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誰もが学園長の突然な決定に呆けた表情を浮かべている中、当の本人はとても良い笑顔で笑っていた。そう告げられた私はと言うと、驚きのあまり声を上げてから言葉を失ってしまっていた。

「じゃが、まだ怪我が完治しとらん筈じゃからのぅ。怪我が完全に完治してから、お主には此処で働いてもらおうかの。」
『(…ぇ、あ、あの…!)』
「何じゃ?」
『(私、面接とかしていないのですが…。)』

学園長先生の声によりハッとして我に返った私は、戸惑いながら当然な疑問を口にした。すると学園長先生は私の質問に笑いながら答える。

「ほっほっほ!面接なんぞしなくとも、一目見れば分かる事じゃ。ワシの目に狂いは無い!!」
『(……で、でも……あの…。)』
「これは決定事項じゃ!異論は認めん!!」
『(ぇえええ……っ!)』
「いいんじゃないかな、花ちゃん。学園長先生がそう言って下さるんだし。」
『(り、利吉さんまで…!そんな簡単に……。)』
「大丈夫だよ。それに、学園長先生はああ言ったら聞かないから。」

未だ戸惑う私に、利吉さんは苦笑しながらそう言った。その笑みに学園長先生を除く周りの人達は、それを理解しているのか同じような表情を浮かべていた。私は暫し戸惑いつつも、周りの様子から意を決して姿勢を正し、学園長先生に向き直った。

『(――あの!本当に、私を此方で働かせて戴いても宜しいんでしょうか?私は、その…声を失っていますし、それだけでも充分足を引っ張ってしまうと思いますが…。)』
「なーに、そんな事気にする事はなかろうて。此処は忍びの学園じゃから、大半の者はお主の“声”をしっかり聞き取れる。そう心配せずともよい。じゃから、是非ともお主には此処で働いてもらいたい。」
『(…ありがとう、ございます…!私も、是非お願い致します!!)』

頭を下げ感謝の言葉を紡ぐと、学園長先生は柔かな笑い声を上げ、そう畏まらなくても良いと言った。

「して、お主の名は何と申す?」
『(!ぁ、すみません!!申し遅れました!私の名は、山川 花と申します。)』
「そうか、花と言うのか。…それでは花よ、お主を今これより我が忍術学園に歓迎する!」
『(――はい…!これから宜しくお願いします!!精一杯、頑張ります…!)』
「ほっほっほ、良い返事じゃ!」

私がそう言うと、学園長先生はニカリと笑い満足そうに言った。そして現れた時同様にいきなり煙玉を使って、学園長先生はあっという間に消え去っていった。煙が晴れ、居なくなった学園長先生に私は色んな意味で圧倒されていた。ポカンと呆けていた私は、此方へと寄って来た男の子達に声を掛けられてそちらに意識を向けた。

「あのっ、お姉さん!今の話って…!」
「此処で働くって、それ本当ですか!?」
『(うん、そうだよ。)』
「わぁ、そうなんだ!!僕達、お姉さんと一杯お話したいから、凄く嬉しいです!!」
『(!…ありがとう、私も皆とお話したかったから嬉しいよ。)』

ニコニコと嬉しそうな笑顔で私に話し掛けて来た男の子達に、私もつられて笑みを浮かべる。三人の笑顔に和んでいると、校医の先生がそろそろ自室へ戻るよう男の子達に促した。それに不満げな声を上げた男の子達だったが、私がまだ本調子ではない事を茶髪の、確か善法寺さん、と言う方が優しく説明し諭しだす。すると男の子達はハッとした様子で納得し、名残り惜しそうな表情をしながらも部屋を後にしていった。

「乱太郎達は随分花ちゃんに懐いているようだね。」
『(…そうだと嬉しいですね。)』
「山川さん。」
『(ぁ、はい…?)』

去っていった小さな背中を見送りながらクスリと利吉さんと笑っていると、校医の先生が私に声を掛けてきた。名を呼ばれて振り向くと、隣に善法寺さんを座らせた先生は、優しげな顔で私に話し出した。

「まだきちんと自己紹介をしていませんでしたね。私は此方で校医をしている、新野 洋一と言います。これから同じ職場の仲間として、宜しくお願いしますね。」
『(ぁ、は、はい!こちらこそ、ご迷惑をお掛けすると思いますが、宜しくお願いします…!)』
「それと、此方にいる彼はこの学園の最上級生である善法寺 伊作くんです。」
「初めまして。僕は六年は組に在籍している、善法寺 伊作と言います。」
『(は、初めまして。えっと、これから宜しくお願いします。)』
「彼は保健委員会委員長を務めているので、よく私のサポートに回ってくれているんです。」
『(!…ぁ、あの、改めてお礼をさせて下さい!)』
「え?」

優しげな雰囲気を纏いながら自己紹介をしてくれたお二人の言葉に、私はハッとなって姿勢を正した。そんな私にきょとんとした様子で目を瞬かせるお二人に、私はゆっくりと頭を下げた。

『(突然現れた見ず知らずの私を助けて下さり、本当にありがとうございました…!このご恩は必ずお返し致します…!)』
「わわっ!頭を上げて下さい!傷に響きます!僕達は当然の事をしたまでですから…!」
『(で、ですが…。)』
「善法寺くんの言う通りですよ。お気になさらないで下さい。私達は誰であろうと、怪我人を放っておけないだけなんです。」
『(…………、)』
「…山川さん、」
『(…? はい。)』

そっと傷に響かぬように身体を善法寺くんに起こされると、少しだけ声色を変えた新野先生に名を呼ばれた。不思議に思い新野先生の顔を伺えば、先生はとても真剣な表情で真っ直ぐに私を見つめていた。そのことに若干驚いていると、先生は真剣な眼差しのまま口をゆっくりと開いた。

「…その怪我の事で、大事なお話があります。よく聞いて下さい。」
『(………? はい…。)』
「利吉くんから、貴女が怪我を負った経緯は窺いました。山賊に刀で背中を斬られたと。」
『(…はい、そうです。)』
「治療する際に拝見した傷口から見ても、一目で刀傷だと分かりました。幸いにもそれ程深くはなくて、傷口の様子から後1週間程安静にしていれば、完全に傷口は塞がると思います。」
『(そうなんですか? 良かった……。)』

後1週間安静にしていれば治ると聞いて私は安堵する。それまで我慢していれば、漸く私は働けるのだ。1週間も何もせずお世話になるのは気が引けるが、ちゃんと完治してから働いた方が断然いいだろう。思っていたよりも早く働ける事にホッとしていた私は、隣で支えてくれていた善法寺くんの表情に気付かなかった。

「…傷口は塞がります。ただ…、」
『(…?……あの、先生…?)』
「…山川さん、よく聞いて下さい。女性である貴女にとっては、非常に酷な事を言います。」
『(っ?……何でしょうか…?)』

「…傷口は塞がりますが、もしかしたら傷痕が残ってしまうかもしれません。」

『(……え………、)』
「!」

言い難そうに、けれどはっきりとそう告げた新野先生の言葉に、私は目を丸くして驚いた。それは側にいた利吉さんも知らなかったようで、私同様に驚きの表情を浮かべていた。

「っ、彼女の傷はそんなに深くはなかったんですよね?どうして…。」
「…その斬られたと言う刀に原因があると考えられます。」
『(……刀…?)』
「傷口の様子から、その刀は相当刃こぼれが酷かったと思われます。きちんと手入れをされていた刀でしたら、傷口はスッと綺麗なものになるんです。しかし、傷口は逆に酷いものでした…。」
『(………、)』
「…かといって、手入れをされた刀でしたら恐らく深く斬られ、どちらにしても痕が出来てしまう可能性はありました。それに、必ずしも痕が残ると言う訳ではないんです。可能性がある、と言うだけですから。」
『(…そう、なんですか…。)』
「出来る限り痕が残らないよう最善を尽くします。…こんな事を告げておいて言うのもおかしいですが、そこまで不安に思わなくても大丈夫ですよ。」

にこりと、再び優しげな表情に戻った新野先生はそう言った。その表情に不安だった気持ちがゆっくりと和らいでいき、私を落ち着かせてくれた。

『(……本当に、ありがとうございます…。)』

流石医者を志しているせいか、新野先生の言葉はとても安心感があった。だから不思議と、私は傷口の事は大丈夫だと、何となくそう感じていた。



end.