ツバメの想い



多分、私は隊長首席が好きだ。
帝国民を守るために騎士になったというのに、なんというていたらく。
だからと言って、任務を疎かにしたり、色恋にボケていたりすることはないので、この気持ちくらいは許してほしい。

「ジュン、この資料を隊長室に持って行ってくれ」
「はい」

先輩からのおつかいに返事をして、山のような紙の束を受け取る。

「この資料、ってどれだけ量あるのよ」

騎士として、日夜訓練に勤しんでいるからこれくらいは持てない量ではない。
が、限度というものがあるだろう...。
両手で抱えて城内を歩く。
一直線で向かうのは、シュヴァーン隊長の部屋。
扉の前で、バランスをとりながらなんとか片手でノックする。
返事はない。
中に、隊長が居るならば扉の前に隊の誰かしらがいるだろうから、返事がないことはわかっていた。
初めてここに来た時は、返事がなくてどうしたら良いか分からずにオロオロと同じ道を戻ったことを思い出す。

「失礼しますよー」

誰も居ないとは言え、挨拶をしつつ扉を開ける。
バランスが不安定になった資料を持ち直してよたよたと、机に向かう。

「た...隊長?」

資料を落とさないように気をつけていた為、気付くのが遅れたけれど、緩やかな陽射しを背にして椅子に座り目を閉じているのは、私が恋い焦がれる隊長首席本人。
いやいや、隊長ともあろうお方がこんな無防備に、昼下がりのお昼寝を楽しむか...?
なんて思いはしたものの、ここは彼自身の部屋であり、今日は天気が良くて暖かい。
英雄なんて言われる隊長様が、うっかり椅子に座ったまま微睡みに身を委ねてしまうことだってあるだろう。
彼を起こさないように、不要な物が一切ない、片付いた机に資料の山をひとつ作る。

「誰だ?」
「はひっ!ルブラン小隊のジュンです!」

睨むように、私を見上げる目に驚いて、声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
どれだけ、私が静かに慎重に気をつけたところで、英雄と呼ばれた人を騙せることはなかった。
もしかしたら、ノックの時点で起きていたのかもしれないと思うと、彼もなかなかに人が悪い。
私は、もしかして何かを試されたのだろうか?などと不安になる。

「先輩に、此方の資料を届けるように言われたので...。ノックはしたのですが、返事がなく勝手に入らせていただきました。申し訳ありません」

足を揃えて、今度は声が裏返らないように理由と謝罪を述べる。

「...ご苦労」

シュヴァーン隊長は、1番上の紙を手にとって眺めると小さくそう言った。
憧れ、恋い焦がれてはいたが、まともに会話をするのはこれが初めて。
芯の通った低い声に、緊張かときめきなのかわからない鼓動がうるさい。

「では、失礼致します」
「待て」

心臓が動きすぎて死んでしまう前に、先輩の元へ帰ってしまおうと挨拶をしたはずが、たった2文字で足を止められてしまう。

「この後は、何か任務があるのか」
「いえ、訓練の途中だった為、そちらへ戻ろうかと」
「悪いが、何か飲み物を運んでくれ」
「...はい?」
「なんでも構わない」
「承知いたし、ました」

パタリ、と扉を閉める。
混乱した頭で、さっきまでの会話を反芻する。
恋い焦がれた隊長からの、しかも直々の命令に頭も身体も沸騰しそうなほどに熱くなってきた。

「とりあえず、隊長の好みがわからないから先輩に聞こう」

あまり待たせるわけにもいかないし、いつも不在の隊長が、どのタイミングで居なくなってしまうのかが怖くて、私は訓練をしていた中庭へ駆け足で向かう。

さっきまで緊張で冷え切っていた身体が、一瞬で熱くなって、今度は足取りが軽い。
また、食堂から戻ってあの扉を開けたら、隊長に「おまたせ致しました」とか「お疲れ様です」なんて声をかけることができると思うと、それだけで頬が緩む。

多分じゃなくて絶対、私は隊長首席が好きだ。





(そんな昼下がり)






back