第四話

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今日は休日の日曜日。
この学園に来て数週間が経った頃、私は北の森と言う場所へと足を運んでいた。まだこっちの方へは来た事がなかったので、ちょっとお散歩がてら散策しようと考えていのだ。でも確か、北の森は立ち入り禁止にされていると先生から聞かされていたので、私は中へは入らず入り口付近を歩いていた。

『(おっきな森……ぁ、リスがいる…!)』

かなりの広さがある森を見渡していれば、あちこちに動物の姿を見つけた。可愛らしいその姿に癒されていた私は、ふと目の端に何かが映り込んだのに気付いた。そちらに目を向けると、何やら茶色い固まりがその場に落ちている。気になって近付いてみると、その正体がテディベアである事が解り、更に何故かずぶ濡れの状態で放置されていた。

『ぬいぐるみ…落とし物かな…? でも何で濡れて…。』

私は落とし物らしき人形をそっと抱き上げ、軽く汚れを叩く。だが濡れているせいで汚れはこびりついているようで、完全には落とせなかった。

『誰かのイタズラかな…? 酷い事するな…可哀想だよ…。』

可愛い人形なのに、と軽く頭を一撫ですると、僅かにその人形が動いた気がした。思わず手を止め人形を見つめるも動く様子はなく、気のせいかなと思い直して私は寮へと足を向き直した。

『取り敢えず、綺麗にしなくちゃ…それから持ち主を探そうかな。待っててね、直ぐに綺麗にして貴方を持ち主の元へ返すからね。』

私は人形にそう語りかけると、小走りで寮に戻っていった。自室に入って直ぐに人形の汚れを落とすべく、洗面器にお湯を張り優しく洗い流す。ついでに専用の洗剤で全体の汚れも綺麗に落とすと、タオルでそっと水気を拭ってからドライヤーで乾かした。その時毛がごわつかないようにちゃんとブラッシングもして、所々解れていた部分も丁寧直しておいた。

『…うん! 綺麗になったよ!』

良かったね、と人形に笑いかけてからそっと机に座らせる。汚れていた時から可愛らしい人形だと思っていたけれど、綺麗になってから益々愛らしく感じる。ちょっとだけ目付きはキツイけど、それすらも愛嬌があって可愛らしい。ふふ、と小さく笑みを溢しながら私は人形を優しく撫でる。

『片付けが終わったら、早速貴方の主人を探してあげるね。』

ちょっと待っててね、と残してから私は直ぐに片付けに取り掛かった。最後に汚れたお湯の片付けを終えて部屋に戻ると、何故か部屋の中に風が通っている事に気付いた。不思議に思い窓を見れば、閉めてあった筈の窓が開いていて私は驚いて窓際へと駆け寄った。辺りを見渡してから特に何もない事を確認すると窓を閉めた。

『何で空いて……、…? あれ…?』

首を傾げつつ机へと目を向ければ、そこにある筈の人形がない事に気付いた。慌てて机の周りを探してみてもやは見当たらなくて、私は益々首を傾げる事となった。

『(何でなくなって……何処いっちゃったんだろ…。)』

うんうんと考え込めば、そういうば勝手に窓が空いていた事を思い出した。私は開けた覚えがないし、誰かが開けたとしても外側からは開けられない…かと言って、部屋の鍵も掛かっていたから誰かが入って来れる訳でもない。

『(……、…………まさか…、)』

人形が自力で動いて、窓から出ていったのだろうか。
そう言えば、北の森でのあの時、ちょっと動いたような気がしたんだっけ。

『……うーん、まさかね…。』

…でも、此処はアリス学園。
もしかしたら、そういうアリスもあるのかもしれない。

『…まぁ、いっか…。』

もし自ら動けるのなら、もう大丈夫なのだろう。ちょっとだけ寂しく感じたけれど、元気?になったのだから一安心だ。また会えるかなと考えながら、私は北の森がある方角を暫く窓から眺めていた。



「お、チビ!来たかー。」
『こ、こんにちは、先輩…!』

能力別授業の時間になり特力クラスへやってくると、既に他の先輩達が教室に集まっていた。今日は私のアリス特訓を始める日で、緊張した面持ちで先輩達に近付いた。それを見た原田先輩が「大丈夫か」と私の顔を覗き込む。私がそれに小さく頷き返せば、余程強張った顔をしていたのか苦笑しながら頭を撫でつけられた。

「そんな力まなくたって大丈夫だよ。あたし達も手伝ってやるから。」
「そーだぜおチビ、そんなんじゃ出せるもんも出せねーぜ。リラックスリラックス!」
『は、はい…。』
「それじゃあ、始めましょうか。」

安藤先輩にポンポンと背中叩かれ、私は落ち着く為に深い呼吸を繰り返した。それを見計らってから野田先生がアリス特訓の開始を告げた。

「山川さんのアリスはとても珍しいですから、これといった特訓例は殆どありません。ですが、名前からして“結界のアリス”に類似した能力のようですし、暫くはそちらの特訓内容で試してみたいと思います。」
『はい…!』
「先ずは、そうですね…自分の身を“アリス”を使って、守れるように特訓していきましょう。」

そう言うと、野田先生は柔らかなゴムボールを取り出しそれを私に見せる。最初はそのゴムボールを使い、私へ向かってくるボールをアリスで弾き飛ばす練習のようだ。
私は野田先生の合図でアリスを使い始める。と言っても、やはりまだどのような感覚でやれば良いのか解らず、ポコンと頭にボールが当たってしまった。

『あれ…?……うーん…と?』
「まだ、アリスの使い方を掴めていませんか?」
『は、はい…。』
「そうですねぇ……では、自分を守るイメージを思い浮かべて見て下さい。何でも跳ね返してしまうイメージです。」
『分かりました…。』

野田先生のアドバイス通り、私は手を祈るように組んでからそのイメージを膨らませて見た。
すると、だんだんと不思議な感覚に包まれているような錯覚になり、胸が高揚していくのが解った。コツン、と何かに当たったような音が聞こえ閉じていた目を開ければ、野田先生の足元にボールが転がっていくのが見えた。

「どうやら成功したようですね。」
『! …で、出来た…!』
「おー!やったじゃん花!良かったな!」
『はい…!』

えへへと照れたように小さく笑えば、原田先輩も笑顔で私の頭を撫でてくれた。野田先生もその様子を微笑ましそうに見てから、再び特訓を開始した。

「この練習で先ずはアリスコントロールを磨きましょう。能力が安定したら、また新たな特訓に移りましょうか。」
『はい!ぁの、よろしくお願いします…!』

ペコリと頭を下げそう言えば、野田先生も「こちらこそ」と優しげな笑顔で答えてくれた。その後も数回練習を重ねていく内に、ムラのあったアリスコントロールも少しずつ上達していくのが分かった。何回目かの練習をしていればあっという間に授業は終わってしまい、本日はこれで解散となった。
寮に戻った私は自室に入り、制服から私服へと着替えた。今日出された宿題でもやろうかなと鞄を開けてから、私はふと窓際が気になって立ち上がった。そっと窓の外を覗き見れば、やはり、と予想していたある物が目に入った。

『また置いてある…。』

そこにあるのは沢山の木の実と、一緒に添えてある小さな花束。
何だかとても可愛らしいこの贈り物は、実は数日前から続いていた。一体誰が置いて行くのか、何の為に贈ってくれているのか、残念ながら全く心当たりがない。
でもこのプレゼントは素直に嬉しくて、何時も心の中でお礼を言いながら有りがたく頂いていた。沢山の木の実はパウンドケーキ等のお菓子に使えるし、小さなお花も部屋を明るく変えてくれるのでとても有難い。

『本当、誰からなんだろう…?』

このプレゼントを貰ってから約一週間、きっとそれ以前の出来事に関係した人からなのだろうけど、生憎とお礼を頂く程の出来事など記憶にはない。忘れているだけなのかと、考え込むように唸っていれば、そう言えばとあの日の事を思い出した。

『くまの人形……あの人形を拾った次の日からだよね、確か…。』

この不思議なプレゼントが始まったのは、丁度あの日曜日の次の日だ。だとしたら、一番可能性があるのはあの人形からのお礼、と言う線が有力になる。

『…わざわざ、持って来てくれてるのかな…?』

まだ決まった訳ではないけれど、何となくあの人形からのプレゼントのように思えた。もしそうだとしたら、何だか凄く嬉しい。明日は日曜日だし、天気が良かったらまた行ってみようかな。
ふふ、と小さく笑みを溢しながら私は明日の予定を考え、休日が来るのを楽しみに待ち望んだ。



end.