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此処クローバー王国には、土地が大きく3つに区分されている。国の中心にいく程身分が高くなり、日々贅沢で裕福な暮らしが保障される。最も身分の高い国の中心に位置する場所を王貴界と呼び、王族や貴族のみが暮らし優雅に過ごしている。その王貴界の周囲に広がる場所は平界と呼ばれ、一般人である平民が平凡な生活を営んでいる。そして残るのは国で最も広い恵外界と呼ばれる土地で、まともな教育が受けれぬ程に文化水準が低く下民として蔑まれ貧困な日々を送っている。その恵外界の中で最果てに位置する小さな村の少し外れに、エルマーナ・バーンズは両親とひっそり暮らしていた。質素ながらも穏やかな暮らしを密かに満喫しているエルは、今日も家の手伝いに精を出していた。庭にある小さな畑の草むしりを終え立ち上がった時、遠くから自身の名を呼ぶ声を耳にして首を回す。

「エルねえちゃん、あそぼう!」
「まって、アスタ…!はやいよ…っ。」
『アスタ、ユノ。こんにちは。』

目を向けた先にいたのは、近所の教会に住んでいる二人の男の子だった。元気一杯で賑やかな男の子がアスタ、少し臆病で大人しい男の子がユノである。二人とはエルが5歳の頃、このハージ村に越して来て以来良く一緒に遊んでいる友達だった。友達と言うよりは歳が4つ程離れているせいか、姉弟のような関係でもあった。何せ出会った時は二人はまだ1歳の幼子で、良く教会に顔を出していたエルは忙しい神父様達の代わりに遊び相手になっていたのだ。あれから3年の月日が流れて、二人共動き回る年齢になると今度は向こうから顔を出すようになっていた。4歳になった遊び盛りの二人には、近所で唯一の子供であるエルの元へやって来るのは必然とも言えた。エルは二人に挨拶を交わしてから少し待っているように伝えると、家の裏口から母親に声を掛けた。

「聞こえてたわ。もう大丈夫だからエルも遊んでいらっしゃい。」
『いいの?』
「えぇ、ありがとうね。助かったわ。気をつけていってらっしゃい。」
『はい!いってきます!』

優しく微笑む母親に嬉しそうに返事をしているエルも、まだ8歳の子供なのだ。いくら環境のせいとは言え歳の割にしっかりしている少女でも、やはりまだまだ遊ぶことが好きな年頃である。そんな娘を微笑ましく想う母親に見送られエルが二人の元へ戻ると、そこにもう一人大人の男性が佇んでいるのが見えた。その姿にエルの表情はパッと明るくなり、駆け寄ってそのまま男性に抱き着いた。

『父様!お帰りなさい!』
「ただいま、エル。元気にしてたか?」

朗らかに受け止めたその男性はエルの父親で、普段は平界の方へ出稼ぎに行っている。家に戻って来れるのは多くて週に1度で、長い時は2週間に1度の頻度だ。今回はその長い時だったようで、久しぶりに会えた父親にエルの嬉しさは傍目から見ても全身から滲みでていた。そんな愛娘の様子に笑いながら、父親も嬉しそうにエルの頭をゆっくり撫でる。

『はい!母様も元気ですよ。』
「ははっ、そうか。それは良かった。これからお出掛けかい?」
「おう!オレたち、これからねえちゃんともりにあそびにいくんだ!」
「そうか。元気でいい事だ。ただあまり奥には行ってはいけないよ?危ない動物が居るかもしれないからね。」
「は、はい…っ。」

元気よく答えたアスタに頷きながら子供達と目線を合わせるようしゃがみ込み、それとなく気をつけるように念を押す。危ない動物と言う言葉に少し不安そうな表情になったユノを優しく見遣って、エルと同じように頭を撫でてあげた。まるで大丈夫だよと言われているようなその優しい眼差しに、ユノの不安も徐々に薄れ表情も柔らかくなっていった。

「それじゃ、3人共気をつけて行っておいで。暗くなる前に帰ってきなさい。あ、そうだ。二人共、帰りは家に寄って行きなさい。今日果物が手に入ってね、これから母さんにお菓子を作っもらうから、食べていきなさい。」
「ほんと!?やった!」
「ありがとうございます…!」
『楽しみだね。』
「うん…!」
「へへっ、おっちゃん行ってきまーす!」
「行ってきます…!」
『父様、行ってきます!』
「ああ、行ってらっしゃい。」

お菓子の話をすると嬉しそうにはしゃぐ子供達に、つい笑いが溢れてしまう。まだまだ可愛らしい子供達を見ていると、どうかこのまま健やかに幸せになって欲しいと願わずにはいられない。しかし現実は厳しいもので、いつかはこの不遇な社会にあてられ辛く感じる日々がくるのだろう。だからせめてそれまでは、自分達大人が子供達を守っていかなければならない。少しでも長くこの笑顔を守っていきたいと、駆け出していく子供達を見つめながらエルの父親は改めて感じていた。

「おや、エルちゃん。これから遊びに行くのかい?」
「はは、元気だなぁ。」
『おじ様、おば様!こんにちは!アスタ達と森に遊びに行くんです。』
「相変わらず仲が良いねぇ、気をつけてね。」
「坊主達、エルちゃんの言う事ちゃんと聞くんだぞ。それじゃあな、いっぱい楽しんでこい!」
「おう、わかった!」
「は、はい!」
『行ってきまーす!』

森へ向かう道すがら擦れ違う村人達から声を掛けられ、エル達は笑顔で通り過ぎていく。エルは幼い頃から時折時間を見つけては、村人達の手伝いにも良く顔を出していた。小さな村というのもあるだろうが、そのお陰か村人達は皆エルの姿を見かけると笑顔で迎えてくれた。孫のように、娘のように柔らかく見守る眼差しで、毎日元気なその姿を見かけるのが一つの楽しみになっている。加えて最近遊び回れるようになった教会の子供達も増えて、更に賑やかになったその様子は見ていてとても元気をくれた。