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「きり丸とは仲良くなれたかい?」
『(!利吉さん…。)』

あれから暫くして、此処を離れていた利吉さんが再び医務室へと戻ってきた。利吉さんが戻る半刻前まで居た男の子―きり丸と名乗った少年との事を聞かれ、私は苦笑を浮かべた。あれは仲良くなれた、と言っても良いのだろうか。

「何だ、仲良くなれなかったのかい?」
『(いえ、少しは仲良くなれた…と思います。…多分。)』
「随分曖昧だな。」
『(前半、きり丸くんにお説教をくらったので…。)』
「あぁ、そんな事言ってたな…。」

新野先生から傷口の説明を受けた後、まだ目覚めたばかりの私を気遣い皆が一度医務室を後にした。その後に何やら怒りを全面に表して再びやってきたきり丸くんが、開口一番に私を怒鳴りつけてきたのだ。私は驚きと困惑を抱きつつも、何とか彼を落ち着かせるのに努めた。どうやら私の傷の事を聞いてしまっていたみたいで、その事について大分怒りを露にしていた。何故黙る必要があるんだ!とか、まずは自分の事を第一に考えろ!とか、まるでそれは年上の人から説教を受けているかのようだった。実は傷口の説明の後に、私はこの話をきり丸くんには教えないで欲しいと新野先生達にお願いしていたのだ。余計な心配を掛けまいと考えてのものだったそれは、逆に彼を怒らせてしまった。そんな風に年下である彼に言われてしまえば、私は何も言う事が出来なかった。私が思っていたよりもきり丸くんはずっとしっかりしていて、少しだけ大人びていた。それに驚き内心感心していたが、言いたい事を言い終えた後のきり丸くんの表情に私は心なしか安心もしていた。私の為にこうして怒ってくれた事を感謝すれば、きり丸くんは呆れたような表情を浮かべるも、次第に照れ臭そうにして視線を逸らしたのだ。その顔が子供らしく見えて、ちゃんと年相応な表情を見せる事に安堵したのかもしれない。そんな姿に思わずクスリと小さく笑えば、きり丸くんは恥ずかしそうにムッとした顔で私を睨んだ。それすらも可愛く見えてクスクスと笑っていると、きり丸くんもつられるように小さく笑ってくれた。
その後は自然と自己紹介を交わし合って少しだけお話しをしたが、きり丸くんは用事があるらしく直ぐに部屋に戻っていってしまった。だから仲良くなれた、とまでお話も出来なかったから、はっきりとは言えなかった。

「なら、これから仲良くなれば良い。時間はいくらでもあるんだ。」
『(はい。そのつもりです。)』
「それじゃ、私は行くよ。次の仕事が入ってるんだ。」
『(!……そう、ですか。)』
「ハハッ、そんなに心配しなくとも大丈夫だよ。花ちゃんなら上手くやっていける。」
『(そうでしょうか…?)』
「何だ、自信がないな。きり丸達と仲良くなるんだろ?」
『(!は、はい…!勿論です!)』
「ハハ、だろう?なら平気だよ。私も時折此方に顔を出すし、何かあれば父上に相談すると言い。さっき頼みに行ったが、恐らく既に母上からも頼まれている筈だから。絶対、力になってくれるよ。」
『(はい!………って、え…?)』
「ん?どうした?」
『(…父上って…え?利吉さんのお父さん、此処で働いて…?)』
「あれ、言っていなかったっけ。私の父上は、この学園の教師をしているんだ。」
『(えぇぇええ…!!?)』

そんなの聞いてませんよ!と言えば、利吉さんは軽くごめんごめんと笑って謝ってきた。そう言えば、確か前に利吉さんのお父さんは遠い場所で働いていると言っていたっけ。
そっか、この学園で教師として働いていたんだ。それなら確かに、中々帰省するのは大変なのかもしれない。私は一人そう納得していると、不意に私達以外の声が会話に入ってきた。

「何だ利吉、まだ話していなかったのか。先に人に頼んでおってからに。」
「父上。もう既に話していた気になっていたので、忘れていたんですよ。」
『(! ぁ……。)』
「しっかりしろ、そんな大事なこと忘れるんじゃない。」

いつの間にか医務室へと入って来ていた男性が利吉さんのお父さんだったらしく、二人は親しげに会話を交わす。並んだ二人の姿を見れば、やはり親子なだけあってかとても特徴が似ていた。

「やぁ、初めましてお嬢さん。私は山田 伝蔵。利吉の父親で、この学園の教師を勤めている。」
『(ぁ、は、初めまして…!私は山川 花と言います。あの、この度は利吉さんとお菊さんには大変お世話になりました…!ぇっと……!)』
「ハハッ、そんなに畏まらなくともいい。君の事は女房からの文と利吉から良く聞いているよ。寧ろ、女房が迷惑掛けたんじゃないかい?久々の話し相手だからな。」
『(いえ、全然…!私は凄く、嬉しかったです。声が出なくても前みたいに会話が出来て、凄く…嬉しかったんです。だから迷惑なんてとんでもないです!)』

本当に感謝している事を伝わるように必死に言葉を紡いでいると、山田先生はフッと優しい顔で微笑んできた。

「ありがとう。そう言ってもらえると女房も喜ぶ。…こりゃ、あいつが気に入るのも分かるなぁ。」
『(え?ぁ、え??)』
「何か困った事があれば私に聞きなさい。力になろう。」
『(!あ、は、はい!ありがとうございます…!)』

目元を弛ませポンポンと私の頭を撫でてそう言った先生に、私は驚いて目を丸くした。そしてだんだんと胸が暖かくなっていくのを感じ、私は弛み出した顔を隠すように少しばかり俯いた。

「さて、あまり長居するのも悪い。また改めてお見舞いに来よう。」
「そうですね。私もそろそろ仕事に戻ります。…父上、宜しくお願いします。」
「分かっとるよ。」
「では。花ちゃん、くれぐれも無理はしないように。」
『(ぅ、はい…!利吉さんも、お気を付けて…!)』

慌ててそう声を掛ければ、利吉さんは小さく笑って姿を消してしまった。

「利吉も意外と過保護なもんだ。」
『(…あはは…。)』
「それじゃ花ちゃん、ゆっくり休んでいなさい。私はおいとまするよ。」
『(あ、はい!ありがとうございました…!)』

医務室を出て行った山田先生を見送ってから、私は暫くして息を吐いた。今日は目覚めてから色々な事があって、少し疲れたかもしれない。少しだけ横になろうと思い傷が障らないようゆっくりと体を傾けた時、不意に何処からか物音が聞こえてきた。
カタン、と何かが鳴った音に顔を動かすが、特に何も変わらない光景しか瞳に映らなかった。
キョロキョロと見渡すもやはり何も変わっている様子は無くて、私は気のせいかなと思い直し横になった。すると思っていた以上に疲れていたのか、私は直ぐに眠気に誘われそのまま眠ってしまった。





「…やっぱり、この人って……っ。」


ふわりと、私の頬を撫で誰かがそう呟いた事も知らずに…――。


end.

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山田先生が偽物な件について←
思うように書けん、どういう事ですか、山田先生。
そして貴様は誰だ、管理人も想定外だぞ←