赤い大将



「アカアシは強くてカッコいいんだよ!」
「いや、別に強くないって!」
「木兎、あんたバカなの?アカアシは最強なの!」
「そんなわけない!」
「だったら、見せてやろうじゃない!」

昼休みに部活関係の書類確認のため、木兎さんの教室の前まで来たらそんな声が聞こえた。
木兎さんの明るい声と一緒に聞こえるのは、マネージャー白福さんの友達、水無月さんの声。
木兎さんの女性バージョンのような、明るくて元気で誰とでも仲良くなってしまうタイプの人。
そんな、彼女と木兎さんが俺の話を...?と少し自意識過剰になってしまい、教室へ顔を出すのを躊躇ってしまう。

「ね?言ったでしょ。アカアシは強くてかっこいいんだから!」
「くっそー。ジュン、ズルでもしてるんじゃねーか!?」
「するわけないでしょ!私が1番好きなアカアシを!」
「もういっかい。もういっかい見せろって」
「やってやろーじゃない」

彼女とは3年の先輩を通じて知り合って以来、校内で会えば「赤葦くん」と声をかけてくれて、挨拶を交わす程度の関係。
ちゃんと話をした記憶はあまりなく、マネージャーの友達で木兎さんのクラスメイトであることくらいしか知らないが、水無月さんは俺のことを知っているのか。
しかも一体、なんの話で盛り上がっているのか。
教室の前で立ち止まったまま、ぐるぐると答えの出ない疑問が頭の中で渦巻き喉の奥で引っかかる。

「ん?こんなところで何してんだ?」
「木葉さん」

教室から出てきた木葉さんの声で我に帰る。

「木兎さん、今忙しいですか?」
「いや、ゲームしてるだけだから大丈夫だろ」

木葉さんが指差した教室の中を覗く。
昼休みで人がまばらな中、大声で俺の名前を叫んでいた2人は、ポーダブルのゲーム機を覗き込んで「がんばれ!」「負けんな!」と叫びあっている。
木葉さんにお礼を告げた後、失礼します。と言って3年の教室に足を踏み入れる。
同じ間取りの筈なのに、学年が違うというだけで少し居心地が悪い教室も、木兎さんに用事があるたびに通い続けて最初ほど不快なものではなくなってきた。
教室にいる先輩方も数人が、ちらりとこっちを見るだけで何も言わない。

「木兎さん、水無月さん」
「あれ、赤葦じゃん」
「赤葦くん!聞いてよ。木兎があたしの赤い大将のこと強くないって言うの」

赤い大将?

「なんの話ですか?」

水無月さんは、手に持っていたゲーム機の画面を俺に見せる。
そこにいるのは夏休みを謳歌するゲームの、やけにリアルな足の付け根が赤いクワガタ。

「私の自慢のアカアシクワガタ」
「...ああ、クワガタですか」

さっきまで喉の奥に引っかかっていた自意識過剰をゴクリと飲み込んだ。
「昨日捕まえたんだけど、かっこいいでしょ!」と水無月さんは笑う。
彼女の笑顔は、ゲームの主人公のように無垢で、底抜けに明るい。
俺には、少し眩しすぎる。





(こどもに戻ってあんな夏休みを過ごしたい...)






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