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ドキドキと緊張により高鳴る心音を耳にしながら、私は学園長先生に名を呼ばれるのを待っていた。
今日はいよいよ、待ちに待った初仕事の日。
今朝方、学園長室にてこの学園の教職員全員と挨拶を済ませ、そのまま校庭へと案内された。この学園の先生方は皆個性的で、特に印象的だったのは1年ろ組の斜堂 影麿先生。顔色の悪さと暗い雰囲気に初めて顔を合わせた時、失礼ながら体がびくついてしまった。後、気のせいでなければ、背後に人魂を背負っていたような気がする。
それからもう1人印象的だったのは、1年い組の安藤 夏之丞先生。挨拶を交わし終えた後、安藤先生は目を細めて私に対し、厳しい言葉を投げ掛けてきた。

「しかし声が出せないとは…不便ですねぇ。仕事に支障が出なければ良いのですが、ねぇ…。」


小さな声でそう言われた時、私は直ぐに反応が出来なかった。私の近くにいた土井先生が代わりに反応を示して、安藤先生を咎める。それに慌てて、私は大丈夫ですと土井先生に告げてから、私は安藤先生に、足を引っ張らないように気を付けますと答えた。その場はそれで直ぐに落ち着いたが、私はその後、内心酷く不安になっていた。
安藤先生の言葉は、誰しもが思う当然の疑問だった。
それは勿論、私自身もずっと抱いていた不安の種であった。今までは胸の奥に小さく抱えていたその不安が、こうして誰かに指摘されただけで、こんなにも大きく膨れ上がってしまった。私は不安に駆られて、全身が緊張から固くなっていくのが嫌でも分かった。学園長先生の挨拶を耳にしながら、自身の番を緊張して待つ。いつしかドキドキと高鳴っていた筈の心音は、時間が経つにつれてバクバクと激しい音に変わっていた。
緊張から両手をキュッと握りしめていると、不意に誰かに肩をポンと軽く叩かれた。それに振り向けば、側に控えていた土井先生が小さく笑みを浮かべ私を見つめていた。恐らく私の表情が余程固かったのだろう、土井先生は微笑みながら「大丈夫。」と私に声を掛けてきた。

「そんなに緊張しなくてもいい。此処の生徒達は、皆良い子達ばかりだから、そんなに固くなる必要はないよ。リラックスして。」
『(ぁ、は、はい……ありがとうございます…。)』

気持ちを落ち着かせようと優しくを声を掛けてくれた土井先生に、私は小さく笑みを浮かべて見せた。お陰で少しだけだが、先程よりかは心を落ち着かせる事ができた。

「――それでは、新しい事務員を紹介する。」

『(…!)』

とうとう自分の番が回ってきて、私は自然と背筋を伸ばす。そんな私に、土井先生は小さな声で「頑張れ。」と、優しく背中を押してくれた。それが何だかとても嬉しく感じて、緊張しているのに心が軽くなったような気がした。

「彼女の名は山川 花さんじゃ。訳あって声を失っていてな、話すことが出来ん。じゃが、山田先生の奥さんからの紹介なだけあって、その働きぶりはお墨付きじゃ。皆も宜しく頼むぞ。」
『(ぇ、と、初めまして。ご紹介に預かりました、本日より事務員として働かせて頂きます、山川 花と申します…。あの、い、色々とご迷惑をお掛けすると思いますが、精一杯やらせて頂きます…よ、宜しくお願いします…!)』

思い付くままに自己紹介をしてから、私はサッと頭を下げた。言い終えてから既に、自分がどんな自己紹介をしたのかすら、緊張のしすぎで全く覚えていない。そのせいで余計に不安になりながらも頭を下げていれば、パチパチと小さく拍手が聞こえてきた。
それにホッと安堵して顔を上げた時、ふと水色の♯◯模様の制服が目に入った。
殆どの生徒が興味深けに私を見つめる中で、三人の見慣れた姿だけが嬉しそうな笑顔で私を見ていた。その笑顔に緊張も解れ、心が和んでいくのを感じながら私もつられるように微笑んだ。
後ろに戻れば、土井先生や山田先生から軽く労れ、私はそれに御礼を言った。その後は再び学園長先生のお話に耳を傾け、朝会は無事終了した。


『(…緊張、した……。)』

ふぅ、と息を吐きながら漸く肩に入っていた力が抜けた。緊張していた事で少し疲れを感じているが、私はやっと働ける事に嬉しさを感じた。

『((頑張って仕事を覚えて、少しでも役に立てるようにならなきゃ……うん、頑張ろう…!))』

小さく拳を握って意気込んでいたら、後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。聞き慣れた声に自然と笑みを浮かべ振り返れば、そこには乱太郎君達三人が駆け寄って来ていた。その後ろには、少しだけ間を取りながら一緒に寄ってきた、水色の♯◯模様の制服を着た生徒達が数人いた。

『(乱太郎君、きり丸君、しんべヱ君!)』
「花お姉さん!退院おめでとうございます!」
『(! ありがとう。)』
「今日からなんスよね、仕事始めるの。」
「これからもっと、一杯お話できますねぇ!」
『(うん、そうだね。)』
「それから、今度は一緒に遊べますね!いつか私達と遊んで下さい!」
「ついでにアルバイトも手伝って下さい!」
「ちょっ、きりちゃん!それは駄目でしょ!」
「じょーだんだって!…半分くらい。」
「もう!!」
『(ふふ、時間が空いてる時でいいなら、喜んで。)』

三人と話していると、何だかとても気が緩んでしまう。クスリと笑いながら話していれば、後ろにいた子達の中から一人、とても利発そうな子が話し掛けてきた。

「…乱太郎ー、きり丸、しんべヱー。そろそろ僕達にも紹介してくれると有難いんだけど…。」
「あっ、ごめん!! あの、花お姉さん、私達のクラスメイトを紹介しますね!まずは庄ちゃんから!」
「初めまして!一年は組の学級委員長をしてます、黒木 庄左ヱ門と言います!」
「同じく一年は組の、二郭 伊助です!」

次々とテンポ良く順番に自己紹介をしていく子達は、皆乱太郎君達と同じクラスメイトだったようだ。一度に沢山の生徒達を紹介されて、私は内心覚えきれるかな、と少し不安になってしまった。それでもこうして、早速お友達を紹介してくれた事と、声を掛けてきてくれた事がとても嬉しくて、私はつい顔を綻ばせた。手にしていた紙に筆を走らせ、私は改めて挨拶を交わした。

『(初めまして。私は山川 花と言います。これから宜しくお願いします。)』
「此方こそ、宜しくお願いします!」
「あの、質問とかしてもいいですか?」
『(うん。どうぞ。何かな?)』

「「「◯※*=≠☆▼〜!」」」

『(……ぇ…と………?)』

てっきり一人ずつ質問されるかと思っていた私は、まさか一斉に聞かれるとは思ってもいなくて、思わず目をぱちくりとさせた。誰が何を言っていたのかを聞き取れずに困惑しつつ、以前にも似たような事があったなぁ、とぼんやりと思いながら苦笑を溢した。

「こらお前達!!一斉に喋るんじゃない!! 山川さんが困っているじゃないか。」
「「「土井先生!!」」」
「それから、質問はまたの機会にしなさい。彼女はこれから仕事で、お前達ももうすぐ授業が始まるぞ。」
「「「はーい!!」」」
「それじゃあ花お姉さん、また後で!」
「お仕事頑張って下さいね〜!」
『(ふふ、うん。ありがとう。皆も授業、頑張ってね。)』

手を振りながらバタバタと学舎へと駆けて行く皆の姿に、私は微笑みながら見送った。それから隣に居た土井先生に振り向くと、私は先程のお礼を口にした。

『(あの、ありがとうございました。)』
「いえ。あれは何時も事だから。びっくりしただろう?」
『(少しだけ…。でも、皆素直な良い子達ですね。)』
「はは、ありがとう。私の自慢の教え子なんだ。」

優しい顔で彼らの事を話す土井先生は、嬉しそうに小さく笑っていた。医務室でも見たその表情は、不思議と此方までもが暖かな気持ちにさせてくれた。

「それじゃあ、私もそろそろ行くよ。仕事、頑張って。無理はしないようにね。」
『(はい。ありがとうございます。)』

軽く手を振ってから、土井先生はあっという間に姿を消してしまった。その事に驚きながらも、流石忍者の先生だな、と感心もした。
それから私は再び意気込みをいれ直して、勤務場所である事務室へと足早に向かっていった。



end.