第三話

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午後の授業を終えたある日、帰る支度していた私に心読みくんが思い出したように聞いてきた。

「あ、ねぇ山川さん。これからセントラルタウンに行くんだけど、一緒に行かない?」
『セントラルタウン…?』
「そう!多分まだ行った事ないでしょ?」
『うん、初めて聞いた…。』

キョトリと不思議そうにしている私に、心読みくんが簡単に説明をしてくれた。其処はアリス職人によるお店が集まった、言わば商店街のような場所らしい。そう言えば、と私は転入初日に渡されたお金を思い出した。
此処ではお金の単位はRtラビットと言うらしく、1Rt=10円と言う計算になるらしい。
そしてそのお金は毎月始めにお小遣いとして配られ、星階級別に金額が変わると教えられていた。因みに星階級には四つの段階があるようで、下からシングル(300Rt)、ダブル(500Rt)、トリプル(1000Rt)、スペシャル(3000Rt)と別れている。私はシングルなので300Rt渡されていたのだが、今までずっとその使い道に疑問を抱いていたのだ。お小遣いを渡されても、近くにお店らしきものはないしどうすればいいのか困っていたのだが、どうやらちゃんとお店は存在していたようだ。そんな話を聞いた私は、そのセントラルタウンに興味を抱いて少しだけ顔を輝かせた。

アリス職人のお店なんて、どんな感じなのだろうか。
きっと見た事もないような物で一杯なんだろうなぁ…!


「…って感じの事考えてるでしょ?」
『…ぇっ!? あ、心読んで…!』
「読まなくても顔に出てるよ?」
『ぁ……ぅ…。』
「目、キラキラさせて分かりやすいなー、山川さんは。」

あははと笑う心読みくんに少しだけ顔を赤くしてから、私は誤魔化すように早く行こうと先を促した。他にも飛田くん達を誘ってバスに乗り込み、私達はセントラルタウンへと出発した。



『(わ、ぁー…!)』

数分してから下車した場所には、とても素敵な街並みが広がっていた。ところ狭しと並んだ様々なお店は、どれも個性的で魅力的に見える。思わずキョロキョロと目移りしていると、また後ろから心読みくんにからかわれてしまった。それに恥ずかしくなって控えめに辺りを見渡せば、とある人だかりが目に止まった。人だかりと言うよりそれは行列だったようで、そのお店は他のお店よりも賑わいが凄かった。

「あぁ、あのお店?彼処はセントラルタウン一の名物人気お菓子、“ホワロン”のお店だよー。」
『“ホワロン”…?』
「えっとね、モチモチっとしてマシュマロみたいに軽くて、綿菓子みたいにフワッと溶けて、ミルキーな味で…えっと…、」
「とにかくすごーーーく美味しくて、幸せな気分になるよ。」

飛田くんの説明の後に心読みくんがそう言うと、私の手を引いてその列に並びだす。

「まぁ、聞くより食べるのが早いよ。買いに行こう!」
『う、うん…!』

列に並べば甘い香りが漂って来て、私達をふんわりと包み込む。それに益々ホワロンへと期待を膨らませつつ待っていれば、漸く順番が回ってきた。私は一番小さな箱を買うと、心読みくん達の元へ駆け寄った。近くのベンチに座り、買ったばかりのホワロンを早速口にしてみる。
すると、何とも表現しがたい不思議な食感と味に驚いて、思わず感嘆の溜め息をもらした。

「ね?美味しいでしょー。」
『うん…!すっごく美味しい…!』
「あはは、幸せそうな顔ー。」
『ぅ…だ、だって…美味しいから…。』
「うんうん、ホント美味しいよねー。時々凄く食べたくなるんだー。」

クスクス笑いつつも、心読みくんも幸せそうな笑顔でホワロンを食べている。何時も笑顔だけれど、何となくそんな風に思えるのは私だけだろうか。
ふと、心読みくんの手にある紙袋の中にホワロンが三箱程入っているのに気付いた。

『わ、一杯買ったんだね。』
「これ?これは家族にあげる用だよー、また送ってって頼まれたんだ。」
『ぇ…、家族に渡せるの…?』
「うん、出来るよ。」
「あっ、でも…。」

外にいる家族に届けられると聞いて、私ももう一度買おうかなと考えを巡らせていると、飛田くんが何処か言い辛そうに口を開いた。

「山川さんは多分まだ、無理だと思うな…。」
『えっ…?』
「此処は外との接触が厳重に警戒されているから、中々外部との連絡が出来なくて…転入したての頃は特に厳しくて、手紙も学園に管理されてるんだ。」
『…そ…なんだ…。』
「あ、でも!真面目にしてたり生活態度が良ければ、その分早く連絡も取れるから、きっと大丈夫だよ!」
『う、うん…!』

飛田くんの話を聞いて理解したものの、やはり残念な事には変わりない。余程落ち込んで見えたのか、飛田くんが慌てて励ましてくれるから私は大丈夫だと笑って見せた。それにホッとした様子を見て上手く笑えていた事に安堵していると、隣からじっとした視線を感じた。この場に居る人物の中でそんな風に見てくる人は一人だけで、私は気になってそちらに顔を向けた。やはりと言うかその視線は心読みくんで、彼は飛田くんが離れていったのを確認してから口を開いた。

「そんなに落ち込んでるのに無理して笑っちゃって、大丈夫?」
『…! やっぱり、分かっちゃった…?』
「そりゃあね、僕は誤魔化せないよー。」
『あはは…そっか……でも、大丈夫だよ。』
「山川さんは優しいね、飛田くんに心配掛けたくなかったんでしょ?」
『うん…ホントは、心読みくんもだけど…バレちゃった。』

えへへ、と小さく笑えば心読みくんは呆れたように溜め息を吐いていた。

「山川さんってさ、何て言うか、周りに気を遣いすぎるよね。」
『ぇ…そ、そう…かな?』
「そうだよー、さっきもそうだし、教室とかでも然り気無くだけど皆の様子を見て動く事が多いし、困ってる人なんかいたら大抵手伝ってるし…もしかして世話焼き?」
『…えっと…どうだろ…?』

確かに心読みくんの言う通り、私は周りに目を向けている事が多い自覚がある。恐らくそれは、育った環境の中で自然と身に付いていった事なのだろうと思う。

『私、孤児院育ちで…よく小さい子達の面倒を見てたから、多分、そうなったのかな…。』
「え、孤児院育ちなの?」
『うん…小さい頃、私、孤児院の前に置いてかれたらしくて…よく覚えてないんだけどね。』
「そうなんだ…。」
『…あっ、でも大丈夫だよっ? 院の皆は良い人達ばかりだし、沢山楽しい思い出も作ってくれて、寂しいなんて思った事なかったし…それに、両親の事全然覚えてないから、悲しいとか、考えた事なくて…。』

私の話に心読みくんが申し訳なさそうにし出した事に気付いて、慌てて何ともない事を伝えた。それが本心である事を感じ取ったのか、心読みくんは安心したような表情になる。

『えっと…ご、ごめんね…?こんな話しちゃって…。』
「ううん、話を聞けて嬉しかったから気にしないでー。」
『そ、そう…?』
「そっかー、だから周りばかりみちゃうんだね。」
『ぅ、うん…。』
「通りで、気になると思ったんだー。」
『うん…?』

気になる、とはどう言う意味か解りかねて、つい疑問符が浮かんだ。そんな私に心読みくんは納得したように頷くばかりで、益々頭に疑問符が沢山並んでいた。

『ぇと…? どういう…?』
「だって周りにばかり気を遣ってるって事は、自分には気が回ってないって事でしょー?」
『う、ん…? そう、かな…?』
「そうだよー、だからきっと我慢ばっかりで、気付かない内にストレスとか溜め込んじゃってるんじゃない?」
『え?そんな事は…。』
「自覚がないだけかもよ?」
『うぅ……そうかなぁ…?』
「だから何だか危なっかしいと言うか、ほっとけないなーって。」

そう思ったんだーと笑う心読みくんに、私はだんだんと嬉しさが込み上げてきた。心配してくれるのが申し訳なくて、でもそれ以上に胸が温かくなって私は小さく笑顔を浮かべた。
本当に、パートナーが優しい彼で良かったなと思っていれば、私の心を読んだのか、僕もーと返事が返ってきた。
それにまた、二人して笑っていれば心読みくんに不意にこう呼ばれた。

「あ、ねぇ、花ちゃんって呼んでも良い?」
『! う、うん!全然…!』
「あはは、必死すぎー!」
『ぅう…だって、嬉しくて……あの、これからもよろしくね…!』
「勿論だよー。」

よろしくね、と笑い合いながら私達はその日を名一杯楽しんだ。

少しだけ、心読みくんと距離が近付いたような気がして私は凄く嬉しくなった。


end.