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利吉さんが帰って来てから、私は殆どを彼と一緒に過ごしていた。普段は人見知りをする私だけど、利吉さんを相手にすると不思議と緊張せず話せるお陰で、一緒にいる事を苦には感じなかった。行動を共にすれば必然的に会話を多く交わす為、その中から分かった事は沢山あった。まず利吉さんと私は、齢が二つ違いだという事。何となく年上であるのは感じていたが、思いの外近かった事に驚いた。そして他には、利吉さん達は三人家族だという事。姿が見えない父親は遠く離れた場所で働いていて、所謂単身赴任中などだという。長期休みに入っても中々帰って来ない父親を何度も説得しているのだが、それでも仕事が忙しくて全く帰って来られないらしい。その事に対して利吉さんとお菊さんは頭を悩ませているのだとか。でも中でも私が一番驚いた事は他にあった。

『(……えっ、り、利吉さんは忍者なんですか…!?)』
「あぁ、そうだよ。フリーのだけどね。」
『(……私、忍者なんて初めて見ました…。)』
「ははっ、まぁそうだろうね。忍者は影で生きるものだから。普段も忍者である事を隠して、一般の人に成りきっているからね。」
『(へぇー……え? じゃ、じゃあ私に言ってはいけないんじゃ…!?)』
「うーん、花ちゃんは無闇に人の秘密を言い振らしたりするのかい?」
『(そ、そんな事しませんよ!)』
「ね? 花ちゃんならそうだろうと思って、私は話したんだよ。だから大丈夫。」
『(…ぇ、それでいいんですか…? もしかしたら、私が嘘を吐くかもしれませんよ?)』

小さく首を傾げ、ふと疑問に思った事を口にする。それを見た利吉さんはクスリと笑うと、笑みを浮かべたまま説明するように指を立てる。

「忍者にはね、観察力や洞察力がとても必要なんだ。これでもプロの忍者をやっている私は、人を見抜く術には長けている方だよ。…私から見た花ちゃんは、嘘を吐くのが苦手、けれどいざと言うときは見事に隠し通す頑固な面もある、と判断したんだけど。どうかな?」
『(………当たってます。よく両親にそう言われていました……。利吉さん、凄いですね…!)』

まだ彼と一週間程しか過ごしていないのに、既に私の性格を把握しきれている事にかなり驚いた。ハーと関心したように驚いていれば、その様子が新鮮だったのか利吉さんは声に出して笑う。

「そんなに関心されるような事じゃないよ。もっと凄い人は、二、三日足らずで見抜いてしまうからね。」
『(それだけで…!? …忍者って凄いですね…。)』
「他にも忍者には様々な術が必要なんだ。戦う術は勿論、時には変装して情報を集めたり、誰かを護衛する為だけに雇われる事もある。」
『(へぇー…。)』
「特に忍者は隠密で行動するから、仲間内で決めた合言葉や暗号を駆使して情報を交わすんだ。それを見破るべく、相手の仕草や癖を注視する。私が花ちゃんの唇を読めるのもその一つだよ。」
『(! あ、それで私の言葉が伝わるんですね…! ……………ぁ、え…じゃあもしかして、お菊さんもそうなんですか…!?)』
「当たり。まぁ母上は、元くの一だけどね。父上と結婚してからやめてしまったんだ。」
『(…へぇぇ…そうだったんだ…。)』
「因みに父上も忍者なんだよ。」
『(ぇええっ!?………に、忍者家族…。)』

何だか今日はやたらと驚く事が多いのは気のせいだろうか。利吉さんもそんな私を見て、笑っている姿が何時もより多く感じた。そんな風に会話を交わしていれば、奥からお菊さんの呼ぶ声がかかって私達は一緒にそちらへと向かっていった。




さわりと草の掠れる音が響き渡る。
風に揺らぎ音を奏でる草木の囁きが、辺りを優しく包み込んでいた。肌に当たる冷たい風に小さく身震いをし、そこで日が傾き始めている事に気付く。正午過ぎに薬草を採りに来た時はまだ大分高かった太陽が、今ではもうあんなに低く沈み掛けている。それだけでかなりの時間が経っているのだと理解して、完全に日が傾く前に戻ろうと腰を上げた。篭の中には様々な薬草が摘み取られ、お菊さんに頼まれた分には十分な量だった。それを抱えてふと辺りを見渡せば、夕陽に照らされ朱に染まった森の景色が瞳に映る。その景色に私はぼんやりと見とれるように眺め、ゆっくりと瞬きを繰り返した。
そして、夕陽の朱と“あの日”の赤が徐に重なって、一瞬呼吸をし忘れる。ヒュッと呑んだ息を何とか吐き出して、心を落ち着かせる。

『(…っ……、………はぁ…。)』

深く吐いた吐息は森の中へと溶け込んで消えて行く。

『(…大丈夫……大丈夫。)』

こんな風に自分に言い聞かせるように繰り返す度、私は嫌でも“現実”を実感していた。父も、母も、弟も、もう“いない”のだと…私は独りになってしまったのだと、幾度も思い知らされた。
こんな事、助けてくれた利吉さんとお菊さんにとって凄く失礼なのだろう。けれど、思わずにはいられないのだ。二人の姿を毎日見ていれば、家族が恋しくなる。羨ましいと、胸が苦しくなる。二人にとっては所詮、私は他人なのだと何度も気付かされた。それすら忘れてしまう程、二人はとても優しくて温かいから。

『(……でもそれが、苦しくもあるんだ………。)』

ギュッと、抱えている篭に力を込めて陰りゆく森の中をただ静かに見つめていた。すると不意に背後からサクリと、草を踏み締める音が鳴り私はそちらを振り向いた。そこにはお菊さんに別の手伝いを頼まれていた利吉さんの姿があり、彼は私の方へと歩み寄ってきていた。

「遅いから迎えに来た。森の中は日が沈むのが早いから危ないよ。」
『(お手伝いは終わったんですか?)』
「いや、母上に心配だから迎えに行ってくれって頼まれてね。私も気になっていたから抜けてきたよ。」
『(ぇ、す、すみません…!)』
「…うーん、そこは謝ってほしいわけじゃないんだけどな。」
『(………?)』
「謝罪の言葉はいらないって事。」
『(………あ、そっか……あの! ぇと、ありがとうございます…!)』
「うん、その方がいい。さぁ、行こうか。」

ポンと頭を撫でてから、利吉さんはヒョイッと私から篭を奪い取る。それが余りにも自然な動きで一瞬何も出来なかった私は、慌てて利吉さんの跡を追いかけた。

――あぁ、ほら、こういう然り気無い優しさが私を戸惑わせる。

どうしてこうも、当たり前のようにやってのけるんだろうか。私には、それはただ胸を締め付ける一つに過ぎないのに。どんどん、思考回路は後ろへと絡まってゆく。
それを解す術を、私は知らない。

『(…あの…私持てますよ…!)』
「遠慮はしなくていいよ。もっと私達を頼っていい。母上だって、きっとそう言うさ。」

『(…………………っ、)』


だから、これ以上そういう事を言わないで下さい。

今の私には、苦しいだけなんです…。



――あぁ、そしてまた、夜がやってくる……。


一番、辛く苦しい夜が…――



end.

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(゜д゜)……!