ペリドットの意思



「何処にするんだ」
「ここに、しようと思う」
「真ん中?」
「うん」

彼女の耳朶に、マジックペンで小さな目印が付いている。
左右でひとつずつ。
作戦室には、俺とジュン以外誰もいない。
椅子にちょこんと座ったジュンは、何度も鏡を見て「大丈夫かな?変じゃないかな」と呟いている。

「大丈夫、ちゃんと真ん中だ」

心配そうに見上げるジュンの頭をぽんぽんと撫でる。

「冷やすか?痛み、和らぐって聞くけど」
「ううん、大丈夫」
「怖くないか?」
「し、信じてる!」

信じてる、か。
手渡された小さな器具。
初めて手にするそれを、少しだけ動かしてみる。
スムーズに動くことを確認して、ジュンの真横に座り、耳朶に宛てがう。

「合図、した方がいい?」
「えっと、お願い」

彼女は、ぎゅっと目を瞑り、両の指を絡めて祈るように胸の前で握る。

「いくぞ?」
「...うん」

ガチャン。
器具をそっと外す。
目印の位置に真っ直ぐ、金の針が貫通した。
ジュンの耳朶に、緑の石が光る。

「痛い?」
「ちょっと、じんじんする。けど、大丈夫」

ふわり、とジュンが笑う。

「じゃ、もういっかい」

反対側に座って、同じ事の繰り返し。
小さく、息を吸って吐き出す。
ネイバーと戦う時とは違う緊張感。
ガチャン。

「ありがとう」
「どういたしまして」

ふたつの石が、光に当たってキラリと光った。
控えめな緑色は、彼女にとても似合っている。

「緑、好きなのか?」
「えっ?えっと、これは...」

「好きって、わけじゃないけど」と消えそうな声で言う。

「なんだよ、気になるだろ?」
「誕生石だから」
「誕生石?ジュンの?」

その石が、なんて名前で、何月のものなのか俺は知らない。
顔を近づけて見てみるが、わかるはずもない。

「私じゃなくてね?」
「ジュンのじゃない?」

どう言う事だ?
普通は、自分のものを付けるんじゃないのか?

「さては、彼氏の...とか」

ジュンの顔が、一気に赤くなる。

「ち、ち、違うよ!」
「じゃあ、好きな人?」
「もう!からかわないで」

図星か?
両手で顔を覆うジュンは、耳まで真っ赤だ。

「で、何月なの?その石」
「ペリドット。太陽の石」
「ペリドット?」

誕生石なるものがある事は知っているが、流石にどの石が何月のものかまでは知らない。

「じゃあ、ありがとうね!」

ジュンは、すっと立ち上がると、逃げるように作戦室から出て行く。

「何月か、聞きそびれた」
「ジュン、逃げるように走って行ったけど、変なことしていないわよね」

入れ替わるように、加古が作戦室に顔を出す。

「変なことってなんだよ」
「なんか、顔が真っ赤だったけど、何したの?」
「頼まれたから、開けてやっただけ」
「開けた?」

怪訝な顔をした加古は、さっきまでジュンが座っていた椅子に座る。

「ピアス」
「なるほど。結局、太刀川に開けてもらったんだ」
「話の流れでな」
「私がやってあげるって言ったのに」
「ところで、誕生石って分かるか?」
「誕生石?何月の?」
「ペリドット」
「ペリドット?確か、8月だけど」
「8月か。ジュンって8月生まれ?」

「あははは」と加古が笑う。

「なんだよ」
「ううん。似たようなことを、彼女に聞かれたから」
「似たようなこと?」
「太刀川の誕生日を知ってるか、って」

彼女の耳で光る石を見るたびに、俺の心が擽られる。





(太陽の石:明るい希望と勇気をもたらす)






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