第六話

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学園に来てから早くも数ヶ月が経ち、大分此処での生活にも慣れ始めた。アリスの特訓も順調で、ようやっと自分以外の人もアリスで護れるようになってきていた。でもまだせいぜい一人が限界で、複数の人を守護するにはもう少し時間が掛かりそうだ。

「花ちゃん!僕達これからセントラルタウンに行くけど、一緒に行かない?」
『ぁ…ご、ごめんね…!今日は予定が入ってて…。』
「そっかー、じゃあしょうがないよね。また今度行こうねー。」
『う、うん…! それじゃあ、バイバイ…!』
「また明日ねー!」

授業が終わり席をたった私は心読みくん達の誘いを断ると、少しだけ駆け足で教室を後にした。そんな花を見送ってから、心読みくんは残念だなーと口から溢していた。

「お前等ホントよく一緒にいるよなー。」
「だってパートナーだもん。それに友達だし、あと何か花ちゃんの側にいると、調子が良いんだー。」
「あっ、それ私も!」
「私もそうかも…。」

フライングのアリスを持つキツネ目くん(本名不明)がからかうように言うと、心読みくんは素直にそう答えた。
すると他にも同じ事を思っていた人が複数いたようで、皆一様にうんうんと頷いていた。少し離れた場所で何となく話を聞いていた持ち上げくん(本名不明)も、同意するようにポツリと呟いた。

「…そういや、俺もそうだな。」
「え、花ちゃんと話した事あったっけ。」
「日直が一緒なんだ。そん時、大抵ナルから押し付けられた荷物を運ぶんだが、何かやたらとアリスの調子が良くなるんだよな…。」
「私も、理科の実験の時一緒だったんだけど、何時もよりアリスが使いやすかったよ。」
「私は家庭科の時だよー。」

次々と皆して話しながら不思議だよねーと言い合っていれば、後少しでバスが来てしまう時間になってしまい慌てて教室から出て行った。
その頃、一足先に教室を出ていた花は最早日常と化しているベアとの交流を楽しみにしていた。数ヶ月とめげずに会いに行き話し掛けていたお陰か、ベアは今では私の話に相槌を返してくれるようになっていた。それが凄く嬉しくて、ベアに会う予定の日は数日前からの楽しみになった。

『(あれ…、いない……。)』

はやる気持ちのまま足早でやって来たが、どうやらベアは今小屋を留守にしているらしい。早く来すぎたかなと残念に思いつつ、ならばと私は森の中へと少しだけ近付いた。
この数ヶ月でベアに会いに来ていた時、私はもう一つ嬉しい出来事に出会っていたのだ。此処に来る楽しみの半分は、実はこの事にもあったりする。

『…ぁ…いた…! こんにちは。』

森へと近付くと、カサリと茂みが揺れてそこから何かが姿を現した。その正体は数匹のリスとうさぎ達で、私の姿を見付けると此方へ近寄ってくる。それに笑みを溢しながら手を差し出せば、スルリと甘えるように擦り寄ってきた。
こんな風に森の動物達と仲良くなれたのは、ベアと中々お話が続かない事が切っ掛けだった。
最初は足を運んでも直ぐに帰る事になってしまい、余った時間が勿体なく感じていた私は、せっかくだからと森の動物達とも仲良くなろうと考えたのだ。勿論最初は警戒されていたけれど、ベア同様めげずに話し掛けている内にすっかり心を許してくれたようで、こうして触らせてくれるようになった。この子達以外にも沢山の動物達が時折顔を見せてくれるのだが、やはり一番懐かれているのはリスとうさぎ達だ。私が持参した餌を掌に乗せると、それに反応を示したうさぎ達が前足を私の膝に乗せ、早く早くと急かしてくる。その姿にクスクスと笑いながら、私はうさぎ達のご所望通りに餌を与えた。私の掌からモスモスと餌を頬張る姿は本当に可愛くて、ついつい表情が弛みっぱなしになってしまう。
暫くの間そうやって動物と戯れていたら、不意に後ろから誰かに声を掛けられた。

「あっれーチビ、お前何やってんだ、こんなとこで。」
『ぇ…、ぁ…安藤先輩…?』
「よっ、花!」
『原田先輩…!』
「あれ、翼達花ちゃんと知り合いだったの?」
『! 園生先輩も…!』

後ろを振り向けば特力の先輩達と、一月前振りに会う園生先輩の姿があった。園生先輩の足元には、留守にしていたベアも一緒にいる。恐らく園生先輩を迎えに行っていたのだろうけど、何故安藤先輩達も一緒に居るのだろうか。

「知り合いっつか、前に話しただろ?俺等んトコに後輩が入ったって。」
「寧ろ、あんた達が知り合いだった事に驚きだわ。」
「僕はほら、ベアが初等部の女の子と仲良くなったって話したでしょ。それが花ちゃんだよ。」
「「マジか。」」
『…ぇ、え…? ぇと…。』
「あのね花ちゃん、僕の親友達が翼達なんだよ。」
『…ぇえ…っ!?』

世間って狭いねー、なんて笑う園生先輩の言葉に私は驚いてぽかんと口を開いた。
あの話の親友が、まさか特力の先輩達だったとは思いもしなかった。
未だ呆けていた私はいつの間にか先輩達に連れられ、一緒にベアの小屋でお茶を飲む事になった。先輩達が楽しげに会話を繰り広げている様子を私がただただ眺めてると、いきなり口の中にクッキーが放り込まれた。びっくりして目を瞬かせれば、原田先輩が可笑しそうに私を見て笑っていた。

「おーい花、お前口開いてたぞ。」
『えっ…!ほ、ホントですか…っ。』
「おぉ、面白いくらいに呆けた顔してっぞ。」
『ぇ…!』
「もう二人共、あんまりからかっちゃ駄目だよ。」

あははと笑いながら私をからかう安藤先輩達を、園生先輩が優しくたしなめる。何だか柔らかいそんな雰囲気につられて、私も思わず笑みが溢れた。
話を聞けば、園生先輩は一週間程仮退院を頂けたらしく中等部寮にて療養するらしい。その間園生先輩と一緒に居られる時間が出来たお陰か、ベアも心なしか嬉しそうに見えた。そんなベアに良かったねと伝えれば、彼は小さく頷いていた。

「そういや要、お前またパペットの注文受けたらしいな!あんまアリス使うんじゃねーよ。」
「うーん、でも…。」
「でもじゃない!ったく…唯でさえ体弱い癖に、これ以上アリスで体に負担掛けんなよな。」
『……?…アリスで…?』

園生先輩が体が弱いのは知っていたけれど、アリスでと言うのはどういう意味なのだろうか。疑問に思って小さく呟くと、それを拾った原田先輩が答えてくれた。

「こいつさ、能力の形が“4のタイプ”なんだよ。」
『!!? ……ぇ…、』

“4のタイプ”と言えば、アリスに底がない代わりに、使う度にその人の寿命を縮めてしまうタイプだ。
その事実を私は今初めて知り、サァッと顔が青ざめていくのが分かった。
それは園生先輩の能力のタイプを知ったと言う理由ででもあるが、何よりも一番の理由は、それを知らずに私は何度も先輩のパペット作りのお手伝いをした事があるからだ。いくら知らなかったとは言え、止める事が出来なかった私は罪悪感を感じ、安藤先輩達に沢山謝った。

『す…すみません…っ、わ、私…知らなくて、何度も…っ!』
「あー…そんな落ち込むなって。誰もお前を責めてないよ。」
「そうだぞーチビ、黙ってたコイツが悪いんだからよ。」
「ごめんね、花ちゃん…。」

小さくなって落ち込む私を、原田先輩が宥めるように優しく頭を撫でてくれた。安藤先輩がジトリとした目線を園生先輩に送れば、園生先輩も眉を下げながら謝っていた。

「でも、花ちゃんと一緒の時は何だかアリスの調子が良いんだ。何時もより、体が軽くなるような気がするんだよ。」
「……まぁ、確かに、それは俺も思うんだけどよ。チビと一緒に居る時にアリスを使うと、不思議と楽なんだよな。」
「あたしもそうだなー。てか、クラスの奴等は大半そう思ってんぞ。」
『…ぇと…?』
「…まぁ、本人にはその自覚はないらしいんだけどなー。」
「なーんか…この感覚ってさ、殿がアリスを使ってる時と結構似てんだよな。」
「あー、言われてみれば…。」

ここ最近、何だか周りの人達に先輩達と同じような事を言われるのが多い。でも私は特に変化を感じる事はなく、強いて言えば此処での生活になれ少しだけ余裕が出来たくらいだ。あとは、アリス特訓の調子が良いお陰でヤル気が増した事くらいだろう。別段不思議な事もないから、余計にピンとこなかった。

「………、もしかして、お前も増幅のアリス持ってたりしてな。」
『えっ…、ぇえっ!?…まさか、そんな…。』
「いや、別に有り得ない話じゃないぜ。アリスを二つ持ってる奴もいるし、最大で三つ持ってる奴も居るからな。」
「まぁ、可能性としては大分有りなんじゃないか。」
『…ぇえ……私が…?』
「もしそうなら、きっとそろそろ学園側から動くんじゃないかな。そう感じている人が多いみたいだし、多分広まってる筈だから。」

そう話す先輩達を見つめながら、私はどうしても自分に二つ目のアリスがある可能性が信じられなかった。





けれどその数日後、私は学園側からのアリス試験を受け、見事第二のアリスが発覚する事となった。



end.