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≪ 久々知視点 ≫



「久々知、お前どうしたんだ?昨日から少しおかしいぞ。調子でも悪いんじゃないのか?」
「いえ、そんな事は…。」
「まぁ無理はするなよ。とにかく医務室へ行って来い。今日の授業は終わりだ。」

実技の授業中に怪我を負ってしまった。それも2日続けて初歩的なミスで負ったものだ。普段の自分では考えられないミスに、相当気が散漫しているのだと分かる。昨日のミスは偶然だが、今日のミスについては確実に昨日の出来事が原因であると言えた。俺はあまり気が進まないまま、ゆっくりと医務室へと足を動かした。

「兵助!」
「勘ちゃん、」
「大丈夫?」
「雷蔵、三郎、ハチ。」

背中越しに名を呼ばれて顔を向ければ、同じい組で同室である勘ちゃんを筆頭に友人である四人が俺の元へと近寄ってきた。今日の実技はろ組と合同だった為、三人にも俺の失態を見られたんだったな。

「大丈夫だ。大した怪我でもなかったし。」
「そっか、良かった。」
「兵助、昨日もミスしてたけどどうしたの?兵助にしては珍しいよね。」
「そういう日だってあるさ。俺だってミスはする。」
「私には随分と気が散っているように見えたが、考え事か?」
「そういやそうだよな。何か少しぼんやりしてるぜ、お前。」
「…そうか? まぁ、ちょっとな…。じゃ、俺一応医務室に行くから。」

三郎の問いに内心ドキリとしながらも、俺はそれに曖昧に応えて背を向ける。昨日から四人が俺を心配してくれている事には気付いているが、今はまだ話すつもりはなかった。申し訳なさを感じつつも足早にその場を離れ、目的の場所へと足を進めた。だがだんだんと医務室へと近付くにつれ、その速度は無意識の内に落とされていった。

「(……医務室、か………。)」

正直、今医務室へ行く事にはかなりの抵抗があった。いや、誰だって基本的に医務室へ行くには抵抗はあるのだろうが、それは治療行為に対してのものだろう。俺は別に治療自体にはさして抵抗はない。けれど他に俺の足を渋らせる要因が“今”医務室にはあった。
それは、昨日思いがけず再会を果たした一人の女性の存在だった。

「(…花さん…。)」

その女性――山川 花さんとは、約半年程前にある町で出会い親しくなった人だ。普通だったら親しい人が医務室に居るのだから、直ぐにでも足を運んでいただろう。俺だって本音を言えば、今直ぐにでも彼女に会いに行きたい。会いに行きたいのだが、行きたくないと言う気持ちも本当だった。
その理由が、俺と彼女との普通ではない出会い方にあった。

――俺は、女装をしている時に彼女と知り合ったのだ。

あの町では、俺は何度か実習で女装をして赴く機会が多かった。そして決まって、俺は作戦を考える為にある甘味屋へと立ち寄っていた。彼女は、その甘味屋で働いていたアルバイト店員だった。俺が毎回同じ品を注文し、その度に彼女が受け付けていたものだから顔を覚えられたらしく、彼女は俺が立ち寄る度に小さく微笑んで迎えてくれていた。何時しか俺達は他愛ない言葉を交わし合うようになっていて、共に過ごす程の親しい間柄になるのにそう時間は掛からなかった。
最初は、そこまで親しくなるつもりは毛頭なかった。
元々姿と性別を偽っているのだから、下手に関わって変装に気付かれては不味い。だからある程度の距離を保って何度もやり過ごそうとしていた。
けれど、普段であれば何て事のない筈の行動であるのに、何故か彼女を前にするとそれが上手くいかないのだ。
彼女の持つ雰囲気が、俺にとって酷く心地好く感じる。彼女の隣に居ると、不思議と胸が温かくなっていく。また彼女に会いたい、と俺の“意志”とは裏腹に“感情”が体を支配して、そうして会う回数を重ねていく内に、俺は自身のこの“感情”に気付いてしまった。
だがこの感情は、忍の三禁に触れてしまう本来なら不必要な想いだ。ましてや、こうして“女”と偽っている時点でこの想いを伝える事すら出来やしない。
それに、俺が目指しているのは忍なんだ。
仮にこの想いが届く事が出来ても、俺はきっと彼女に人並みの幸せを与える事が出来ないだろう。それならいっそこの想いに蓋をして、彼女の友人として少しでも側にいたい。俺が男と気付かれるまで、どうか側に居る事を許してほしい。
そんな風に、願った矢先の事だった。
俺が彼女への想いに自覚してから数週間振りにあの町へ赴いた時、偶然耳にしたある話に衝撃を受けた。

――彼女の住む村が、戦に巻き込まれ滅んでしまった、と。

聞いた限りでは、生存者は誰一人としていないと言われていた。気付いた時には、俺の足はその村のあった場所へと走りだしていた。どうしても受け入れ難い話に向かったその場所には、何も残ってはいなかった。僅かに抱いていた希望すらもあっさりと打ち砕き、焼け野原と化してしまったその場で俺は呆然と立ち尽くしていた。
その後、どうやって学園へ戻ったのかは全く覚えていない。勘ちゃん達にも心配されたような記憶があるのだが、それもかなり曖昧な記憶だった。その時の俺の姿は、忍を目指す者として酷く滑稽で情けないものだっただろう。だがそれだけ、俺にとって彼女の存在と言うものが大きかったのも事実だった。
そして、後悔したんだ。
どんな結果になろうとも、自分の本当の姿を、この想いを彼女に伝えておけばよかった、と。…失ってしまってから、俺はこんな後悔をし続けた。

そんな自分に、俺は本当に馬鹿なんだなと自身を嘲笑った。



そうしてあれから気持ちの整理がつくまでに約一ヶ月も費やしてしまい、自分がこれ程女々しい奴だったのかと驚き苦笑した。時間をかけ漸く立ち直った俺は、あの後も町へと何度か赴いていた。
今度は、女装姿ではなく本来の姿のままで。そしてその帰りには必ず、彼女の村へも足を運んでいた。

一輪の、たんぽぽの花を手向ける為に。

以前、彼女が好きだと話してくれたこの花で、いつか再びこの地に命が芽吹くよう祈って。



そしてあれから更に二ヶ月が経ち、彼女に抱いた想いを過去の思い出として受け入れ始めた、そんな最中だった。
昨日偶然負った怪我で、まさか再び、この目にその姿を映す事が叶うとは誰が思えるだろうか。
あれだけ渇望し、けれど二度と遇いまみえる事の出来ぬと思っていた、愛おしい彼女の姿を。

俺は自身の目を疑った。

あれだけの時間をかけ漸く受け入れかけた“現実”と、今、目の当たりにしている“現実”が矛盾しすぎていて、頭が追い付いていかない。あまりにも突然すぎた再会に、その時直ぐにはそれを受け止める事が出来なかった。
俺は夢でも見ているんじゃないか。
あの彼女は、俺が無意識下に作り上げてしまった幻なんじゃないのか。
そんな疑念がぐるぐると頭を駆け巡り俺を混乱させる。だが次第に、俺の脳はこの“現実”を理解し始めて、少しずつ少しずつ受け入れ始める。そして、気づけば俺は彼女の存在を確かめるかのように、穏やかに眠る彼女の頬にそっと優しく触れていた。

「…やっぱり、この人って……っ。」

彼女に触れ、温かなぬくもりを感じ、そこで漸く本当の意味でこの“現実”を受け入れる事が出来た。


――彼女は、生きていた。


その事実が、どうしようもなく嬉しかった。こんなに胸が苦しく、泣きたくなる程の喜びを感じられる事は、きっとこの先の生涯にないだろう。俺はそのあまりの歓喜に、これから立ちはだかる大きな壁に悩まされるとは微塵にも考えてなどいなかった。
その壁に気付いたのは夕食後、ろ組の三人が俺達の部屋へ訪れた時だった。先程の俺の様子の変化に気付き、声を掛けてきてくれた皆に言葉を濁しながら心配はいらない事を伝えてから、ふと思ったのだ。
俺はこれから、彼女とどうなりたいのか、どんな関係を築きたいのかを。
そう考え始めてから、俺は漸く重大な事を思い出したのだ。彼女との奇跡的な再会があまりにも衝撃的だった為にすっかりと抜け落ちていた、ある現実を。

“俺”と彼女には接点がない。

あるのは、“女装をした俺”との接点なのだ。だから彼女にとっては“俺”とは初対面となる。
だが俺にとっては初対面ではない。
それどころか、慕っている相手だ。そんな彼女を前に、上手く初対面の振りをして近付く自信は、情けないけれどあまりなかった。
彼女に、本当の事を伝えようか。
けれどそれでもし、嫌われてしまったら?
例え自業自得だろうが、慕う相手に嫌われたくないと思うのが恋の常だろう。だったら自信はなくとも、“俺”として新たに関わりを持とうか。だがやはり、彼女を知っている分自分を偽ってきた事に罪悪感を抱いてきっと無理だろう。
事実を打ち明けるか、それを隠して新たに関わりを持つのか。
不思議と、“関わりを持たない”と言う選択肢は浮かんで来なかった。それは少なくとも、相手が慕っている女性だからそうなのかもしれない。だが何よりも、俺が彼女を守りたいと強く願ったからなのだろう。俺の知らぬ所で彼女を喪ってしまう恐怖は、もう二度と味わいたくはない。
もう、あんな後悔はしたくない。
今度は、どんな関わりであろうと俺が彼女を守り抜く。
そう勝手に、俺が俺自身に誓ったから。
だからこの2択しか俺の頭には存在しなかった。お陰で雷蔵並みに、いやそれ以上にずっと悩み続けて、こんな下らないミスを出してしまっていた。こんな時に、まだどうするのかすら決めかねている時に自ら医務室へ行く理由を作ってしまうだなんて、俺は本物の馬鹿だろう。ハァ、と大きな溜め息を吐いてうだうだ考え込んでいれば、後ろから善法寺先輩に声を掛けられた。どうやらいつの間にか、医務室に着いていたようだ。しかもいくら先輩とはいえ、背後の気配に全く気付かないとは重症すぎる。これは笑えないな、と若干逃避しつつも俺は先輩に促されるまま、意を決して医務室へと足を踏み入れた。




『(あの…久々知さんは、ご兄弟はいらっしゃいますか…?)』




(やっぱりそうなるよな…咄嗟に違うって言ったけど、そうだって言えば良かったか…?)

(いや、それともあの時に本当の事言えば……いやでも………、…あー、くそ…っ)

(…ホンット、情けないな、俺……)

(……、…でも、………)



(…情けなくなるくらい…俺は、貴女が……)



end.

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相変わらずぐだぐだで言葉がおかしい文章でごめんなさい。
何度も脱線した気がする。
終わりも何か半端だな…。