それでも俺は
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どうして、こんな風になっちまったんだろうな。
俺達はずっと一緒に、笑い合っていた筈なのに。
これからも、俺達の絆は永遠に続いていくのだと信じていたのに。
『ガアッ、はっ…あ゙…!!!!』
――それなのに、俺は今そいつらに殺されかけている。
いや違う、確実に俺を殺す気なんだ。
その瞳に宿る狂気で滾った憤怒が、それを物語っているのだから。
鋭く濁った冷たい視線が俺を射抜く。
こいつらの瞳はこんなくすんだ色をしていなかった。
その瞳はもっと温かくて、優しくて、光に溢れていたと言うのに。
こいつらは変わってしまった。
――たった一人の女のせいで。
「お前のせいで、天女様は傷付いてしまった!!!」
「興味のない振りをしておきながら、天女様になんたる屈辱を!!!」
「天女様を泣かせたお前を、俺達は赦さないっ!!!!」
『ガッハ、っあ゙あ゙ぁ゙……!!!』
それは突然現れた、一人の女。
空から降ってきたという何とも怪しげな女が現れてから、学園の空気が異様な雰囲気に呑み込まれた。最初こそ警戒していた筈の上級生が次々とその女の虜となり、今では俺以外の上級生はそいつに現を抜かしていた。
そしていつしかその女は“天女様”と崇められ、上級生は鍛練を全くしなくなった。挙げ句には委員会にも顔を出さなくなり、唯一天女に影響を受けていなかった下級生達が俺の元へと助けを求めてきた。
薄々嫌な予感はしていたが、まさかここまで酷くなるとは微塵にも思っていなかった。俺の元へ下級生達が泣きそうな顔で現れた時、俺は一人立ち上がった。
今この学園でどうにか出来るのは俺しかいないと、俺だけしかいないのだと思い知らされたから。
そう思い立ち上がって直ぐ様、俺は行動に起こした。先ずは、俺の大切な親友達を目覚めさせるべく、あれやこれやと妨害したり説得したりした。
けれど、あいつらは俺の言葉なんて聞く耳を持ってくれなかった。少し前のあいつらだったら、どんな些細な事でも俺の話に耳を傾けてくれていたのに。
それでも俺は、何度もあいつらの目の前に立ち塞がった。
だがそんな俺の行動を気に食わないと感じたらしいあの女が、ある日俺を呼び出した。
そして“目障りだ”だと、回りに振り撒く笑顔とはかけ離れた表情で俺に告げてきた。
それを見て、あぁ、やはり本性を隠していたんだなと、そう感じながら俺はそれを一言で切って部屋を後にした。
あの女の本性を知って益々想いが強くなり闘志を燃やしていた俺は、呼び出された本当の意味に全く気付けなかった。
こうして、こいつらを目の前にして漸く気付くなんて、俺は本当に馬鹿なんだと自分を笑ってしまった。
「天女様を襲ったなんて、俺達はお前を絶対に赦さないっ!!!!」
『あ゙あっ…!!! ぐっ……ぁ!!!』
俺はあの女の策にまんまと嵌められたんだ。
あの日俺に襲われたと嘘を吹き込む為に、わざわざ一人で部屋にいる時に俺を呼び出した。そしてそれを信じたこいつらに、怒りで俺を殺してくれるように仕向けたんだろう。
現にあの女の術中通りに俺は今、殺される。
よりによって、大切で大好きな親友達のその掌で…。
本当、どうしてこうなっちまったんだろうな。
俺はただ、こいつらと笑い合っていたかっただけなのに。
ただ、こいつらと共に肩を並べていたかっただけなのに。
……なんでなんだよ、なぁ…?
『っ、はっ……おれは、んなこと、やってな……っ!!!!』
「嘘を吐くなっ!!!だったら何で天女様は泣いてるんだっ!!!」
違う、違うよ雷蔵、俺はそんな事してない。
「お前のせいで、天女様は深く傷付いてしまったんだぞ!!!」
『ガッ、はっ…!!あ゙あ゙っ!!』
ハチ、本気であの女が傷付いてると思っているのか?
「天女様を汚したお前など、視界にも入れたくない。」
『ゴフッ!!!っうあ゙、あ゙…!!!』
なぁ三郎、何でお前程の奴があの女ごときの仮面を見破れない?
『っ…!!!ガァッ、ハ…ゔぁ!!』
「寧ろこいつと同じ空気を吸ってること事態不快なんだけど。」
勘右衛門、お前は何時も真っ先に俺の事信じてくれていたじゃないか。
「そうだな。こんな奴一人や二人居なくなったって構いやしない。」
『ガフッ、エホッ、…あ゙ぁ゙あっ!!!』
俺と一緒に居るのが一等居心地がいいって、兵助、そう言ってくれていたじゃないか。
なぁ、頼むから、目を覚ましてくれよ。
頼むから、あの頃のような眩しい笑顔を浮かべるお前等に戻ってくれよ…っ。
「こんな奴は俺達の仲間でもなんでもない。裏切り者だ。」
「天女様にあんな事をしておいて、生きていられると思うなよ。」
「最初から怪しかったんだ、さっさとこんな奴消してしまえば良かった。」
「そうすれば、天女様は傷付いて泣くこともなかったんだ。」
「そうだ。こんな奴生きている価値もない。」
「―――殺してしまえ。」
なぁ、俺は助けようとしたお前等に、こうして殺される事を恨めばいいのかな。
最期まで俺のことを信じてくれなかったお前等を、憎めばいいのかな。
そうすれば、少しはこの苦しさも哀しさも、淋しさも和らいでくれるのだろうか。
…少しは楽に、なったんだろうか。
そうやってお前達を恨んで憎めれば、どれだけ良かったのだろうか。
なのに俺は、そんなお前達を恨めも憎めもしない。
いや、出来ないんだ。
こんな風になっても尚、俺は馬鹿みたいにお前達を信じてる。
いつかきっと、目を覚ましてくれるって信じてるんだ。
例えそれが、俺の居なくなった後の事なのだとしても。
それでも、お前達なら絶対に大丈夫だって言い切れるよ。
伊達に五年もお前等の親友をやっていたわけじゃないからな。
それに、お前達を恨むなんてとんだお門違いだ。
お前達はただ、あの女に惑わされて正気を失っているだけなんだ。
勿論、だからといって何でも赦される訳じゃないけれど、それをお前達を恨む理由には出来ない。
だから、こうしてお前達に殺されたって俺は全然恨めそうにないんだ。
こんな俺を馬鹿だと、お前達は笑うだろうか。
それでもいい、お前達が再びあの日のように笑ってくれるのならば、俺は決して死ぬことを辛くは思わないよ。
ただ、もう一度お前達と共に笑い合えないのが寂しいけれど。
けど、お前達を取り戻す為なら俺は最期まで足掻き続けるよ。
足掻いて藻掻いて、お前達を絶対救い出してやる。
だから……………
『自分を責めるんじゃねぇぞ?』
これは俺にとって、無駄な“死”なんかじゃない。
俺がお前達を救う為にこの命を落とす事を、俺は誇りに思うよ。
なんたって、大切な親友達の為に立ち向かって死ねるんだからな。
だからさ、お前達がいつか自分を取り戻した時、懺悔なんてしやがったら怒るからな。
お前達は無駄に優しいからさ。
それだけがスゲー心配なんだわ。
後ろを振り向くなとは言わない、けどちゃんと、前へ進め。
その先で笑い合っているお前達がいるだけで、俺はもう充分だから。
『らいぞう、はち、さぶろう、かんえもん、へいすけ、』
『――――また、おれたちあえるといいな…。』
そしたら今度こそ、俺達六人、ずっと一緒に…………。
それでも俺は、幸せだった。
end.
end.