第八話

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『…ぁ、あの…っ。』

HR後の休み時間、私は早速転入生達に声を掛けてみた。人見知り故の緊張と、転入生達の纏う近寄り難い雰囲気に気圧されて、つい声が震えてしまった。転入生達は一度チラリと私を見たかと思えば、直ぐにそれは逸らされた。

『ぇと…私、山川 花って言います……あの…、た、頼りないと思うけど、これから宜しくお願いします…っ。』
「………。」
「………。」
『……っ、…ぅ…ぇと、あの…。』
「…うぜぇ。」
『…ぇ、』

吃りつつも挨拶を交わしてみたが、案の定と言うべきかやはり返事が返って来なかった。どうしようと焦り口をもごつかせていると、黒髪の彼、日向くんからポツリとそう吐き出された。

「パートナーなんざいらねぇ。」
『…っ、』
「行くぞ、ルカ。」
「あ、うん…。」

そう言い残すと日向くんは乃木くんを連れて教室を出て行った。今まで黙ってその様子を見ていた皆は、日向くん達が居なくなってからザワザワと話し出す。

「…感じ悪ぃヤツだな、アイツ。」
「ちょっと怖いかも…。」
「でもそこも格好良い…!!」
「ねー!!」
「…何でそうなんだよ…。」

日向くんの態度に気に食わないと思う人や怖いと感じる人、それでも格好良いとはしゃぐ人等、様々な声が聞こえる。そんな中で一人私が押し黙っているのに気付いたのか、心読みくんが近寄ってきた。

「大丈夫?」
『ぇ、あっ、うん…大丈夫だよ。』

声を掛けられハッとすると、私は心読みくんに笑い掛けた。皆が騒ぐ中で私はずっと、彼の鋭い紅い瞳が脳裏に焼き付いていた。燃えるような紅い瞳なのに、その中はとても冷えきっているように感じられて、あの時私は身動き一つ取れなかった。怖い、と思うと同時に何か強い意志を感じた気がした。それが何なのかは解らないけれど、あれだけの強い瞳を持つのだから、相当の想いが秘められているのだろう。私は彼等が去って行ったドアを見つめながら、そんな事を思っていた。


結局あれから戻って来なかった二人は、次の日になって漸く教室に入ってきた。もしかしたら登校して来ないかもと思っていた矢先だったから、二人の姿に安堵すると同時に少し緊張してしまった。

『ぉ、おはよう…。』
「………。」
「………。」
『(ぅう〜…! やっぱり、怖い…!)』

彼等が席へと移る途中で挨拶をかけるも、やはり無反応のまま通り過ぎた。分かってはいても落ち込む事には変わりなくて、私はしゅんと頭垂れた。そんな様子に、心読みくんは慰めるように頭を撫でてくれた。それにちょっと元気をもらえた私は、きっと単純なんだろう。それでも頑張ろうと思えるから、私はそれでもいいと思った。
休み時間の度になけなしの勇気を振り絞って、私は二人に話し掛けていた。話し掛けると言っても、殆ど一言二言だけの会話にも満たないものだった。そもそも言葉を交えてないから会話にすらなっていないけれど、それでも根気強く声を掛け続けた。

『(…でも、もう心折れそう…。)』

総無視されて早3日目の朝。教室に着くなり机に突っ伏しながら、私は沈み込んでいた。我ながら良く挫けずに続けられたと思う。しかしやはり堪えるものがあり、そろそろ根を上げそうになっていた。

『(“いらない”って、言ってたもんなぁ…。)』

日向くん達は初めから、パートナーを必要としていなかった。それを此方が勝手に、善意として押し付けているようなものだ。彼等にとっては、私の厚意は有難迷惑にしかなっていないのかもしれない。

『(もしそうなら、本当に余計なお世話だよね…うー…。)』
「おはよう、花ちゃん。」
『!おはよう、心読みくん。』
「悩んでるねー、二人とも黙りだもんね。」
『うん…やっぱり迷惑なのかな…。』
「時々苛ついてるもんねー、日向くん。」
『ゔ…やっぱそうなんだね…。』

何となく気付いてはいたが、いざそう言われると結構くるものがある。思わず小さく溜め息を吐けば、ドンマイとでも言うように肩を叩かれた。もういっそのこと、やめてしまったほうがいいのだろうか。そんな考えが頭を過ぎるが、私は直ぐに頭を振った。断られても、一応パートナーなのだ。まだ不慣れな学園で、出来る限りのサポートをしてあげた方がいいだろう。それに出来ることなら、仲良くなりたいとは思ってる。この閉ざされた学園で、少しでも楽しく過ごせるような友達になりたい。私がそうだったように、日向くん達にも友達が出来ればきっと、少しは楽しいと思えるはずだから。

『(…あれ?)』

もうすぐ朝礼が始まる頃、漸く教室に入ってきた彼の姿に私は首を傾げた。何時もなら二人一緒に居るはずの日向くんの姿が見当たらない。不思議に思いながらも、もしかしたら別々なのかなと思い直して入り口の方へ目線を向ける。しかし全く来る気配等なくて、とうとう朝礼の時間になってしまった。

『(…具合、悪いのかな…。)』

相変わらず副担任の先生が代行して進んでいく朝礼を、私はぼんやりと聞きながらそんな心配をしていた。朝礼が終わったら、乃木くんの所に行ってみようと考えつつ日直の号令に従った。

『お、はよう…乃木くん…。』
「……。」
『えっと…、…今日、日向くんお休み、なんだね…。』
「……。」
『(ぅう、)…、具合、悪いの…? 大丈夫、かな…。』
「……、」
『(…ぁうあ〜…っ、やっぱり駄目だあぁ…っ。)』

内心泣きそうになりながら、私はどうしようか悩み出した。このまま会話を続けるにも、私が直ぐにこの空気に耐えられなくなるだろう。だからと言って、これだけで直ぐ切り上げるのも何だか駄目な気がする。何か話題を、と必死に考えながら私は乃木くんに話し掛けた。

『あの…、』
「「「ルカくーん!!」」」
『わっ…!』

話し掛けようとした途端、先に乃木くんに絡んで行ったのはクラスの女子達だった。正田さんを筆頭に、転入初日から色めき立っていた女子達が次々に話し掛けている。その様子に一瞬だけ驚くも、既に見慣れた光景として諦め私は乃木くん達から離れた。

「皆凄いよねー…。」
「花ちゃん、大丈夫だった?」
『アンナちゃん、乃々子ちゃん。うん、有難う。』
「恋する女の子は怖いねー。」
『心読みくん…あはは、ちょっとね。』

避難した先にいた皆の元から先程まで居た場所を見れば、あそこだけ塊が出来上がっていた。皆我先に乃木くんへと声を掛けている姿は、確かに若干鬼気迫るものを感じる。何時もより人数が多い気がするのは、もしかしたら日向くんがいないからだろうか。彼が居るときは、日向くんの威圧的なオーラに気圧されてか、もう少し控えめに集まっている。でも今日は日向くんよりは少し柔らかい雰囲気の乃木くんだけだから、ここぞとばかりに押し掛けているのだろう。そんな彼女達の様子に、私は苦笑を溢すと同時に尊敬の念を抱いた。

『よく平気で話し掛けられるなぁ…私は何時も、緊張するのに…。』
「まぁ、恋する女の子だから。」
『そういうものなの…?』
「私はちょっと分かるなぁ。」
「私も…。」
『えぇ?そうなの…?』
「花ちゃんはそういうのに疎そうだもんね、僕も分かんないけどさ。」
『ぅ…言い返せない…。』

自覚があるから反論出来ず、私は黙り込む。二人を見ればその頬は少し赤みを帯びていて、何処かぼんやりとしていた。どうやら二人は想い人を思い浮かべているようだ。そんな二人の姿は正に“恋する女の子”で、私はその姿に可愛いなぁと呑気な感想を思った。

「でもあれのせいで、日向くん達の機嫌悪くなるよねー。」
『あー…うん…、』
「ほぼ8割以上、あれのせいで何時も苛ついてる気がする。」
『え、そんなに…?』
「寧ろ花ちゃんの声掛けで苛ついてるのは少ないんじゃないかな、あれのおかげで。」
『そ、そうなんだ…。』

良かったようなそうでもないような事実を知り、私は複雑な心境になった。ぼんやりと頑張る彼女達を眺めていれば、乃木くんの表情がだんだんと悪くなっていくのに気付いた。最初は周りの声に眉を顰めているだけかと思ったが、どうやら本当に顔色がおかしいようだ。彼女達は話に夢中で、誰一人乃木くんの異変に気付いていない。心配になってきた私は近付こうと考えるも、少しだけあの中に踏み込む事を躊躇った。けれど意を決して進んだ私に、心を読んで意図を汲み取ったのか心読みくんは小さく頑張れと笑ってくれた。

『あ、あの…、』
「山川さん?悪いけど今は…。」
『の、乃木くんに、先生が用があるって、言われてて、あの、ごめんね。』
「あら、そうなの? …それじゃ、仕方ないわね。」
「じゃあまた、休み時間にね!ルカくん!」
『あの…、案内、するから…行こう?』
「……。」
『(…っ、ご、ごめんなさい…っ!)』
「! …、」

声を掛けても反応を見せなかった彼に、私は少々強引に腕を引いてみせた。幸いにも驚くだけで拒んでこなかった彼を連れて、私は急いで教室を後にした。暫く進んで教室の喧騒から大分遠ざかった辺りで、不意に腕を解かれた。それに驚いて振り返れば、眉を顰めて此方を見つめる乃木くんと目が合った。私はハッとなって慌てて彼に謝る。

『あ…! ご、ごめんなさいっ! あの…その…っ!』
「…先生って、誰?」
『えっ、』
「…誰が俺を呼んでるの?」
『ぁ…、ち、違うのっ!』
「…?」

まるで警戒するように放たれた言葉は、どことなく冷たく感じた。それに私は誤解を解くべく、直ぐに説明をし始めた。

『先生に呼ばれてるって話は、ホントはないのっ。』
「…は、」
『ホントは、その…の、乃木くんの顔色が、悪く見えたから…。』
「…!」
『皆、気付いてなかったみたいだから、助けなきゃって…あ、あの、具合、大丈夫…?』
「……別に、具合が悪い訳じゃない。」
『そっか…、…ぁ、か、勘違いしてごめんなさい! 嘘も吐いて、ホントごめんなさい…!』
「………。」

どうやら具合が悪い訳ではなかったようで、私はホッとした。けれど直ぐに余計な事をしたと青ざめて、慌てて彼に頭を下げた。暫く黙りと私の姿を見ていた彼は、ぼそりと不思議そうに問いかけてきた。

「…何で、」
『…?』
「…、何で、俺を連れ出す時あんな風に言ったんだ。」
『え、』
「保健室に連れてくでも良かっただろ。」
『ぁ…それは、あの…、』
「………。」
『そう言ったら、多分皆、心配して乃木くんに着いて行こうとするかなって…、それだと、乃木くん落ち着けないだろうから…。』
「……、」

あの時、何となく彼は一人になりたがっていたようにも見えた。あれだけ一気に話し掛けられれば、確かに多少気が滅入るかもしれない。顔色の悪さも相まって、私はわざとあんな嘘で乃木くんを連れ出した。再び黙り込んでしまった彼に私はどうしようと狼狽える。何時もの事ながら流れる沈黙に耐え切れなくて、私は乃木くんに話し掛けた。

『ぁ、えと、教室、戻る…?』
「……、……った、」
『ぇ、?』
「…助かった、…ホントは少し、気分が悪かったから…。」
『…!』

小さな声で何かを言っていた彼に首を傾げれば、今度ははっきりとそう言った。その言葉に驚いて、私は目を丸くしてしまう。そんな私の視線に居心地の悪さを感じたのか、彼は顔を背けていた。

『ぁ、えっ…ほ、保健室行く…? 大丈夫?』
「…もう落ち着いてる。」
『そ、そっか…良かった…。』
「……悪いけど、俺、今日は帰る…。」
『え、…うん、分かった…無理しない方がいいもんね…。先生には、私が伝えておくから…。』
「……じゃ、」
『あ、うん…ば、バイバイ。』

くるりと背を向け歩き出す彼に、私は小さく手を振った。少しずつ遠ざかって行く彼の姿は、やはり元気がなくて心配になる。そんな彼に私は、お節介と分かっていながらも声を掛けずにはいられなくて。

『…あの! お、お大事に! 乃木くんの事、待ってるから! あ、明日は日向くんと一緒に来られるといいね…! ま、また明日ね!』

勿論返事など期待してなかった私は、言い終えるやいなや直ぐに教室の方へ駆け出した。言っておいて何だか恥ずかしくなってきて、まるで逃げるように廊下を走る。その道中でそう言えば、今日初めて乃木くんと会話らしい会話をした事に気付いて、私は嬉しさから思わず口元が緩んでしまった。きっと今物凄く情けない顔をしているだろう私は、すぐさま表情を引き締めて教室の中へと入って行った。
そんな風に逃げ出した私を、乃木くんが一瞬立ち止まって振り返った事に私は全く気が付かなかった。



「……、………変な奴…。」



end.