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『鉢屋、勉強教えて…!』
「いきなりだな。」

私が足早に向かった先は、同い年である忍たま五年生の鉢屋 三郎の部屋だった。開け放たれていた部屋へ入るなりそう声を上げた私に、鉢屋は特に驚きもせずに軽く突っ込んだ。お願いします!と手を合わせて頼み込む私の顔を、鉢屋は暫し見つめてから了承してくれた。

『っ、ありがとう…!』
「ん、で?何処教えればいい?」
『えっと、ここ何だけど…。』
「あぁ、それはな…。」

ぽんぽん、と自身の隣を叩いてそこに座るように促す鉢屋に近付き腰を降ろす。私が分からない箇所を指差せば、鉢屋はすぐにその解説を始めてくれた。一つ一つ丁寧で解りやすい解説のおかげで、私はようやっと苦戦していた問いを理解する事が出来た。

『…あ、成る程。そういう事なのね。』
「お前の場合は此処と此処を逆にした方が、考えやすいだろう。」
『うん、確かにそうかも。ありがとう、鉢屋。助かったわ。』
「課題か何かか?」
『えぇ。今週中に提出するものなの。』

本当に助かったと安堵しながら、私は広げていた筆記具を片付ける。出来上がった課題を早速提出しようと考えながら、私は再度鉢屋にお礼を告げて立ち上がろうとした。
けれど、不意に鉢屋が私の腕を掴んできて立ち上がる事を阻まれる。

『鉢屋? 腕……。』
「私がそうそう帰すと思うか?」
『……な…っ、』

振り向いた先で見た鉢屋の顔には、ニヤリと企むような嫌な笑みが浮かんでいて、私は思わず頬をひきつらせた。
確かに、言われて見ればやけにあっさりと勉強を教える事を承諾してくれていた。普段の鉢屋ならば軽くあしらわれて流されていそうなものだ。課題に行き詰まっていたとは言え、何故あの時疑問に思わなかったんだ、私は。
そう後悔するも時既に遅く、鉢屋は笑みを浮かべたまま徐に後ろへと体を傾けた。当然、腕を掴まれたままの私もいきなりの事に成す術もなく一緒に後ろへと倒れ込んだ。

『ちょっ、何…!?』
「手伝ってやったご褒美。」
『はっ!?』

少し驚いて抗議すれば、更に意味の分からない事を抜かしだした鉢屋に私は思わず声を上げる。
ご褒美って、ご褒美って何だ!?
距離が異様に近いせいで浮かび上がる事は、あまり宜しくないものばかりだ。別に、これでも一応は恋仲の関係にあるし、そもそもくのいちを目指す私にとってはこれしきの事で動揺したりはしない。しないけれど、私は今すぐにでも課題を提出しに行きたいのだ。だから、嫌がる素振りを見せてここから抜け出す事を試みた。

「顔真っ赤。」
『っ!!』

とか何とか言って余裕振ってみたけど、実際はめちゃくちゃ動揺しまくってますよ。いくら恋仲だろうがくのいち目指そうが、好きな人の顔が間近にあればそりゃ緊張するわよ!
胸が高鳴らない方がおかしいわ!
顔の赤みを指摘された私は、それでも精一杯の抵抗を見せるように睨みながら体を身構える。
そんな私を見て鉢屋は可笑しそうに喉の奥を鳴らすと、くしゃりと私の頭をひと撫でした。

「言っとくが、お前が考えているような事はしないぞ。」
『…え、あ………。』
「期待に応えられなくて残念だけどな。」
『っ!?わ、私は別に…!!!』
「だが、考えていたのは事実だろ?」
『そ、れは…!その…、』
「名前は意外と助平だな。」
『〜〜っ!! 違うわよっ!!』

面白そうにニヤニヤと笑いながらからかってくる鉢屋に、私は更に羞恥心が煽られた。耐えきれなくなって鉢屋から離れようとするが、いつの間にか腰に回されていた腕が邪魔で逃げられない。声を出さずに唸っていれば、鉢屋は不意に私の頬へと手を添えた。
するりと頬をひと撫でしたかと思えば、その手は目元へと移動しそっと親指で目の下辺りを撫でた。その動作を不思議に思っていると、鉢屋はゆっくりと口を開く。

「…また、無理しやがって。」
『え、…?』
「上手く隠せてるつもりだろうが、私が見破れないとでも思ったか、この馬鹿。」
『……!』

鉢屋が何を言っているのか、今の動作を思い返してみて気付いた。
私の、目元の隈に気付いたんだ。
流石変装名人と言われているだけに、やはり化粧には詳しく誤魔化しが効かない。

『…やっぱ分かる?』
「分かるさ。名前の事ならな。」
『………。』
「そこで照れるな。襲いたくなる。」
『っ!? いやだって、そこは“変装名人だからな”って言うかと…!』
「そんなの抜きにしたって気付くさ。」
『…〜〜っ!!何時もの鉢屋じゃない!!』
「どういう意味だ。」

何時もと少し違った返しに動揺する私に、鉢屋は若干ムッとしながらデコピンを食らわした。

「ったく…、どうせ今回も一人で粘ってたんだろ。」
『ぅ、』
「こんな隈なんか作る前に、私に頼れ。お前は甘えなさすぎだ。まぁ、今回は頼ってきただけ許す。頼るのが遅いけどな。」
『……ごめん。』
「…どうせ、あまり寝れてないんだろ。貸してやるから寝ろ。」
『…此処で?』
「此処で。」

鉢屋の腕が私の頭の下に差し出され、所詮腕枕の状態にさせられる。当然ながらかなりの至近距離に鉢屋の顔が横にあって、とてもじゃないが眠れる気が全くしない。どうしても此処で眠らなきゃいけないのかと、少しばかり気が変わるのを期待してチラリと見遣るもそれは呆気なく砕かれた。
だって、そんな顔は狡い。
鉢屋の顔があまりにも優しくて、抵抗するのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

『…こんな事で良いの?』
「何が。」
『ご褒美。これじゃ寧ろ、私がご褒美貰ってるようなものじゃない。』
「お前が頼ってきた事へのご褒美にもなるし、同時に私がお前を独り占め出来るご褒美にもなる。正に一石二鳥だろ。」
『何それ。』

ニッと笑って言う鉢屋の姿が何だか可笑しく見えて、私は小さく笑みを溢す。まだ高鳴っていた鼓動が次第に心地好く思えてきて、だんだんと眠気に誘われる。やはり体は睡眠を欲していたようで、私は眠気に抗う事なく身を委ねた。
時折、さらりと私の髪を空くように撫でる鉢屋の手付きが気持ち良くて、私は甘えるように鉢屋へと擦り寄った。鉢屋から伝わる仄かな温もりを全身で感じながら、私はいつしか夢の世界へと旅立っていた。







――君のぬくもりは

幸せの証――







(……すー………すー……。)
((何だこの可愛い生き物…!普段甘えてこない分、破壊力がヤバい…っ!!))
(…ん……んん……さ、ぶろ……。)
((…〜〜っ!! 寝言で名前呼ぶとか、反則だろ……っ!!))


end.

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寝惚けて擦り寄る名前ちゃんに内心かなり悶えてる鉢屋さんの図(笑)
頑張れ、耐えるんだ鉢屋(笑)