ハクチョウの答え



騎士団長への報告を終えて、隊長室に戻る。
不在の間に部下が置いていった、椅子に座って資料の山をパラパラと眺めていると、徹夜明けの疲れた身体にどっと疲れが押し寄せてきた。
背後からの、昼下がりの陽射しに後押しされて、目を閉じると浅い夢の中へ落ちて行くのがわかる。

「失礼しますよー」

どれくらいの時間が経ったのかはわからないが、小さなノックの音と誰かの声が、遠くから聞こえたような気がした。

「た...隊長?」

その一言が、俺の頭を覚醒させる。
そうだ、俺は今シュヴァーンだ。
ギルドに属する“俺”であれば、このまま眠っていても構わなかっただろうが、帝国騎士団に属する“俺”は、そういうわけにもいかない。
頭の中を整理して、ゆっくりと目を開ける。

「誰だ?」
「はひっ!ルブラン小隊のジュンです!」

突然、声をかけたことに驚いたのか、少女は声を裏返して答える。
小隊長くらいであれば、大体の隊員の顔は覚えがあるが、流石に不在にする事が多い今、一般騎士まではわからない。
現に、俺は彼女が着ている隊服から自分の隊の所属であることは推測出来たが、顔も名前も覚えがなかった。

「先輩に、此方の資料を届けるように言われたので...。ノックはしたのですが、返事がなく勝手に入らせていただきました。申し訳ありません」

彼女はさっと足を揃えて、今度は声が裏返らないように理由と謝罪を述べる。
微睡みに落ちる前より、机の上に紙の山がひとつ増えていた。
不在だと思っていた俺が、まさか椅子に座っていて眠っていたとは思っていなかったのだろう。
その戸惑いか、起こしてしまったことに対する罪悪感か...。
いや、英雄等と呼ばれてしまった俺に対する緊張もあるのだろう、どうしたらいいか不安な顔をしている。

「...ご苦労」

とりあえず、運んで貰った資料を1枚手に取ってそう告げる。
すぐに、確認をするつもりはない。
が、不安そうな彼女から視線を外し、怒っているわけではない態度をとりたかっただけだ。
これがギルドの俺であれば、気軽にモーニングにでも誘うのだが、等と言うのは戯言だろうか。

「では、失礼致します」
「待て」

ふと浮かび上がったモーニングのお誘いで、軽い昼寝のため喉が渇きを覚えている事に気付く。

「この後は、何か任務があるのか」
「いえ、訓練の途中だった為、そちらへ戻ろうかと」
「悪いが、何か飲み物を運んでくれ」
「...はい?」
「なんでも構わない」
「承知いたし、ました」

扉の前で小さく頭を下げた後、扉が閉められる。
普段であれば、報告の後に誰かしら部下を呼んで扉の前に配置して居たのだが、今日に限ってはそのまま戻って、誰にも声をかけて居なかった。
今日くらいは、彼女に用意をしてもらったところで何の罪にも問われないだろう。

「やっぱ、寝起きに飲むものは男よりも女の子に入れてもらった方が、美味しく感じるってもんよ...」

なんとなく、口調を崩しての独り言。
今じゃなくてこの後、出会っていれば良かったのに、というのはワガママが過ぎるだろうな。

また、もうひとつの仮面を被ってダングレストへ行かなければならないのだが、自室でこの書類の山を少し片付けてからでも問題ないだろう。
面白みもない書類も、あの可愛らしいお嬢さんが持ってきてくれたと思えば、ちょっとは面白いものに思えるかもしれない。
彼女が戻ってきたら、なんて声をかけようか。
お礼は勿論だが、ちょっとくらい「俺とお話しでもしませんか」なんて言えれば良いのに、なんて邪な考えが浮かんでは消える。





(彼に休息はあったのか)






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