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ツンとした、薬草独特の匂いが鼻を通り、その刺激臭に思わず眉をしかめる。しかし、その匂いのお陰で沈んでいた意識がだんだんと浮上していき、思考回路が覚醒しだした。ゆっくりと閉じられていた瞼を押し上げ、ぼんやりとした瞳で目に映ったものをじっと見つめる。漸く焦点が定まり視界がはっきりしてくると、見つめていたものが木の天井である事が分かった。

『(………天井……?)』

天井があるという事は、此処は何処かの室内であるという証拠。けれど見覚えのないその天井に私はきょとりと目を瞬く。

「!あ、起きて…!先生!新野先生!!」
『(っ!!?)』

瞬きをした瞬間、突如視界に映った見知らぬ男性が此方を覗き込んでいて、私はビクリと肩を揺らす。そんな私に構わず、明るく長い茶髪をした男性は安堵した表情で私を見つめてきた。

「良かった…目が覚めたんですね。」
『(……、……あの…?)』
「貴女が運び込まれた時は驚きましたよ。血塗れで酷い怪我を負っていたものだから、何事かと…。」
『(怪我……?…………ぁ、)』

そうだ、確か私は………。

『(…!あのっ、………っ!!)』
「あぁっ、急に起き上がってはいけないよ!!傷に響く…!」

ハッとして一気に倒れる前の事を思い出し、私は勢いよく起き上がった。…つもりだったのだが、背中に走った鈍痛により再び後ろへと倒れ込む。あまりの痛みに顔が歪む程怪我が酷いのだと知り、私は痛みが治まるまで動けなかった。

「善法寺くん、彼女が目覚めたというのは本当ですか?」
「新野先生!はい、今さっき目覚めたばかりで…。」
「そうですか。…お加減は如何ですか?今、痛みを感じる所は?」
『(………えっと…。)』

痛みに耐えている間どうやら人が入ってきていたようで、その人は私の枕元で膝をついた。白い服に身を纏っているその姿から、何となく医者のような人物なのだろうと把握する。けれどその人に現在の体調を尋ねられ、私は口をモゴモゴともたつかせてしまう。声が出ない私はどうのようにして伝えればよいのか思案していると、その人は私の様子から悟ったように口を開いた。

「大丈夫ですよ。口元を読めますから、ゆっくり話してみて下さい。」
『(え、…はい。……えっと…今痛みを感じるのは、背中だけです…。)』
「背中……他には?ダルさとか、暑かったり寒かったり等は感じますか?」
『(いえ……特には……。)』
「そうですか。分かりました、ありがとうございます。まだもう少し安静にしていて下さい。今、お薬を持ってきますから。」
『(ぇ、ぁ…はい。…ぁ……あ、あの…!)』
「はい?どうしました?」
『(あの…!男の子は…!利吉さん達は、無事なんですか…!?)』

そっと私の身体に響かないよう静かに離れようとした白い服の男性に、私は慌ててずっと気にしていた事を尋ねた。

「利吉くん達なら無事ですよ。貴女が助けてくれた男の子も怪我はありません。」
『(っ………良かった……。)』

「―――良かったじゃないだろっ!!」

『(っ!!?)』

白い服の男性から皆が無事である事を知らされて、私はホッと胸を撫で下ろす。けれど突如上がった怒鳴り声に私はビクッと身体を震わせた。その声が聞き馴染んだ彼のものだと分かると、彼は開けられていた障子から私の元へと真っ直ぐに近付いてきた。近付いてきた彼の表情は眉間に皺が寄り、それはとても険しいものだった。

『(ぁ……利吉さ……。)』
「どうして!!どうしてあんな無茶をしたっ!?」
『(っ、ぁ…の………、)』
「なんであんな真似をしたんだっ!!下手をすれば、死んでいたかもしれないんだぞっ!!?」
『(っ………!!)』

口を開きかけた私は、彼のあまりの気迫に怖じ気つき息を呑んだ。そういえば、彼がこうして怒る姿を見るのは初めてかもしれない。声を荒げ私を怒鳴りつけた利吉さんは、怯んで黙り込んでしまった私の傍に来て膝をつく。彼が傍に来た事で、私はより一層身体が強張っていくのが分かった。次はなんて怒鳴られてしまうのだろうと思うと、自然と身体は身構えてしまう。これ程までに怒気を露にした彼を見た事などなかったから、私は彼の一挙一動にビクリと反応する。戸惑いから目を逸らしていると、視界の端で此方へと手が伸ばされてきた事に気付いて、それに私は思わずギュッと瞼を閉じた。

「――頼むから、もうあんな無茶はしないでくれ………っ!!」

『(!!!)』

フワリと、優しくて、それでいてしっかりと彼に右手を包み込まれる。頭上から掛かったその声は先程とは違い、とても小さく弱々しかった。心なしか、震えていたようにも感じた。そんな彼の声色に、私は一気に胸が締め付けられる思いだった。それほどまでに私を案じてくれていたのか。そう思い知ると、私は申し訳なく感じる反面、嬉しくも思えた。
心が、ポカポカとしてくる。

『(……利吉さん、ごめんなさい。)』
「…………、」
『(…それから、…ありがとうございます…。)』
「……っ、良かった……。」

心底安堵したように吐き出された言葉と共に、少しだけ握り締められる力が強まった。それに私は少し戸惑いながらも、どうする事も出来ずにされるがままでいた。少ししてからゆっくりと右手を離した利吉さんは、苦笑を浮かべて私を見つめた。

「本当に…君には驚かされてばかりだ。」
『(え、そうですか…?)』
「そうだよ。最初なんて、森で倒れていたんだから。」
『(ぁ…………す、すみません。)』

確かにあんな出逢い方をすれば、驚かれても無理ない。そう思いつい謝罪してしまうと、利吉さんは小さく笑っていた。

「いやでも、本当に良かった…。目覚めて安心したよ。いきなり怒鳴りつけたのは悪かった。」
「そうですよ、利吉さん!!彼女は本当にまだ目覚めたばかりなんですから、気を付けて下さい!」
「うわぁっと!?悪かった!!悪かったから、善法寺!そう怒るな!」
「薬湯をお持ちしましたよ。これを飲んで下さい。味は苦いですが、効果は抜群ですので。」
『(ぇ?あ、あの……?)』
「あぁ、お二人なら構わずに気にしなくても大丈夫ですよ。その内落ち着きますから。」
『(は、はぁ…?…えっと、ありがとうございます…。)』

視界の端で始まった光景に戸惑っていると、白い服の男性は「大丈夫ですよ」と優しく微笑むだけで止める事はしなかった。一見して優しそうな茶髪の男性が利吉さんに説教?、のような事をしているのを見て、私は何だか見慣れぬ光景にクスリと笑ってしまった。そして頂いた薬湯に口をつけると、想像以上の苦味に顔をしかめた。けれどせっかく頂いた薬なので、苦味を堪えて一気に飲み干した。その分押し寄せてきた苦味は半端無かったが、不意に声を掛けられ顔を向けると、口の中にヒョイッと何かを放り込まれた。それに驚き舌を動かせば、カラリと軽やかな音と仄かな甘味を感じた。またそれに驚いていれば、それを入れた白い服の男性がクスリと小さく笑った。

「甘いでしょう?その薬湯は相当な苦味があるので、口直しに金平糖を入れたんです。」
『(!ぁ…ありがとうございます。)』
「いえ、どういたしまして。」

口の中に広がる甘味に頬を弛めながら、私は白い服の男性とほのぼのとしていた。視界の端では未だに説教を続けているのか、彼等は先程と変わらずだった。
そんな少し心情が落ち着き始めた時、ドタドタと地響きのような音が聞こえてきた。だんだんとこの部屋へと近付いてくるその足音は、一つではなく複数のようだった。その足音がこの部屋の前へとくると、ピタッと急停止をして一瞬だけ静かになる。ふとその様子に既視感を抱いていると、障子の奥から三人の男の子達が入ってきた。

「「「お姉さんっ!!大丈夫ですかっ!!!??」」」

入ってきたのは、やはり見覚えのある男の子三人組だった。


end.

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あれ?これ利吉さん夢…?
そんなまさか…(゜д゜)
そして、いさっくんに説教?じみた事を受ける利吉さんw