単位ゲットは大丈夫?


白衣に着替えてから、飼育エリアに足を踏み入れる。

「ニャート」

相棒のニャヒートが、待ってましたと言わんばかりにボールから飛び出す。

「迷子にはなるんじゃねーぞ」
「ニャ」

ご機嫌な返事を返して、ニャヒートは草むらの中へ駆け出していく。
それを、見送ってから俺はいつも通り、温湿度の確認へと向かう。

ここは、とある大学の研究施設。
アローラ地方の自然を模したこの飼育エリアでは、主に自然の中での生態や行動を観察する為に、様々なポケモンが飼育されている。

俺以外にも、観察や研究に来ている学生が何人か居る。

「ニャト!」

施設や設備にに異常がないか確認など、ルーチンワークをひとつひとつこなす。
最初は、手間取った事も多かったが4年目ともなると、時間もかからずに作業は片付いていく。
最後に、縄張り争いに負けて負傷したコラッタの怪我の具合を見ていたところで、戻ってきたニャヒートが俺の白衣の裾を引っ張った。

「ちょっと待ってくれ。お前はもう、大丈夫だな?怪我も問題ない。次は、負けんなよ」

コラッタの包帯を解いてやると、俺の顔をじっと見てから、くるりと方向転換をして草むらの中へと消えていった。
こいつらは、あくまでも大学のこの施設で飼育しているポケモンであり、誰かのポケモンではない。
世話はある程度するものの、基本的には自然界の生態、行動を確認するためのもの。

「で、お前は何の用だ?」
「ニャヒー、ニャ」
「わかった、付いていくから」

救急箱をざっと片付けて、ニャヒートの後を付いていく。
ニャヒートは、俺がちゃんと付いてきているか時々振り返っては確認をしつつ、前を歩く。
さっきのコラッタの様に、俺が主に観察しているポケモンに異常があれば、知らせるようニャヒートには指示を出している。
が、焦っている様子も慌てている様子も見られないから、今回は重大なことはないのだろう。
じゃあ、一体何があるんだ...。

「あー、なるほどな」

ニャヒートが立ち止まって見つめる先には、木にもたれかかってスヤスヤ眠る研究室仲間がいた。
彼女の肩や頭、足元にツツケラが群がって一緒に眠っている。

「学内の飼育エリアで飼われているとはいえ、手持ちでもないポケモンと一緒に眠るなんてな」
「ニャ」

俺と、ニャヒートの声に反応して、ツツケラ達が目を覚まして飛び立っていく。

「ん?」
「ジュンちゃーん。天然の羽毛布団は飛んで行っちまったけど、まだ寝るつもりか?」

うっすらと、ジュンが目を開く。

「てか、朝の講義も出席していなかっただろ。何時から寝てるんだよ」
「昨日の夕方から研究室にこもっていたんだけど、明け方に室温の異常警報があって、確認に来てか、ら...?」

入室して最初に行った温湿度確認で、変に室温が下がっていた時間があったことを思い出す。
今は落ち着いているし、中で他に異常がないか確認してからで問題ないと後回しにしていたが、もう対応済みだったか。

「因みに、それの原因は」
「ツツケラ達と、ロコンの喧嘩。温湿度計の側だったから、モロに影響受けたみたい。今はもう問題ないけど対策、考えなきゃかなぁ」
「それで、眠気に負けてそのまま寝ちまったわけだ」

ニャヒートが、いつのまにかジュンの膝の上に乗り、撫でられながらゴロゴロ言っている。

「対応済みの連絡をしようと思いながら寝ちゃってた。ごめんね」
「いや、それはイイけど...。講義の出欠は大丈夫なのか?」
「うっ...、研究に夢中になりすぎて、最後の最後で出席日数不足で単位落とすぞ!って教授に言われてるんだよね...」
「教授にも言われてるのか」
「今期で危うかったら、島めぐりって言われた」
「島めぐり、ねぇ」

この大学の七不思議、そのいち。
卒業までに単位が足りなくても、島めぐりを行なってアローラ地方のキャプテンとキング、クイーンに勝てば卒業することができる...、らしい。

あくまでも、噂であり学校側が認めて何処かに記載されているわけではない。
夢とロマンと卒業を求めて、過去に何人か「島めぐりに行ってくる!」と自暴自棄になって飛び出した人がいるとは聞いたことがあるが、島めぐりを達成させて卒業した人がいるとは聞いたことがない。
火のないところに煙は、なんていうが一体誰が言い出したのか。

「いっそ、島めぐりした方がいいのかな。私」
「そんな余裕あるのかよ。単位だけじゃなくて、卒業論文も控えてるんだぞ」
「ポケモンの生態を実体験として学ぶのであれば、ここでやるよりも外に出た方がよりリアルな体験になると思うのだけれど?」
「そんな余裕があればな」
「結構、長期休暇を利用して飼育エリアと自然とでの比較研究データを取ってる先輩って多いよね?」
「いや、確かにいるけど...。そんな先輩達のデータのおかげで、この飼育エリアでは野生で生活するポケモンと大きな差は無いって、結果は出てるだろ」
「でも、私の研究でもそれが当てはまるとは限らない」
「マジで言ってるのか?」
「候補に入れておくくらいには。単位も貰えて、旅行もできて、卒論も埋まって、観光もできる!凄くない?」

もう、ため息しか出ない。
夏期休暇までには、後1ヶ月ある。
今後の研究に支障が出ても、同じ研究室の所属として見過ごせない。
俺は、ジュンがもう欠席しないように見張ろうと勝手に誓う。

「で、いま何時?」
「もうすぐ、昼だけど」
「やば、午後から教授と発表会を聞きに行くんだった」

「ニャヒートちゃん、ごめんね」そう言って、ニャヒートを地面に下ろして、ジュンは立ち上がる。

「じゃあ、また!」

右手を上げて、白衣を翻し出口に向かって走り出すジュンに手を振りながら俺は思い出す。

「ジュンのやつ、午後も講義取ってたよな...?」

さっきの誓いがもう、破られてしまいそうな気配を感じながら俺は教授に、公欠扱いになるか問い合わせの連絡を入れる。
ありのまま、生きる彼女に今日も俺は振り回される。





(黒尾くんとニャヒートの組み合わせが可愛い と思う)





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