【 Voice 番外編 7.5話 】
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≪ きり丸視点 ≫


今日は午後から土井先生が出張で授業がない。バイトも今日は入ていなかった俺は、乱太郎としんべヱと一緒に甘味屋へと赴いた。流石しんべヱオススメの甘味屋と言うべきか、どれも絶品で物凄く旨かった。しんべヱなんかは此処の甘味屋が余程お気に入りらしく、帰りに大量の団子を土産に持ち帰っていた。

「美味しかったねー、彼処のお団子。」
「流石はしんべヱのお墨付きなだけはあるよなぁ。」
「でしょー?この間、用具委員会の皆で食べに来た時、凄く美味しかったからまた食べたかったんだー!」
「まぁ、確かにその気持ちは分からなくはないけど…。」

俺と乱太郎があの店を絶賛していると、しんべヱが嬉しそうに笑顔を浮かべた。けれど、乱太郎はしんべヱの言葉に賛同はするものの、チラリとある物を見て苦笑を溢す。

「ねぇしんべヱ?流石にそれは買い過ぎじゃない?大丈夫なの?」
「乱太郎、聞く相手が誰だか分かってんのか?しんべヱだぞ?こんだけの量、しんべヱにとっちゃ朝飯前だろ。」
「いやそうだけどさ…やっぱ流石に凄い量だし、お腹壊したら大変じゃない。」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!これくらい余裕だよー。」
「ほら、本人がこう言ってんぞ。」
「もう〜、無理はしないでね。」

しんべヱの抱えている土産の量が半端ないくらい多くて、乱太郎は不安げに呟く。まぁ確かに俺から見てもその量には目を見張るけど、なんてったってしんべヱだし、そこまで心配しちゃいない。でも乱太郎は保健委員としては、しんべヱの体調が崩れないかが相当気になるらしかった。最終的には呆れたように注意を促すだけに終わったが。そんな風にだらだらと学園までの道のりを歩いていた俺達は、山道の中腹あたりで厄介事に巻き込まれた。

「おう、餓鬼共!金目のもんを渡して貰おうか?」
「「「げっ、山賊ぅっ!!」」」
「おっと、逃がさないぜ?」

突然草むらから現れた山賊に道を塞がれてしまった。逃げようにも後ろの道も閉ざされてしまったせいで、逃げ道がない。ジリジリと此方へと近付いてくる山賊達に、俺達は焦る。俺達三人が背中合わせに固まっていた時、不意に乱太郎が小さな声である作戦耳打ちをしてきた。それに俺としんべヱは頷くと、一呼吸置いてから俺達は一斉にある方向へと向けて叫びだした。

「「「あ!土井先生ー!!!助けて下さ〜い!!!」」」

「何っ!?」
「チッ、他にも居やがったか!!」

俺達が指差した方向へと一斉に視線が逸れると、その隙をついて俺達は森の中へと飛び込んだ。その数秒遅れて騙されたと気付いた山賊達が、慌てて俺達の後を追いかけてくる。けれどたまごと言えど忍者を目指している俺達の脚力には敵わないらしく(あ、しんべヱはそうでもないけど)、あっという間に山賊達との距離は開いていく。ある程度距離を離した所で俺達は再び山道へと飛び出ると、そこで予想外の人と遭遇した。

「「「あ!利吉さ〜ん!!」」」

草むらから飛び出て目に映った人が利吉さんであると分かると、俺達は利吉さんへと駆け寄った。利吉さんは何故かクナイを構えていたようだが、多分俺達の事を山賊か何かと思っていたんだろう。でも利吉さんはまるで何かを庇うようにクナイを構えていたから、俺はそれを不思議に思ってチラリと利吉さんの背中を覗き込んだ。
すると、そこには一人の女の人が佇んでいた。
見た感じは何となく大人しそうな、優しそうな女性だった。利吉さんの背中にすっぽりと隠れていたその人は、きょとんとした表情で俺達の事を見ている。
この人は利吉さんの知り合いなのかな、今まで見た事ねーや。て言うか、俺利吉さんが女の人と一緒に居るの初めて見たんだけど。あ、もしかしてこの人、利吉さんのお嫁さんだったりして!
そう考え渡って実際の所どうなのかを聞こうとしたら、その前に利吉さんから俺達の事を聞かれた。そしてその問い掛けのお陰で、俺達は今の状況を思い出し声を上げたのだが既に手遅れのようだった。追い付いた山賊達に囲まれる前に、利吉さんの素早い対応で俺達はその女の人と共に避難する。移動する際に女の人、お姉さんに声を掛けて見たのだが、お姉さんは少しだけ顔を青くさせてただ口をパクパクとするだけだった。その様子に、もしかして怖くて声が出ないんじゃないかと思った俺達は、お姉さんを安心させるように笑って声を掛けた。すると、お姉さんは声は出さないものの顔色は大分落ち着き、俺達と同じように笑ってくれた。その事に俺は何となくホッとすると、乱太郎達と一緒に利吉さんの様子を眺めた出す。
けれど少ししてからふと、お姉さんの様子がおかしい事に気付いた俺はそちらに顔を向けた。お姉さんはさっきよりも顔色を悪くさせ、口をパクパクとさせながら何かを必死に俺に伝えようとしていた。でも当然、俺には何を伝えようとしているのかが分からなくて首を傾げていたが、お姉さんが俺の後ろの方を何度もチラチラと見ている事にだけ気付いた。その様子に後ろに何かあるのかと思い振り向くと同時に、突如俺の真後ろから野太い奇声が聞こえてきた。

「死ね、餓鬼っ!!」

「なっ!?ぅ、わあぁぁあっ!!!」

振り向いた瞬間、鈍く光る刀が俺へと振り落とされる。その瞬間だけ、俺はやけにその出来事がゆっくりと感じていた。

あぁ、俺、死ぬんだ――。

何でか分かんないけど、冷静にそう思ってしまった。別に死ぬのが怖くないとか思ってないし、死にたいとも思ってない。まだまだ生きてぇし、やりたい事なんか沢山ある。
なのに俺は不思議と、頭ん中では割りと冷静に“死”を受け入れようとしていた。
錆びた刀が、俺に向かって近付いてくる。“死”への恐怖と諦めで固まってしまった身体は、動く事が出来なかった。ただ、身体に感じるであろう激痛に対してだけ身構えた。

――――けれど、



『―――――っ!!!!』

「(――ぇ…、)」

来るであろう激痛は一向に訪れる事はなく、代わりに暖かな温もりが全身を包み込んだ。あまりにも一瞬の出来事であった為、何が起こったのかすぐには理解出来なかった。

「……お姉…さん……?」
『―――っ、…、………、……っ…。』

呆然と呟いた俺にお姉さんは聞こえない声で何かを言うと、ニコリと笑って見せた。

でも、


「っ!!!お、お姉さんっ!!!お姉さんっ!!!」

その直後、お姉さんは力なくドサッと地面へと倒れ伏せた。それを見てようやっと理解し出した頭で、俺はお姉さんに庇われたのだと分かった。横たわるお姉さんを慌てて見遣れば、その背中からはじわりと血が滲み出していた。

「お姉さんっ!!お姉さんっ!!」
「きり丸っ!!落ち着け!!直ぐに学園へ向かうぞ!!」
「っ、は、はいっ…!!!」

いつの間にか山賊を蹴散らしたらしい利吉さんが、動揺していた俺を一喝して正気に戻させる。利吉さんがお姉さんを抱えて、学園へと走り出す姿を見て俺達は慌てて後を追いかけた。その間、俺はただただどうしようもないやるせなさを感じていた。

俺が、ちゃんと背後に迫る気配に気付いていれば。
俺が、お姉さんの意図をしっかり感じ取れていれば。
お姉さんはあんな怪我を負わなくて済んだかもしれないのに。

――なんて、何度過ぎてしまった出来事を悔やんでいても何も変わらない。
それでも俺は、つい悔しくて自分を責め続けていた。そして、何度も心ん中でお姉さんに謝っていた。

…あの刀傷が残ったりしたらどうしよう。
このまま、お姉さんが目覚めなかったらどうしよう。

……死んじまったり、しないよな…?

どんどん嫌な方へと考えが傾いていくと、俺は頭をブンブンと振った。
考えるな、余計な事は今、考えるな。
今はただ、お姉さんが目覚めるのを願ってろ。
そして、お姉さんが目覚めたら謝るんだ。
謝って、それから、助けてくれたお礼を言わなくちゃ。

それだけじゃなくて、俺は他にもお姉さんと沢山話してみたい。
何でか分かんないけど、沢山、話してみたいんだ。
…多分、俺を庇う時に抱き締められた温もりが、凄く心地好く感じたから…なんだと思う。

だから、ねぇ、お姉さん。

早く、目を醒ましてよ…――。

俺、待ってるからさ。

お姉さんが目覚めるまで、ずっと…――。

だから、早く目を醒まして…。




end.