第一話

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「――どうしたの?花ちゃん、緊張してるのかな?」
『…ぇっ?ぁ…はい……。』
「フフ、大丈夫。直ぐに皆と仲良くなれるよ。」

――それは私が八歳になった年の、ある春の日。
今日から私、山川 花はアリス学園と言う学校に転入をする事になった。「アリス学園」とは、“アリス”と言う“天賦の才能”を持った人達が集められた、特別な場所。そしてどうやら私も、その“アリス”と呼ばれる不思議な能力を持っていたようで、この数ヵ月での間に転入手続きが行われた。多少転入するまでに手間取りはしたが、恐らく私自身が転入を希望した事が一因して、予想よりも早く転入する事が可能になったのだろう。

『(…少しは、役に立てたかな…。)』

私が転入を希望した理由はごくシンプルで、多額の寄付金を受けると聞いたから。私は小さな孤児院で暮らしいて、その院の幼い子を助けた事が切っ掛けとなって、アリスが発覚した。最初は勿論凄く戸惑っていたけれど、寄付金の話を聞いて転入を決意する事にしたのだ。私が転入して寄付金を受ければ、孤児院の皆が少しでも裕福な暮らしを送れると思ったから。特別貧乏だった訳ではないけれど、やはりどこか質素な生活を送っていたし、私よりも幼い子供達にはあまり我慢させたくはなくて、私なりに考えた結果が転入する事だった。
本来の転入予定日を先伸ばす事になった要因は、言わずもがな、最後まで私が学園へ行くことを引き止めてくれた院長先生達や院の仲間達だ。懸命に引き止めてくれた皆には申し訳なかったけれど、少しでも孤児院の為に役に立ちたいから、我が儘を通した。お世話になった先生達に何か恩返しをしたくて、考えた結果がこんな形でしかないけれど、少しでも感謝の気持ちを伝えたかったから。
孤児院を去る今朝、院の皆全員で見送られて、院長先生にはきつく抱き締められて、ちょっとだけ、離れたくないなって、気持ちが揺らいでしまった。学園に入れば、もう“外”との接触は卒業まで殆ど皆無に等しい。だから、皆に再び会えるのは十数年先の遠い話だ。私は寂しくならないように、十数年分の温もりを充電するようにギュッと一度だけ抱き締め返して、感謝の気持ちを一杯口にした。いつの間にか溢れ出ていた涙を拭って、私は笑顔を浮かべると最後にもう一度大きな声で感謝の言葉を紡いだ。
そして、『行ってきます!』と告げれば、同じくらい大きな声で『いってらっしゃい!!』と皆から返ってきた。

それに笑顔を浮かべたのもまだ、たったの数時間前だ。私は皆の顔を思い浮かべながら、これから入る教室に緊張した胸を抑えつつ先生の声を待った。

「――花ちゃん、入っておいで!」
『(…!き、来た…!)』

担任である鳴海先生に名を呼ばれ、一際胸がドキリと高鳴った。ドキドキと高鳴る心臓のままゆっくりとドアを開け、私は鳴海先生の側まで歩く。そして隣にたった私を確認してから、鳴海先生は私の紹介を始めた。

「今日から皆の新しい仲間になる山川 花ちゃんです。彼女のアリスは“守護のアリス”っていって、とても珍しいアリスなんだよー。皆、仲良くねー。」
『ぁ、あの…っ、私、の名前は、山川 花って言います…! よっ、よろしく、お願いします…っ!』
「フフ、ちょっと緊張してるみだいだねー。それじゃ暫くの間、彼女のパートナーを選びたいと思いまーす!」

ざわざわと騒がしいクラスの中で始めた自己紹介を済ませると、鳴海先生は私のパートナーを選びはじめた。クラスの大半の視線が私に向いているのが恥ずかしくて、ちょっとだけ俯きがちに待っていれば、どうやら私のパートナーが決定したらしい。

「それじゃ心読みくん、花ちゃんのパートナーよろしくね!花ちゃん、彼の隣に座ってね!」
『は、はい…!』

促された先へ目を向ければ、そこにはニコニコと笑っている男の子が小さく此方に手を振っていた。私はその男の子の隣に腰掛けると、挨拶をする為に口を開いた。

『ぁ、あの…ぇっと、よ、よろ…、』
「うん、これからパートナー同士よろしくねー。」
『ぇっ…?』
「あれ、違った?そう読めたんだけどなー。」
『………ぁ、心、読んで…。』
「そうだよー。」
『……、』

言い終える前に先に男の子の方から挨拶が返って来て、私は目をパチリと瞬かせる。不思議に思っていれば、どうやら彼のアリスで私の心の中を読んだのだと知り納得した。
そう言えば此処に入る前に、アリスにも様々な能力があるのだと鳴海先生から教わっていたのを思い出す。そんな彼のアリスはきっと、相手の心を読む事の出来るアリスなのだろう。私以外のアリス持ちの人と接するのは初めてだから、まだ慣れなくてついびっくりしてしまう。アリスを使われた事に驚いて少しだけ呆けていた私を見て、何か勘違いをしたらしく彼はちょっとだけ眉を下げて謝ってきた。

「……ごめんねー、勝手に読んで。気持ち悪かった?」
『え?ううん…ただびっくりしちゃって…。』
「そっか、良かったー。」
『…、…ぁ、の…これからよろしくね。それと…さっきは、ありがとう…。』
「…? 何でありがとう?」
『ぇと、私、少し人見知りで、その…き、緊張、しやすくて、上手く話せないから…ちゃんと、伝わったのが、嬉しくて……だから、ぁの……ありがとう…。』

何度もつっかえながらも、自分の気持ちを伝えようと言葉を紡いでいる間、彼はちゃんと私の言葉に耳を傾けるように待ってくれていた。その事も嬉しく感じてもう一度、私はお礼を口にした。

「…心読まれてお礼言われたの初めてだなー、山川さんって変なのー。」
『ぅ……変、かな?』
「うん、変ー。」
『うぅ…っ』
「…でも嬉しかったよー。僕もありがとー。」
『! ぅ、うん…!』
「これからよろしくねー。」
『うん…っ、 よろしくね…!』

ニコリと笑いながら言われた事に嬉しくなって、私も小さく笑顔を浮かべた。優しそうな人とパートナーになれて安心していると、いつの間にかHRが終わっていたようで色んな人達に声を掛けられた。
眼鏡を掛けた優しそうな雰囲気の飛田くんや、サラサラの黒髪が綺麗な小笠原さん、女の子らしさが一際際立っている梅ノ宮さんに、真っ直ぐな目をした気の強そうな正田さん等、沢山の人と挨拶を交わした。中でも正田さんは、私が来るまで彼のパートナーをしていたらしく、色々と話しを聞かせてくれた。一度に沢山の人との会話に内心パニックになり、私はつい何度も言葉をもたつかせてしまう。でもその度にパートナーの彼に上手くフォローをされて、何とか皆と交流する事が出来た。初日からこんなに助けられて申し訳なくなっていてたが、彼はそれを読んで「大丈夫だよ」と笑ってくれるので、私は謝罪の代わりに「ありがとう」を沢山口にした。
この学園に入るまで上手く馴染めるか不安だったけれど、クラスの皆はいい人達ばかりで凄くホッとした。特にパートナーの彼の優しさに救われて、少しだけ学園生活が楽しみになれた。私はドキドキと嬉しさに高揚している気持ちのまま、皆に向けて小さく笑顔を浮かべて口を開いた。


『ぇと、これからよろしくね…!』



end.