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私の名前は苗字 名前。
くのたま五年の14歳。
O型の牡羊座で、趣味は読書。

ん、何でいきなり自己紹介をしてるんだって?

それはね、今のこの目の前の状況を理解する為に、まずは自己紹介でもして自分を落ち着かせようと考えたからだよ。
まぁ結果、落ち着くどころか余計に混乱しているんだけどね。
とにかく、私は今、非常に困惑している。
それと言うのも、目の前の現状に思考が全く追い付いていかないからだ。

「…すー……。」

『………えぇーー…?』

私の目の前には、忍たま五年生の不破くんの寝顔がある。
しかも結構な距離の近さだ。
何故こんな状況になったし。
いやまて落ち着け私。
まずはそうだ、一から思い返してみよう。

まず放課後、今日の課題を終えて暇になった私は宛もなく散歩をしていて。
その途中で一匹の猫(茶色い毛でとてもふわふわしている)を見つけて、一緒に遊んでいて…。
で、確かその後あまりにも暖かな気候に眠気を誘われそのまま猫と眠っちゃって…。

うん、ここまでは大丈夫だ、しっかり覚えている。
だがしかし、やはり不破くんが居る事には全く覚えがない。
何故不破くんまでも一緒になってここで眠っているのだろうか。
まぁ、何となくではあるが大方の予想はつくのだけど。
多分、眠っている私を見つけて起こすか起こすまいかに迷って、そのままいつの間にか自分まで眠ってしまったのだろう。
うん、いかにも不破くんらしくて何か憎めん。
そして寝顔が可愛いな畜生。
女である私より可愛いってどういう事だ。
解せぬ。
だが可愛いから許す。

…何かどんどんキャラがおかしくなってないか私。

落ち着け。
取り敢えず、彼を起こさねば。

『おーい、不破くんやい。起っきろー?』
「…ん……んー……あれ…?」
『やぁ、おはよう不破くん。』
「…ぇ…えっ!? あ、僕もしかしてまた…。」
『そのもしかしてさぁ。』
「うわー…! ごめんね苗字さん! 起こしてくれてありがとう。」
『いんや、気にしなさんな。さしずめ私を起こすかに悩んでる内に眠ったんでしょ?』
「うん。でも結局苗字さんに起こしてもらっちゃったんだけどね…。」

あはは、と照れたように小さく笑う不破くんはとても可愛かったです、はい。
さてさて、ここで一つの疑問が私の中で浮上する。
何故、不破くんが私を起こそうとしてくれたのか、だ。
不破くんとは図書室で何度か顔を合わせた事があるから、知り合いと言えば知り合いだ。だがしかし、それはほんの数回の出来事で、もっと言えば片手で足りる程度の数だ。もうぶっちゃければ、私と不破くんは特別親しい仲なわけじゃない。だから不破くんが悩んでまで私に声を掛けようとした事が、不思議でならないのだ。
いや確かに、関係は浅いが不破くんが優しい人柄であるのは知っている。
だがそれでもほんの数回程度しか会ってない人物、特にくのたまに声を掛けたりするものだろうか。
私が逆の立場だったらスルーするよ、きっと。

『わざわざありがとね、起こそうとしてくれて。私に何か用でもあったの?』
「あ、いや、特に用があるわけじゃないんだ。」
『そうなの?』

てっきり用があるからわざわざ起こそうとしたのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
じゃあ何故?と益々不思議になって小さく首を傾げると、どうやら顔に出ていたらしい私の姿を見て不破くんは理由を応えてくれた。

「暖かくなってきたとは言え、このまま寝てたら風邪をひくかと思ったんだ。」
『成る程、確かにそうだよね。』
「それと、苗字さんともっと話してみたかったんだ。」
『え?』

理由を聞いて不破くんはやっぱり優しい人だなぁ、と感じていれば続けて意外な言葉が降ってきた。
え?私と話してみたかった?何故だ?

「時折、図書室で君の姿を目にして、君の本を読む姿勢が凄く印象的だったんだ。」
『え、あ、はぁ…。』
「ただ静かに本の世界に浸ってる姿が綺麗だなって。君と言葉を交わした時も、本当に本を読むのが好きなんだって知って、なんだか気になっちゃって…思わず声を掛けたんだ。」
『……………、』

あはは、と照れながら笑う姿を見つめながら、私は口こそ開けないものの、ぽかんとした間抜けな表情になった。
あぁ、相変わらず照れ顔が可愛いですね畜生。
じゃなくて、今何か結構凄い事をサラッて言われた気がするんですけど。
え、何なのこれ、何なの。
ちょ、そんな事言われると照れるんですけど…!

『そ、そっか…。』
「…あの、苗字さんさえ良ければ、時々此処でお話してみたいんだけど…どうかな?」
『え、此処で…?』
「うん。君がどんな本を読むのかとか、その日にあった出来事とか…何でもいいから君の事を知りたいんだ。」
『ぅ…え、と……、』
「あ、嫌ならいいよ!無理してまで君を困らせたくはないから…!」
『……、…別に、嫌じゃないよ。此処に来ればいいの?』
「!ありがとう、苗字さん。」

ポツリと小さく応えると、不破くんは嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
そんな顔を見て私は更に照れくさくなって、顔の赤みを隠すべく少しだけ俯いた。

「苗字さん?どうしたの、何だか顔が赤いような…。」
『っ、ううん、何でもないよ。それじゃ私、そろそろ行くね。起こそうとしてくれて本当にありがとう!』
「あ、」

やはりバレていた顔の赤みを指摘され、私は居たたまれなくなって捲し立てるようにお礼を言って逃げ出した。
絶対不自然に思われただろうなと考えながら、私は頬の熱がひくまで軽く手で扇いでいた。






「行っちゃった…。」

走り去る彼女の姿を呆然と見つめながら、僕はその場に立ち尽くしていた。
苗字さん、顔が赤かったけど大丈夫かな?
やっぱり風邪でもひいてしまったのだろうか。
ぼんやりと仄かに赤い彼女の顔を思い浮かべながら、先程の会話を思い出す。随分と恥ずかしい事を口にしていたなぁ、と他人事のように考えている自分に小さく苦笑する。
そしてふと、もしかしたら苗字さんは照れていたのかもしれないと言う考えに思い付く。
もしそうだとしたら、嬉しい。

「少しは望み有り、かな…?」

苗字さんを図書室で初めて見掛けた時、僕は彼女に一目惚れをしてしまった。それから何度か声を掛けようとしていたけれど、結局事務的な事しか話せていなかった。だから今日こそはと思って近寄ってみたはいいが、僕の悪い癖である悩み癖が発揮していつの間にか眠っていた。結果的にはいい方向へと流れて良かったけど、本当にこの悩み癖は早く直さないとなぁ。

でも、今日声を掛けようとして本当に良かった。

次彼女に会ったら、何のお話しをしようか。

あぁ、楽しみだなぁ。



ゆっくりと踵を返し長屋へと向かいながら、僕は先程の彼女を思い浮かべ頬を弛ませていた。








図書室で見つけた君は

僕の特別な人…――

end.