところで、視線を感じた。
「あれ、やっぱ黒尾くんだ」
「同じクラスの黒尾くんですよ」
「なにそれ」彼女が笑う。
「なに聞いてるの」
カバンに本をしまって、片耳からイヤホンを外す水無月さんに聞く。
「中学の頃に聞いてたCD」
「聴く?」差し出された、左側のイヤホンを受け取って、自分の耳につける。
クリアーとは程遠い、お世辞にも音質がいいとは言えないガサガサした音が聞こえる。
雑味のなかから聞こえる、子猫が唄ったような子犬が叫んだような歌詞は、数年前に友達がよくカラオケで唄っていた唄。
曲が終わって、水無月さんが停止ボタンを押す。
俺がイヤホンを返すと、くるくるとまとめてカバンにしまう。
「音質、ヤバイでしょ」
「壊れてんの?」
「本体は、壊れてないんだけどね」
そう言って、取り出してみせたのはポーダブルのCDプレイヤー。
「なんて、レトロなものを...」
「貰ったんだよね。電池で動く」
何故か、得意げな表情の水無月さん。
今時、電車の中ではスマフォでゲームしたりトークしたり、音楽だって聴けるし動画も見れる時代に、彼女はCDプレイヤーで音楽を聴き、本を読む。
水無月さんだけは、ひとり一昔前を生きているみたいに思えた。
「黒尾くんは部活ですか」
「水無月さんはおでかけですか」
「お天気がいいから、ちょっとね」
「本、読んでたの邪魔しちゃったな」
「そんなことないよ。声かけてくれればよかったのに」
「音楽聴いてる邪魔しても悪いし?」
「そんなこと、気にしないのに。黒尾くんなら」
黒尾くんなら?それが、一体どんな意味なのか聞こうとしたけれど、なんて聞いていいか分からず言葉が出ない。
「......今日はあっついな」
「体育館、暑かったでしょ。死ななかった?」
「死んでたらここにはいませんよー」
「幽霊だったりして」
「やだなー、見えるようになっちゃったか」とふざける水無月さんに「俺が幽霊だったら、水無月さんの声は全部独り言になるってわけか」とふざけ返す。
ゴールデンウィーク前の日差しは、まだまだ夏には及ばないものの、ジリジリと暑い。
電車の乗客は、半袖の人がちらほら見えるようになってきた。
「黒尾くんは、ゴールデンウィークも部活?」
「仙台まで、遠征行く」
「私は、甘いものが食べたいです」
「覚えていたら」
覚えていたら、なんて言ったものの電車の窓から差し込む夕日に染まった屈託のない笑顔が、俺の心に染み込んで行く。
「私は、次で降りるね」
2人の沈黙の間を流れた車内アナウンスを聞いて、水無月さんが呟く。
「じゃあ、またね。同じクラスの黒尾くん」
「おう、気をつけてな」
軽快な音楽の後に、ドアが閉まる。
窓の外で水無月さんが手を振っている。
2人の沈黙は、1人の沈黙に変わった。
俺は、カバンからスマフォを取り出して音楽購入のアプリを開く。
検索欄に歌手名を入れて視聴を繰り返し、さっき聞いた勇気の出る唄を見つけダウンロードする。
イヤホンから流れる曲は、水無月さんのものとは打って変わって、クリアーな音質。
だけど、どこか物足りないものを探しながら俺は自分の降りる駅までの数を数える。
(今年のGWはどう過ごそうか)
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