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―――……これは夢だ…

「きゃあぁぁぁあっっ!!!!」

「や、やめろおぉぉおっっ!!!!」

「たすけてぇぇえっっ!!!!」


――……夢だ……っ……

「だ、だれかあぁぁああっ!!!!」

「いやあぁぁああっっ!!!!」

「逃げろぉっ、逃げるんだっっ!!」

「うわあぁぁあっっ!!!!!」


――……絶対夢だっ……!!

――村が赤く染まっているなんて…そんなの夢に決まってる…!!!

――――これは、夢だ…っ!!!!

「あ゙あ゙あぁぁああっ!!」

『っ!!!!!』

私の直ぐ近くで響き渡った叫び声。それが否が応でも、目の前で起こっている現状が現実である事を脳に叩きつけてきた。その恐怖が、私の身体を蝕んでいくように震え上がらせていく。

『(…っ……こ、わい……っ!!)』

震えが止まらない。
視界が歪んでいく。
身体が、動かない。

「うわあぁぁあっっ!!!!!」

『っ!!!?!?!?』

耳に届いてきた一つの叫び声に、私の身体がビクリと強張った。そしてその叫び声に私は弾かれたように身体を動かした。今まで動けなかったのが嘘であるかのように、無我夢中で駆け出していく。だって、だって今の声は!!

『―――っ、お父さんっっ!!!!』

バッと曲がり角を飛び出し私は父の名を叫んだ。そして飛び込んできた光景に、私は大きく目を見開き固まってしまった。

「っがふ…っ、く…るな…っ、花っ……!!!」

『―――お、とう…さん…?』

――目の前にいる父の姿は、全身を血で濡らし、右胸を刀に貫かれたままその場で膝立ちしていた。

『―――っ、お父さんっっ!!!!』
「来るなっっ!!!!」
『っ!!!?』

ハッと我に返って父に駆け寄ろうとするも、父の鋭い声にビクリと身体が震え思わず歩みを止めた。今まで聞いたこともない父の怒声に驚いていれば、父は構わずに声を張り上げた。

「花…っ、逃げなさい…っ!!」
『!!?、で、でも!!お父さん…っ!!血が…っ!!!』
「早くっっ!!母さん達と…っ、逃げろ…っ!!!」
『な、に……っ、お父さんはっ!?!?』
「私は…っ、いい…っ…早く、行きなさい…っ!!!!」
『嫌だよっ!?お父さんも一緒に…!!』

「花っっ!!!!」

『っ!!!?!?』

再び強く声を張り上げた父に私は身体を震わせる。恐る恐る父の顔を窺えば、そこにはこの場には相応しくない程の優しげな瞳と笑みがあった。

「…お前は、本当に…っ、優しい子、だな…っ。」
『…お父さん…?』
「っ…出来る事なら、まだ…っ、お前達の、っ…成長を、見守りたかった、なぁ…っ。」
『っ、お、父さん…?何を…っ。』
「…っ、父さん…もう、無理そう、なんだ…っ。」
『っ!!!やだっ、そんな事、っ!!』
「……っ、…ごめんなぁ…っ。」
『っ、やだ、やだやだっ、謝らないでよっ!!そんな事言わないでよ…っ!!』
「…っ…、お前達の、側に、ずっと、いてやれなくて…っ、ごめん、なぁ…っ。」
『っ、お父さんっっ!!』

「――おい!!まだ人がいたぞぉ!!」
「殺っちまえっ!!!」
「殺せ殺せぇっっ!!!!」

『っ!! ぁ…っ!!』
「っ、早く、逃げなさいっ!!」
『でもっっ!!』

「居たぞぉ!!殺っちまえっ!!!!ぶち殺せぇ!!!!!」

『っっ!!!!』

突如迫ってきた侍に身体を強張らせれば、突然とても強い力で突き飛ばされた。

「逃げなさいっ!!!花!!!」
『っ!? お父さ、!!!』
「お前達だけでも、生きろ…っ!!!!」
『っ、待っ……!!!!!』


「―――愛してるぞ…っ!!」



言葉にならなかったその声は、たった一突き、心の臓を貫いた事によって呆気なく掻き消された。






『――――――っっ!!!!!!!』

私はただ、無我夢中で母と弟を探し回った。そうでもしないと、気が狂ってしまいそうだった。少しでも気を抜けば、先程の事を嫌でも思い出してしまうから。ただただ、私はひたすらに村中を駆け回った。

『! お母さんっ!!!』

漸く見つけた母の姿に安堵し、ほんの少し気が弛む。母も私に気付いて此方へと駆け寄るなり、無事であるのかを確認してきた。母の腕の中にはまだ幼い弟も一緒で、今のこの現状を何となく感じとっているのか、凄く不安気な顔をしている。私は弟の不安を少しでも和らげるべく笑顔を向けて見せた。

『林之助、大丈夫だよ。』
「…おねぇちゃん…。」
『――大丈夫。私が守るから。』

―――お父さんの分まで…

そうにこりと微笑みかければ、弟の林之助は僅かに表情を和らげ、ぎこちなくも笑い返してくれた。母は私の様子から察したようで、一瞬表情を悲痛に歪めるも直ぐにそれは“母親”としての顔つきになった。それを見た私は胸が苦しかった。
本当は、泣き叫びたいだろうに。今すぐにでも、父の元へと駆け出していきたいだろうに。それでも我が子を守ろうと、気丈に振る舞い安心させようと笑う母の姿が、私にはとても辛く、とても偉大に感じた。

――私が、二人を守らなければ。

そう強く思わせるには充分だった。私は直ぐ様二人を安全な場所まで避難させようと逃げ道を探す。辺りは燃え盛る炎のせいで、中々安全な行路を見つける事が出来ない。充満する熱気と煙りで焦燥にかられながらも、必死に目を凝らし探し続ける。

――そのせいで、私は気付かなかった。


「うおぉぉおおっっ!!!!!」


――突如間近で上がった奇声。
その声に反射的に振り返った先で飛び込んできた光景は、あまりにも信じられないものだった。

――嘘だと、思った…。
――…嘘であって、欲しかった…。


『―――っお母さんっ!!!!!!!林之助ぇぇえっっ!!!!!!!』


――二人が、刀に貫かれ倒れている姿なんて…。


「おいおいなんだぁ、一突きで死んじまったぜっ!!」
『―――――っっ!!!!!!!』


――…嘘だ…っ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあっっ!!!!!
だって…っ……だってさっきまで一緒に……っ!!!!!!
一緒に…っ!!! 笑って……っ!!!!
――守ると、誓ったばっかりなのに……っ!!!!!


「お前も、殺してやるよっっ!!」
『っっ…!!!?!?』

「――こいつ等みたいになぁっ!!!!」


『―――――――っ!!!!!!!』










『……っ…、……っ………!!!!』

――――走る。
ただただひたすらに走り続けた。もうひたすらに、無我夢中で走り続けて、今、何処にいるのかも全くわからない。それでも構わずに走り続けた。視界はずっと歪んでいて、息も凄く苦しい。身体中もあちこち痛みが走っていて、だんだんと感覚が鈍ってきていた。それは身体だけではなく思考までもがぼんやりと、まるで宙に浮かんでいるかのようにふわふわしている。もはや、私は生きているのか死んでしまっているのかもわからなかった。

『―――………っ…………、』

声に出した筈の言葉は、泣き叫びすぎて枯れてしまったのか、ヒュッと喉から空気が抜ける音しか出て来なかった。



『――お、父さん……お母…さん…………林、之助………っ…、』


『―――ごめん…な、さぃ……』





――深い深い森の中

私は意識を手放した…――



end.