第七話

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「花ちゃん、ダブル昇進おめでとー!!」
『ぁ…ありがとう…!』
「凄いねー!まだ半年くらいなのに、もうダブルかー。」
「しかも、アリスが二つあるんだもん!」

先日言い渡された試験結果からどうやら私は第二のアリスを持っていたようで、能力の高さと成績を総合的に考慮した結果、ダブルへの昇進が判断された。
新たに発覚した第二のアリスは、“補助サポートのアリス”と言うものらしく、その能力は増幅のアリスに類似したものらしい。
最近皆に言われていた事は、私が無意識下にそのアリスを使って補助サポートをしていたからだったようだ。

「山川さん。」
『…あ、正田さん…。』
「貴女、星階級ダブルになったそうね。」
『う、うん…今日、昇進したの…。』
「凄いじゃない、まだ転入して数ヶ月しか経ってないのに。優秀なのね。」
『ぇ、そ、んな事はないよ…?』
「あら、謙遜する事ないじゃない。」
『だって…私、二つ目のアリスが見つかって、それが珍しかっただけで…。』

昇進した私に優秀だと言ってくれた彼女に、私は首を横に振った。
すると正田さんは呆れたような溜め息を吐いて、腕を組みながら私にこう言った。

「…あのねぇ、確かにそれもあるかもしれないけれど、それだけじゃ昇進なんてしないわよ?貴女のアリスに対する姿勢や生活態度から判断されての昇進なの。充分優秀じゃない。」
『…そ、かな?…でも、私は正田さんの方が、凄いなって思う…。』
「私?」
『うん…だって、正田さんはずっと真面目に授業に取り組んで、コツコツと努力してダブルになれたんでしょ…?私だったらきっと、本当はもっと時間が掛かっただろうし…。やっぱり、私はアリスが二つ見つかったのが一番の要因だと思うから。だから、正田さんのその姿勢は凄いなって、私憧れてるんだ。』

私に第二のアリスがなければ、きっと昇進なんて大分先の話だった筈だ。それこそ、正田さんのように日頃からの努力を重ね、揺るぎない向上心がない限り初等部での昇進は難しい。そんな中でダブルの称号を得た彼女のその姿勢に、私は関心を向けずにはいられなかった。純粋に思った事をそう伝えれば、正田さんは少しだけたじろぎ私から目を逸らした。

「憧れて…、そ、そんな大したことしてないわよ。」
『でも、いつも真っ直ぐな姿、私好きだよ…?』
「そ、そう……ま、まぁお互いにこれからトリプル目指して頑張りましょうね。」
『うん…頑張ろうね…!』

照れたように顔を逸らした正田さんに私も頷き返すと、彼女は自身の席へと戻っていった。そんな私達の様子を見ていた心読みくんが、「もしかして、天然…?」と呟き首を傾げていたのを私は知らなかった。

「はーい皆ー!席に着いてー!HRを始めるよー!」

その後直ぐに鳴海先生がやって来て、朝のHRが始まった。いつも通りの諸連絡が聞かされるかと思っていたが、どうやら今日は違うらしい。
何でも、転入生が二人もこの教室にやってくるそうだ。
その話にクラス中がざわつく中で、鳴海先生は廊下に待機していた転入生達を中に招き入れた。

「棗くん!流架くん!入っておいで!」
「……え、ちょっとやだ…。」
「二人共かっこよくない…?」

転入生が入って来た途端、周りの女子達が色めき始めた。確かに、転入生のどちらも整った顔立ちをしており、美形と言う言葉が似合っていた。
一人は黒髪に燃えるような紅い瞳をした、少しだけ目付きの鋭い男の子で、名前は日向 棗くん。
もう一人は彼とは対称的で、金髪に綺麗な青空色の瞳を持つ男の子で、名前は乃木 流架くん。
二人共かっこいいとは思うけれど、まだ恋愛に疎い私にとっては皆のテンションについていけなかった。それに、何だか近寄り難い雰囲気が醸しだされていて、ちょっとだけ声を出すのが悟られた。でもそれすらも、女子達はクールでかっこいいとはしゃいでいて、その雰囲気をものともしていなかった。

『……み、皆、凄いな…。』
「花ちゃんはあぁ思わないの?」
『…ん……かっこいいとは思うけど……何か、近寄り難い感じがして……、それに、皆みたいにまだ恋とか、よく分かんないし…。』
「そっかー。」

隣に居る心読みくんに話しかけて、小さな声で会話をする。女子達に騒がれている転入生達は、この状況に依然として興味無さそうに目線を逸らしていた。寧ろ心なしか、その眉間には皺が寄っている気もする。

「さぁて、それじゃあ二人のパートナーを決めようか!」
「せ、先生…!わ、私やります…!」
「ずるいっ!!先生、私が!」
「あたしも!!」
「うーん…困ったね。こんなに立候補がいるとは、」
「…いらねぇ。」
「え?」

「パートナーなんざ、俺達には必要ねぇ。」

パートナーを決めると鳴海先生が話した途端、女子達はここぞとばかりに立候補を始めた。皆のその勢いと言うか熱意と言うか、その凄さに呆気に取られて私はつい『わぁ…』と間抜けな声を上げてしまった。鳴海先生も女子達の勢いに驚いてどうするべきかと迷っていたが、日向くんの言葉により教室中が静まり返った。突き放すような物言いに流石の女子達も大人しくなり、渋々と上げていた手を下ろしていた。
何処と無く居心地の悪い雰囲気の中、鳴海先生は普段と変わらない口調で話し出した。

「んー、でも実はもうパートナーにする子は決まってるんだよね!」
「いらねぇ。」
「まぁそう言わずに!君達のパートナーは同じ子にやって貰おうと思うんだ。」

ニコニコと笑顔を浮かべたまま鳴海先生がそう言うと、教室内を見渡すように目を向けた。それに女子達は自分であって欲しいと祈り、期待しながら発表を待っている。
私がその様子をぼんやりと何処か他人事のように眺めていると、何故か隣に座る心読みくんに肩を叩かれた。それに不思議に思って彼を見ると、心読みくんは「あれ」とでも言うように前を指差していた。その先へ目線を移せば、バチリと鳴海先生と目が合って、そしてニッコリと微笑み掛けられた。その事に目を瞬かせていれば、鳴海先生はその口から予想外の人物の名を紡ぎ出した。

「彼らのパートナーは…山川 花ちゃん。彼女にやって貰います!」

『………ぇ、?』

唐突に上げられた名前が自分のものだと理解するのに、数秒掛かってしまった。思わず上げた小さな声に反応したのか、それとも偶然なのかは分からないが、今まで交わる事のなかった紅と蒼の瞳と視線が重なった。その事にも私は驚いて目を丸くするが、直ぐに興味無さげに視線は外れてしまった。
時間にしては僅か数秒なのに、まるで吸い込まれるかのようにその対の瞳に惹かれ、私は目を逸らす事が出来なかった。
心読みくんに名を呼ばれ我に返ると、私は一気に不安に押し寄せられ眉尻が下がっていく。

『ぇ、あ、…わ、私…?』
「そうだよ。」
『ぇ、えっ…で、でも、まだ私…半年、しか…っ。』
「すっごい混乱してる。」
『あぅ…っ、ど、しよ…っ!?』

寄りにもよってまだ半年しかいない私だとは微塵にも思っていなかったので、軽く脳内がパニックになっている。それに気のせいかな、クラス中の視線(特に女子)が私を見ているせいもあって動揺を隠せない。
オロオロと内心少し泣きそうになっていると、心読みくんが大丈夫だよと慰めてくれた。

『ぅぅ…でも、それじゃ、もう心読みくんとは……。』
「うん、もうパートナー終わっちゃったね。」
『………、』
「うん。僕も残念だよ、もちょっと一緒だったら良かったね。」

でも、と心読みくんはそう言うと私の手を握ってニコっと笑う。

「“パートナー”じゃなくても“友達”だから、寂しくないよ。」
『!……うんっ…私も、だよ。』
「何時でも助けてあげるから、そんなに心配しないで。」
『…ん……ありがとう。』

心読みくんの言葉が嬉しくて、私は弱々しくへにゃっと笑った。それに変な顔ーとからかいながらも、心読みくんも嬉しそうに笑っていた。
正直、まだまだ不安は残るけど、心読みくんのお陰でちょっとだけ勇気が出てきた気がする。

休み時間になったら、頑張って声掛けにいこう、と私は一人決意するように心の中で呟いた。



end.