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私は半年程前から、密かに想いを寄せている人がいる。その人は私が所属している部活の先輩で、つい最近新たに部長となったばかりの人だ。
その先輩の名前は、久々知 兵助先輩。
久々知先輩とは実は委員会も一緒で、入学当初から何かと接点が多くとてもお世話になっていた。そんな先輩に好意を抱き始めたのは半年前、私が部活でスランプに陥った時に親身になって相談に乗って下さったのがきっかけだ。入学当初は何となく、先輩の近寄り難い雰囲気に必要以上に関わろうとしなかった。だけど、先輩が私の不調を察して然り気無く声を掛けてきて下さった時から、その印象はガラリと変わったのだ。
本当は意外と話し易くて、とても面白い人なんだ、って。
そしたらだんだんと先輩の姿を目で追うようになっていて、これが恋だと気付くのに時間は掛からなかった。自覚してからは少しでも先輩とお話したくて、私なりに積極的に声を掛け始めたと思う。でもやっぱり学年が違うだけで極限られた時間しか会えず、中々校内で見掛ける事はなかった。それに、どうやら先輩は私の事を妹のようにしか思っていないんじゃないかと感じる。と言うか、以前実際に言われたのだ、「妹がいたらこんな感じなのかな」って。それを聞いた時は丁度この想いを自覚したばかりの時だったから、もの凄く辛かった。それでも、直ぐには諦めきれなくてずっと先輩を想い続けた。
…想い続けたけれど、先輩の態度は一向に変わらない。
勿論、ほんの数ヶ月で人の心を動かすなんて、私には無理だと分かってる。分かっているけれど、こうも変化がないと、僅かに抱いていた期待すらもなくなってしまうものだ。

――だったら、いっそのこと告白してしまおうか。

もうじきバレンタインだし、どうせ望みがないのなら、さっさと想いを告げて砕けよう。そう半ばやけくそになった私は、その勢いのままチョコを用意して今、昇降口に立っていた。
朝早くに来たおかげで、私の他には誰もいない。私はチョコを手にしたまま先輩の靴箱の前で、今更ながら顔を青くしていた。

『(どどどどうしよう…!? つい勢いでチョコを用意しちゃったけど、こ、告白、なんて、でき……ない…っ!!)』

あと一歩の所で臆病な自分が前に出てきてしまい、中々チョコを入れる事が出来ない。どうしようどうしようと頭の中でぐるぐる考えていたせいか、私は周りに全く気が向いていなかった。
ポンッといきなり誰かに肩を叩かれ、私はかなり驚いて情けない声を洩らしてしまった。

「あ、やっぱり!君、兵助んとこの後輩だよね?」
『へ…あ、えっと…。』
「あぁ、俺は尾浜、兵助の友人なんだよ。ね、君は何してるの?」

後ろを振り向けば、何度か見掛けた事のある先輩のご友人がいて、ニコニコとした笑顔で私に話し掛けてくる。そんな尾浜先輩に私はたじろぎながらも、他に先輩(主に久々知先輩)が居ないかをこっそり確認した。どうやら私達以外にはいないようで内心安堵しながら、私は曖昧に答えて言葉を濁した。

『あ、えっと……ね、寝惚けて間違えたみたい、でして…その…。』
「ふーん、じゃあそのチョコは?」
『ぁ…あ、えっと……。』
「それ、兵助に渡すチョコでしょ。」
『!!!』

…つもりだったのだが、手にしていたチョコを目敏く見付けられてあっさりとバレてしまった。
しかも、相手まで確信したように言い切られた。
私は羞恥から顔を赤くすると、下へと顔を俯かせた。

「直接渡さないの?」
『…………でき、ません…。』
「何で?」
『……、…怖い、んです…断られるのが…。』

実際に直前になって怖じ気ついてしまった気持ちは、中々前へと踏み切れない。
振られると分かっていても、やはり怖いものは怖いのだ。
でもチョコを用意してしまった手前、渡さないのも勿体ないから、こうして間接的に渡そうと考えた。

「…何で、断られるって思うの?まだ分からないのに。」
『…以前、言われているんです。私の事、妹みたいだって………だから、きっと…。』
「…でもさ、それでもこうやって兵助にチョコを渡そうとする程、あいつが好きなんでしょ?」
『…え、』
「諦められないくらい強く想ってるから、君はチョコを用意して気持ちを告げようとしたんだよね。違った?」
『…………ちが、わない…です…。』
「だったら、間接じゃなくて直接渡さないと駄目だよ。伝わる気持ちも伝わらない。それに、それだけ兵助を想ってるんだったら、必ずその気持ちは届くよ。この俺が保証する!」
『………ふふ、ありがとうございます。』
「うん、そうやって笑ってた方が良いよ。」

ぽんぽん、と軽く頭を撫でて笑った尾浜先輩は、不意に私と同じ目線にしゃがんで確認するように再び問いかけてきた。

「ね、そのチョコ、どうする?」
『――直接、渡そうと思います。尾浜先輩の仰る通り、簡単に諦められないくらい、私は久々知先輩が大好きですから。』
「うん、その気持ち、絶対伝わるよ。」

尾浜先輩はそうニコッと笑ってから、徐に目線を外して私の後ろへとその目を向けた。


「――ね?伝わったでしょ、兵助。」


「……あぁ。伝わったよ。」

ドクリと、胸が高鳴る音がやけに大きく響いた気がした。
私の後ろから聞こえてきた声は、絶対に聞き間違える筈もない、大好きな人の声で。その声の主へと振り返ろうとする前に、私はその人に腕を引かれて走り出していた。

漸く立ち止まった場所で、上がる息を整えようとゆっくり呼吸を繰り返す。
大分呼吸が落ち着いてくると、待ってくれていた相手を私は改めて瞳に写した。そこには居たのはやはり、私が想いを寄せている久々知先輩の姿だった。

『……っ…、………』
「……なぁ、俺が前に言った言葉、覚えてるだろ?」
『、ぇ……?』
「俺が、お前の事妹みたいだって言った時の事。」
『っ………、はい…。』

先程の会話を聞かれていた事に内心酷く動揺していると、不意に先輩が口を開き話し掛けてきた。何の事かと一瞬首を傾げ掛けたが、次に出てきた言葉に私は僅かに息を呑んだ。
その事かと理解した瞬間に、あぁ駄目なんだなって、直ぐにその考えが頭を過った。
私がいよいよ振られる覚悟を密かに決めていれば、先輩の口からは全くの見当違いな事を話しだした。

「あれな、本当にそう思っていた訳じゃないんだ。」
『……え………?』
「俺はその以前から、お前の事を“妹”以上の感情で見てきた。」
『…あ、の……え…?』
「ずっと、“妹”なんかじゃなくて、一人の“女の子”として想い続けてた。」

そう話す先輩の瞳は怖いくらい私を真っ直ぐ見つめていて、その瞳から私は目を逸らす事が出来なかった。その瞳を見ただけで、それが嘘か本当かだなんて私でも分かる。
だがどうしても、突然の事すぎて頭が追い付いていかない。
その証拠に、私は無意識の内にポツリと言葉を溢していた。

『………………う、そ……。』
「嘘じゃない、ずっと好きだった。」
『…だ…って、じゃ、何で妹って…。』
「…覚えてないか?お前がスランプになって相談に乗った時、俺の事“お兄さんみたいだ”って言ったんだよ。」
『え、…え、え…!?』
「だから、俺はあぁ叶わないんだって勝手に諦めた。それでせめて“兄”のような頼れる立場になろうって、そう思ってあの時口にした。……けどまさか、その時には既に互いに両想いだったなんてな。」

はは、と少しだけ頬を染めて苦笑を溢していた先輩を見つめたまま、私は呆然と固まっていた。まさか、私から先輩にそんな事を言っていただなんて。
でも、それじゃあ、先輩はもうその時から…私、を……?

『……………、ぇ……じゃ、ぁ………。』

期待、してもいいんですか…?と小さく呟いた私は、そう言い終える前に先輩の腕の中へと閉じ込められていた。
ぎゅうっと強く優しく抱き締めながら、先輩はそんな私に囁くように耳元でそっと、けれどはっきりと応えた。

「好きだ。俺と、付き合って下さい。」

私は、返事を返す代わりにぎゅうっと先輩を抱き締め返した――。




――先輩、大好きです!!





(…なぁ、このチョコって…。)
(あ、その…先輩は豆腐が好きだと聞いたので色々考えたんですが…結局それしか思いつかなくて…。)
(…………(可愛い))
(…ぅ、ごめんなさい、豆腐じゃなくて…)
(いや…言っとくけど俺、そこまで豆腐に執着してるわけじゃないからな。普通にチョコの方が嬉しいから。)
(え、でもタカ丸さんが、先輩は豆腐狂?だって…。)
((あいつ後でぶん殴る。))


end.

−−−−
夢主ちゃんがあげたチョコは、小さな四角いチョコ一つ一つに、はん◯りちゃんの顔がデコってあるんだと思うんだ。
器用ですね(笑)