恋に落ちるとき



カチカチと、生徒会室には秒針が刻む音だけが響く。
私は、沈黙に耐えるようにお弁当箱を見つめ、次のおかずを選ぶ。

「お前は、卵焼きを選ぶ」
「......なんですか」

私が掴むのが先か、彼が言うのが先か。
そんな事は決められないくらい同時に、的確に私のチョイスを当てられて、なんとなく居心地の悪さを覚えながらも卵焼きを口に運ぶ。
もそもそと咀嚼して飲み込んで、再度口を開く。

「楽しいですか?それ」

それ、とは生徒会書記の柳先輩が見せるデータに基づく予言。

「楽しい...か。娯楽として考えた事はなかったな」

相変わらず、涼しそうな顔で先輩は言う。
意地悪でも賭けでも勘でもない。
絶対的予言。
一体、今までの人生をどんな環境で過ごし、何を食べたらそんな怪奇的能力が身につくのか。
これじゃあ、まるで漫画に出てくる特殊能力を持った超人じゃないか。

「超人は、言い過ぎだ」

おまけに、思った事まで言い当てる。
クラスで流行ってる、特殊能力漫画に出てくるこの手のタイプのキャラは、自分の事をなんと言ってたっけ。

「貴方が超人でなければ、私のような凡人はそろそろ舞台から降りるべきかもしれませんね」
「いや、そうは思わないな。お前には、お前にしか出来ないことや、特筆に値することもあるだろう」
「嫌味ですか」

凡人には凡人なりの苦労があるのに、超人には超人の努力がある。
何処かで見た記憶が蘇った。
柳先輩だって、相手の行動や考えを導き出す為のデータ収集や分析を何度も繰り返し努力してきたのだろう。
でも、それは彼がデータに対して努力できる才能があったからこそ開花したものなのではないだろうか。

「また、難しい事を考えているな」
「なんで、そう思うんですか」
「お前の言動はわかりやすい。何か、難しい事や良くない事を考えている時は、眉間にシワがよる」

私って、なんて単純なデータなんだ。

「私にとって難解でも、柳先輩にとっては簡単に解決しちゃうような悩みですよ」

不貞腐れて、お弁当の続きを食べる。
今日は、次回のミーティングを速やかに進める為、みんなでお昼ご飯を食べながら軽く話し合いをする予定だったのに私が来て早々、会長と副会長は「吹奏楽部が、またなんかトラブルを起こした!」と言って出て行ったし、会計は体調不良で学校をおやすみ。
だから、ここには庶務の私と書記の柳先輩とだけ。
凡人の私と、超人の柳先輩。

「みんな揃わないなら、日を改めてにしますか?と、お前は言う」

吹奏楽部のトラブルは日常茶飯事で、今回も会長達は時間内に戻ってこないだろうし、先輩にどうするか聞こうとした矢先にこれだ。
やっぱり、会議が終わる前に議事録を作成しちゃうような未来視エスパーには、敵わない。

「話し合い自体は後日になるが、俺はこのままここで昼食にする。水無月もどうだ?」
「じゃあ、ご一緒いたします」

回想、終わり。不貞腐れた私に戻る。

「先輩、お茶でも入れましょうか」

ご馳走さまをしたお弁当箱を片付けて、生徒会室の隅に置かれたポットの元へ向かう。
年季の入ったポットは、ご飯の前に水を入れて沸かしておいたから、既に保温状態。

「ふむ、貰おうか」

急須に茶葉とお湯を入れる。
適当な湯呑みを取って、一度お湯を入れた。
湯呑みを温めて、シンクに中身を捨てる。

「美味しいお茶の淹れ方は、前に教わりましたから」

「水無月、お茶を淹れるコツは...」と柳先輩が言ったのはいつだったか。
まだ、彼の超人っぷりを噂でしか知らなかった頃。

「そうだな」
「どうぞ」

柳先輩直伝の方法で淹れたお茶を、そっと机に置く。
私は、自分の席に戻ってお茶を飲む。
窓の向こうから、誰かの声が聞こえる。
聞き覚えのある、この声は誰だっけ。

「この声は、赤也だな」

同じクラスの切原くんだった。
窓を閉めているのに「ちくしょう!」という叫び声が聞こえる。
テニス部は、お昼休みにも練習しているのか...。

「昼休みに、部活はしていない。友人とサッカーをしているのだろう」
「そうなんですね」

私の素っ気ない、可愛げのない返事を合図にか、また秒針の音が大きくなった。
柳先輩との沈黙は、居心地が悪い。
「教室でお昼食べるんで」と逃げ出してしまえばよかった。
先輩の事が、嫌いなわけではない。
ただ、切れ長の目を閉じて、この天才が何を考えているのか分からないことが居心地悪いだけ。
どうせ、先輩の事だ。
私の心の中を、覗いて色々推測しているんだろう。
まるで、頭の中を覗くように。
私がこうやって、あれこれ柳先輩について考えていることも、バレバレなんだと思うと開き直ってその整った顔をじっと見てしまう。
サメが泳ぎ続けなければ死ぬように、植物が光合成し続けなければ枯れてしまうように、柳先輩はデータに基づいて何か考え続けなければ彼でなくなってしまうのだろうか。

「俺は、特殊能力をもって、お前の頭の中を覗いているわけではない」
「他人の言動が、そのデータの穴を突くようなことってあるんですか?」
「そうだな。勿論、はっと気づかされることもある」
「そういう時に...」

「貴方は恋に落ちるんですか」そう言いかけて、口を閉じる。
私は、何を言おうとしているんだ。
思ってもいなかったことが、飛び出してしまいそうでひとり驚く。
超人ではないと言う柳先輩には、伝わってしまっただろうか。
変わらず涼しそうな顔を見るが、特に変化はない。
元々、表情が大きく出る人ではないが。
緊張感が伝わらないように「いや、なんでもないです」という言葉だけを絞り出す。
遠くの方で、チャイムが鳴っている。


俺は、持っているあらゆるデータから彼女が飲み込んだ言葉を知ろうと考えるが、答えは出ない。
自分を凡人と呼び、俺を超人と言う彼女の本心を探るまで、まだまだかかりそうだ。





(器用か不器用かで言えば不器用でいてほしかったり)






back