第五話

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『(よし、今日は北の森に行ってみよう…!)』

見事に快晴な青空を見て、私は予定していた通り北の森へと向かう。気持ち少しだけ歩くペースを早めて入り口付近までやってくると、そこで私は一つの人影を見つけた。こんな場所に私以外で人を見つけたのは初めてで、少し離れた所で何となく足を止めた。

『(先客かな……どうしよう…。)』

元々立ち入り禁止の場所だし、あまり人と会うのはマズイ気がする。諦めて帰ろうかなと考えて何気なく見たその先で、あのくまの人形が人影の側に立っている事に気が付いた。その人形が一人でに動き出している光景を目の当たりにして、やはりとあの時の疑問が解消された。様子を見るに不具合もなさそうで、ちゃんと元気になっていたんだと安心する。
今日はそれだけでも知れたからいいかな、と踵を返そうとした時、後ろから引き止める声が掛かって来た。

「あっ、ねぇ君!ちょっと待って!!」
『…?……ぇと…?』
「君がベアの言っていた女の子だよね。」
『…ベア…?』
「うん、ほら。この子の事だよ。」

返しかけた足を戻し顔を向けると、その人は人形を抱えながら近付いて来た。どうやら男の人だったようで、キョトリとしていた私に人形を見せながら、優しそうな笑顔で話し始めた。

「この子から聞いたんだ、濡れて動けなかった所を助けてもらったって。本当にありがとう。」
『え、ぁ、いえ…! わ、私、そんな大した事してないですよ…。』
「フフ、そんな謙遜しないで。…僕はこの子の生みの親なんだけど、普段は病院にいるから側にいてあげる事が出来なくて…。だから、本当に感謝してるんだ。」
『えっ……そう、なんですか…?』

この人形の生みの親である事は勿論、普段から病院にいると言う話にも私は驚いていた。男の人は優しい表情のまま、腕に抱えている人形――確かベアと言う子の頭をそっと撫でている。

「体がちょっと弱くてね。今日みたいに体調の良い日じゃない限り、この子には中々会えなくて…。」
『……、』
「一人で寂しがってないかなって、心配してたんだ。でも、最近は何だか嬉しそうでね。聞いてみたら、君の話を教えてくれたんだ。」
『えっ…?』
「親切で優しい女の子に助けられたって。」

ね、ベア、と話し掛けている様子を、私はきょとんとしながら見つめた。話し掛けられたベアはフイッと顔を横に向けている。
それに男の人はクスリと可笑しそうに小さく笑うと、私へ顔を向けた。

「教えてくれた特徴と、この場所に来た様子から、もしかしてと思って声を掛けたんだ。会えて良かった。」
『え…! あ、ぇと…。』
「…あ、そうだ。まだ名前を言ってなかったよね。僕は中等部の園生 要って言うんだ。良かったら君の名前も教えて欲しいな。」
『ぁっ、わ、私は、山川 花って言います…! 初等部B組です…。』
「花ちゃんだね。可愛い名前だね、似合ってるよ。」
『へ…!? ぁ…ありがとう、ございます…っ。』

不意討ちの言葉に大きく反応してしまい、私は恥ずかしくなって顔を俯かせた。きっと耳まで赤いだろうなと思いながら、どうにかしてお世辞に耐えられるようにならないと、とちょっと真剣に考え始めた。

「今日はもしかして、ベアに会いに来てくれたの?」
『ぁ、は、はい…!』
「そっか、嬉しいな。この子の事、気に掛けてくれる人はあまりいなくてね。僕の親友達くらいしか此処には殆ど来ないんだ。」
『…え、何でですか…?』

此処が「立ち入り禁止」と言う事もあるのだろうけど、それでもこんなに可愛い人形が居るのに、何でそんなに少ないのだろうか。寧ろ人気がありそうなのに、と不思議に思っていれば園生先輩から意外な事実を聞かされた。

「この子の性格にあるんだけどね…。ベアは僕が一番最初にアリスを使って生まれた子でね、目の付け方を間違えて少しワイルドな性格になっちゃったんだ…。そのせいか、人を寄せ付けようとしなくてね。来る人来る人を追い返しているらしいんだ。」
『そ、そうなんですか…?』

確かに最初、目付きは鋭いなとは思っていたけど、まさかそれが性格に反映していたとは思ってもいなかった。見掛けによらず強かなんだな、とその容姿を見ながら私は思った。

「それに…、僕が何時も側に居てあげられなかったのもあってか、何でも一人でこなせてしまえるようになって…。気付いたら、ベアは誰かに頼る事をしなくなっちゃったんだ。」
『……一人、で…。』
「存分に甘えさせてあげられなかったから、僕はそれが心配で…。だから、この子から君の話を聞いた時は本当に驚いたんだ。」

ポンっと優しくベアの頭を撫でながら、園生先輩は嬉しそうな表情で私を見つめた。

「今までベアが、自分から僕達以外の人に興味を持った事が初めてで、それが凄く嬉しかった。」
『…園生先輩……。』
「…ねぇ花ちゃん、もし良かったらこれからもベアの事、気に掛けてあげてくれないかな?」
『…は、はい。私で良かったら…勿論…!』
「フフ、ありがとう。」

園生先輩がベアを本当に大切に想っているのが凄く伝わってきて、私はコクリと大きく頷いて見せた。先輩は抱えていたベアを降ろすと、私の方へと向き直す。それを見て私はしゃがみ込んで、ベアと同じ目線になった。

『ぇと…あの…、私、貴方と仲良くなりたい、です…。』
「……。」
『だから…その…沢山、貴方に会いに来ても、良いですか…?』
「……。(フイ)」
『ぇ、あ……。』

仲良くなりたいと気持ちを伝えてみたが、ベアは顔を背けて歩いて行ってしまった。
どうやらベアは、私と仲良くなるつもりはないらしい。
その事に少しショックを受けて落ち込んだ私は、園生先輩に謝った。

『す、すみません……ベアは私と、仲良くなりたくないみたいです…。』
「そんな事ないよ。ただベアは、戸惑ってるだけだと思うから。」
『…え、戸惑ってる…?』
「今まで僕達以外と接してきた事がないから、どうすればいいのかがきっと分かんないんだ。」

小屋の方へと行ってしまったベアを見つめて、園生先輩はそう口を開いた。それを聞いた私もベアへと視線を移し、薪割りを始めたその小さな姿を眺めた。

「ずっと一人だったから、変に不器用になっちゃって…。だから、気にせずにどんどん会いに来てあげて。分かりづらいだろうけど、ちゃんと喜んでるから。」
『ほ、本当ですか…?』
「うん。」

先輩の言う通り確かに分かりづらいけれど、それでも拒否されていないのだと分かって私は嬉しくなった。良かった、と安心してからふと、不器用と言う言葉である事を思い出した。

『あ、あの…先輩、』
「うん?何かな?」
『あの…最近、私の元に沢山の木の実と、お花が届くんです…。その…もしかして、それって…。』
「フフ、ベアからの贈り物だろうね。」
『や、やっぱり…!何時も、気付かない内に窓に置かれてるんです…!』
「もう、本当に不器用な子だなぁ…きっと、顔を見せるのが恥ずかしかったんだと思うよ。」

クスクスと笑いながら先輩はベアの事を話す。何処か不器用な送り主の姿を私も見つめながら、そんな先輩につられるように小さく笑った。

『…今日は、その事を聞きに行こうと思ってたんです…。』
「成る程、だから此処に来たんだね。」
『はい…、ぁ…わ、私、ベアにその事のお礼、まだ言ってない…!』

あの、ちょっと行ってきます…!と先輩に声を掛けてから、私はベアの元に駆け寄った。その後ろ姿を見つめながら、園生先輩が嬉しそうな笑顔で私達を見ていた事に全然気付く事はなかった。

「フフ…良かった…、ベアにお友達が出来たみたいで。…花ちゃん、ありがとう。」

ベアにお礼を告げている花が、再びあの子から顔を背けられている光景を微笑ましく見守りながら、要はそう呟いた。







(あ、あの…ベア。)
(………。)
(…木の実とお花、ありがとう…凄く、嬉しかったです…。)
(…………。(フイ))
((ぁあ…っ、……またそっぽ向かれちゃった…。))




end.

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早く棗と流架と絡みたい←