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『ねぇ、八左に好きな人がいるって本当?』

バレンタインをあと数日後に控えた昼下がり、私は八左がいない隙を狙ってそう切り出した。いきなりの事に皆、きょとんとした顔をして此方を見つめていたが、いち早く口を開いた尾浜くんが不思議そうに聞いてきた。

「え、何、どうしたの突然。」
『いやこの間ね、たまたま耳にした話しなんだけど、八左が告白された時に“好きな人がいるから”って断ったって聞いてさ。何となく気になって。』
「あー…この間の呼び出しの事か。」
『あ、やっぱ告白されたんだ。』
「うん、告白されたらしいけど、詳しい事は聞いたわけじゃないからなんとも…ごめんね。」
『謝らなくていいよ不破くん。ありがとね。』
「だけど、またどうしてそんな事を聞いてくるのだ?」
「直接聞いてみりゃいいだろ、お前はあいつと幼馴染みなんだから。」
『んー…それも考えたんだけど、幼馴染みと言えど話しづらい事かもしんないじゃん?特にこう言った恋愛事とかってさ。だから一応皆に聞いてみたんだけど…。』

欲しい情報は得られなかったな、と苦笑を溢しながら机に頬杖をつく。

「でも本当にどうしたの?今までそんな話、気にもしてなかったと思うんだけど…。」
『うん…今まではさ、八左が告白されたって聞いても特に何も感じなかったんだけどさ…、それは“告白された”ってだけ聞かされてすぐに会話も終わるから、詳しい内容までは気にもならなくて…。』
「……つまり何だ、お前はその“告白”をどんな理由で断っていたのかを知らなかったが、その理由を知った今、戸惑っている、と。」
『まぁ、そんな感じ?』
「え、何で戸惑うのさ。」
『いやさ、もうすぐバレンタインじゃない?本当だったら、今年も恒例の義理チョコを八左に渡すつもりだったんだけど…好きな人がいるならさ、ねぇ?』
「あぁ、成る程。」
「うーん…でもいいんじゃない?渡しても。もしかしたらその人から貰えないかもしれないじゃない。」
「雷蔵はたまに酷いと私は思うよ。」
「でも俺もそう思うよ。別に渡すのに制約とかないんだしさ。」
『んー……、……まぁ、そうなんだけど…。』

何かこう、もやっとした物が胸にあって素直に渡せそうにないんだよなぁ。
そう呟けば、皆して私の方をガン見してくるものだから驚いた。けど私以上に驚いた様子の四人に問い詰められる前に八左が委員会から戻ってきて、そのまま昼休みは終わってしまった。



『(好きな人、かぁ…。)』

それを聞いて私は、何で今までその事を考えなかったのだろうと、自分でも不思議なくらいそう思った。今までだっていくらでも気付きそうなものなのに、どれだけ私は鈍いのだろうか。
もし、八左が誰かと付き合いだしたらどうするつもりだったのだろう。

『(……………どうする…?)』

どうするつもりだったのか、なんて、何故自分はそんな事を考えているのか思わず首を傾げる。別に、どうするも何も、八左が誰と付き合おうが私には関係ないじゃないか。
だって私達は、ただの幼馴染みなんだから…。

『(…本当に……?)』

ズキリ、と何故か痛みだした胸に私は戸惑い考え込む。
本当に、私は、私にとって八左はただの“幼馴染み”…?
それだけの関係で、満足している?

『(満足って、私、何考えて…。)』

別に、それでいいじゃないか。
事実今までそうだったし、これからだって…。
これからだって、の続きを繋げようとして私は想像してみた。
八左が誰かと付き合っている姿を。
その姿を想像して、私は酷く胸が締め付けられるように切なく苦しくなった。
あぁ、そうだよ、八左に恋人が出来たら、今までみたいに簡単に会える訳ないじゃない。

だって、私達の関係はただの“幼馴染み”なんだから。

その関係性が、今初めて嫌だと感じた。
私は、ずっと八左と一緒に居たい。
“幼馴染み”なんて立場じゃなくて、もっと、もっと近い立場の存在に。
うーん全く、私ってこんなに鈍かったんだなぁ。しかも、八左に“好きな人”がいるって知った時にとか、本当鈍すぎるよ私。
あーあ…失恋、なのかなぁ…。



『…とか何とか言いつつ、結局チョコ、持って来ちゃったし……。』

何してんだか、と半ば自分に呆れながらも、きっと何処かで期待しているんだろうな。
八左から「チョコは?」って当然のように聞かれるのを。例え八左が私のチョコを義理だと思っていようと、受け取ってくれるだけでも大分違うから。
だからさ、早く言いに来てよね……このバカハチ。
もう、放課後になっちゃったじゃない…。

日中に何度も顔を合わせているのに、八左は何も言って来ない。
それどころか、八左は放課後になってさっさと委員会に向かってしまった。そりゃあもう、何時も通りの楽しそうな素敵な笑顔で。それを平然と見送った私も私だったけど、それでも何だか無性に腹が立つ。
何あの笑顔、ムカつく。
それでもいちいちキュンとくる私も馬鹿か、馬鹿なのか。
はぁ、と大きな溜め息を吐いてから私は椅子に座る。心配してくれる不破くん達を見送ってから、私は一人教室に残って感傷に浸った。
やっぱり、八左、好きな人いるんだな。
去年までは私が言うより先にチョコを急かして来た癖に、今年は全くそんな素振りさえ見せないんだし。
…“義理チョコ”も、もう必要ない、か……。
あーあ、本格的に失恋しちゃったなぁ。
……チョコ、食べよ…。
袋から取り出したチョコを、パクっと一口食べる。
不思議と、そのチョコの味は全く感じなかった。
…いや、少しだけ、しょっぱい味を仄かに感じながら私はゆっくりと食べきった。

チョコも処理をしたし校舎を出て校門へ向かおうとして、ふと見慣れた銀髪が視界の端に映った。そちらへ顔を向ければ、案の定八左の姿があって、どうやらまだ委員会の仕事をしているらしいと気付いた。声を掛けようか迷っていれば先に八左に見つかってしまい、大きく手を振られた。それに思わず苦笑しながら私は諦めて近付くと、八左は何故か突然慌てた様子で私へと駆け寄ってきた。

「っおま、どうした!?」
『は…? 何が?』
「何がって、顔!! ひでぇぞ!?」
『喧嘩売ってんの?買うよ?』
「ちがっ!? そうじゃなくてっ!!何でお前、泣いたんだよ!?」
『…は……?…、……ぁ…。』

八左に言われて、私は漸くさっき泣いていたのだと知った。
あぁ、だからあのチョコ、妙にしょっぱかったのか、いや納得。

『あー…これはねぇ、んー…。』
「…俺には、言えない、か?」

どう言い訳しようか悩んでいれば、八左は何だか辛そうな表情で私を見つめてきた。
…何で、そんな顔するかなぁ…。
言える訳ないじゃんよ、八左の事で泣いてたって。
言ったらあんた、絶対に自分を責めるの知ってるんだからね、私。
これでも、私の大切な“幼馴染み”なんだからさ。

『いや…あー、……私、さ、……失恋、しちゃったんだよね…。』
「………………、」

“誰に”とは伏せて簡潔に話せば、八左は目を丸くして固まった。
大方、私に好きな人がいた事に驚いているんだろうな。
しかも、その想い人がまさか自分だなんて夢にも思ってない筈だ。

『でもま、最初から駄目だって分かってたし…そこまで……、』
「…………、れ……だ…。」
『え?』
「…誰に泣かされたんだよ?」
『……八、左…?』

「誰が、お前を泣かせたんだよ…っ!?」

グッと、肩を捕まれて怒りを滲ませたその声と表情に、私は気圧されて声を出せなかった。そのあまりの気迫に固まっていた私を他所に、八左は怒りからか舌を捲し立てる。

「誰なんだよ!?そいつの名前!!俺が一発殴ってきてやる!!」
『……や、…八左…?…あの…、』
「何で泣かせんだよ…!そいつ、ぜってぇ見る目がねぇ!!」
『あ、のさ、八左、落ち着い…、』
「誰なんだ!?早く名前教えろ!」
『や、い、いい…!! いいから、そんな事、』
「…っ!、何で、庇うんだよ…!?」
『そ、いうんじゃなくて、あのさ、』
「何で…っ………!!…、何で!!」
『はち…、わっ!?』

突然、何を思ったのか八左は私を強く抱きしめてきた。その事に驚いて戸惑っていると、八左がぼそりと、本当に小さく呟いた。

「…っ……俺じゃ、駄目なのかよ…っ…。」
『………ぇ…?』

今、八左は、何と言った…?
僅かに聞き取れた声が聞き間違えでないのなら、私はとても都合の良い夢でも見ているのだろうか?私はそっと、恐る恐る八左の名を呼びこれが夢ではないのかを確かめた。そうすれば、八左はそっと私から身体を離し、なんとも切なげな表情でもう一度言葉を紡いだ。

「…俺だったら、こんな風に泣かせねぇのに…っ。」
『……は、…ちざ……。』

「――好きなんだ。お前が…。ずっと、ずっと前から…。」

『……っ、え、ぁ…』
「…こんなタイミングで言うのは卑怯だって分かってる。分かってっけど…泣いてるお前見て、もう、我慢出来なかった…っ。」
『…………、……。』
「……わりぃ…ごめんな…。」

こんな、戸惑わせる事言うつもりじゃなかったのによ…。
そう悲しげに眉を下げて言う八左を、私はずっと見つめているだけしか出来なかった。私の肩から手を退けて、また小さく「ごめん」と溢しながら八左は此方に背を向ける。
ゆっくりと、私から遠ざかっていく八左の姿を眺めながら漸く動き出した私の身体は、必死にその後ろ姿を追い駆けていた。そして、その勢いのまま私が八左に抱き着くように飛び込んで、二人してその場に倒れ込んでしまった。

「なっ…! おい、馬鹿!あぶねーだろ…っ。」
『…………、………。』
「…おい、どーした…?」
『………、……か…っ。』
「…? なん…、」

『――っ八左の馬鹿っ!!あんぽんたんっ!!』

「は……!?」
『何が“泣かせない”よ!!誰のせいで泣いてっと思ってんのよ!!この馬鹿ぁっ!!』
「ばっ…!だから、その泣かせた奴が分かんないって言って…、」
『〜〜本当に鈍いわね!!あんたのせいで、泣いてたって言ってんのよ…っ!!』
「……え…?」
『あんたに、好きな人がいるって知って…!! それでも、例え好きな人が居たとしても、何時もみたいにチョコを急かしに来てくれるんじゃないかって…!変に期待して…っ!…っ、でも、来なくて…っ、だから、もう、…〜〜っ、駄目なんだって…っ…!!』
「……は…?…ちょ、ちょっと待て。おま、それじゃ、失恋した相手って……。」
『っ…〜〜〜っ、…あんたの事よ…!馬鹿ハチっ!!』
「……………マジかよ…。」

感情が荒ぶって思わず泣いてしまった私は、泣き顔を見られないように額を八左に押し付ける。グスグスと見っともないくらい涙を流したまま感情をぶつければ、八左は少し唖然とした様子で呟いた。でも、そのまま直ぐに私を強く抱きしめてきて、ははっと呆れたような声で話しだした。

「…本当だな、俺自身で泣かせてたとか……うわぁ、馬鹿だなぁ俺…。」
『…っ…ばーか…!! 鈍感男!』
「いや、それだけはお前に言われたくねぇんだけど。」

抱きしめられた状態のまま、暫くそんな軽口を叩きあっていると、不意に八左が身体を少し離してコツリ、と額を合わせてきた。それにきょとりとしていた私を見て可笑しそうに笑ってから、八左は私の大好きな笑顔で言ってきた。
それに私も自然と顔を弛めて、同じように答えた。

「――大好きだぜ。ずっと、これからも一緒に居ような。」
『――うん。私も、八左が大好きだよ。ずっと、一緒に居ようね。』




──幾年月も、ずっと隣に君だけを…





(…ねぇ、いつまでこの状態なの?)
(んー…もう少し…。)
(………委員会は?)
(あ……、でもまだ離れたくねぇ。嬉しくて放せそうにねぇんだ。)
(っ………、別に、いつでも会えるんだから……この後も、一緒いるつもりだし…。)
(ホントか! よし、じゃっ、直ぐに終わらせてくっから待ってろ!!)
(……単純なんだから…。………私もだけど、ね…。)


end.

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竹谷の想いと夢主の鈍感っぷりを良く知っている五年生ズが、夢主の無自覚ヤキモチに思わず目をカッぴらいてガン見(笑)