第一話

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「──もう、この国は危険だ。外国へ逃げよう。」
「でも、貴方…下手に動いては危険じゃ…。」
「このまま隠れていても同じだ。いずれ見つかってしまうだろう…。だったら少しでも可能性がある方を選ぼう。あの子の為にも、生きるんだ。」
「…そうね。あの子にはもっと、伸び伸びと生きてほしいもの。分かったわ。」

『…? おとうさん…おかあさん…?』

「! あやめ…。」

とある小さな島国の山奥に、ひっそりと隠れる様に暮らす一つの家族。夫婦である男女が夜遅くに今後の事を話し合っていると、襖の奥から眠たげな瞳を擦りながら小さな少女が入ってきた。そんな少女、夫婦からすれば娘である女の子に母親は微笑みながら近寄った。

「どうしたの?」
『まだねないの…?』
「もう寝るわよ。さぁ、先に行ってなさい。」
『…んー。』
「あらあら…今日は甘えたさんね。」

いやいやと緩く首を振り母親に抱き着きながら、少女─あやめは眠ってしまう。そんな娘に夫婦は愛おしそうな優しい笑みを溢していた。



『…? ねぇ、どこにいくの?』
「ここからずっと遠いところよ。」
『とおいところ?なんで?』

夜が明けると夫婦は娘を連れて山を下った。生まれてから一度も庭以外の『外』に出た事が無いあやめは、初めての『外』の世界に興味津々だった。手を引かれるまま、これから何処に行くのか気になったあやめは、両親に問いかけた。

「もう此処は危ないんだ。安全な場所へ行かないといけないんだよ。」
『あぶないの?』
「そうよ。あやめ、お外で一杯遊びたいんでしょう?だからね、お外に出ても大丈夫な所に今度は住むのよ。」
『ほんとう!?おそとであそべるの!?』
「ええ、一杯遊べるわよ。」
『やった!うれしい!』
「新しいお家まで遠いが、頑張れるか?」
『うん!がんばる!』

遠い所と聞いても余りピンと来なかったが、今度のお家はお外で一杯遊べるらしい。それを聞いたあやめは嬉しくて大きく頷いた。
暫く歩けば、前方にとても大きな青い池が広がっていた。母親に聞けばあれが海であると教えてくれた。今日は沢山の初めてに出会うあやめは、常に瞳をキラキラとさせている。そんな娘に微笑みつつも、夫婦は周囲に気を張っていた。今のところ遭遇せずに済んでいるが、いつ“アレ”が現れるかも解らない。

『これにのるの?』
「そうだ。この船で他の国へ渡るんだ。」
「さ、あやめおいで。」
『わっ、ゆらゆらする…!』

初めて乗る船の感覚に驚きはしたものの、直ぐに興味は別のモノへ移った。水面下に小さな魚の影が見えて覗きこめば、両親に危ないと叱られてしまった。仕方なく大人しく母親の隣にすわり、動き出した景色に目を向けた。ゆっくりと進んで行く景色に感動しつつ、あやめはこれからの事に思い馳せた。
新しいお家に着いたら、まずはお家の中を探検して、それからお外も探検しなきゃ。それで見つけたモノを両親に一杯話して、一緒に笑うの。きっと凄く楽しいだろうな。
そんな想像を思い浮かべてクスクスしていれば、母親に不思議そうに聞かれてあやめが考えていた事を笑顔で伝えようとした、その時。


「人間みィつけタ!」


頭上から不思議な声が掛かった。
人にしては声音が可笑しい、まるで機械じみたその音に顔を上げれば、これまた不思議で、恐ろしい形をした物体が浮いていた。人の形にも似た物体が突如現れて、しかも浮いていて驚きを隠せないあやめは、恐ろしさから母親にしがみつく。母親もそんな娘を守るように抱き締め、顔を青ざめさせていた。父親も顔面蒼白になりながらも、急いで船を恐ろしい物体から遠ざけようと動き出した。

「くそ…っ、しっかり捕まってろ!スピードを上げ…ッ!!!」
「あ、貴方…!」

父親がそう言い切る前に、父親は恐ろしい物体に撃ち抜かれた。すると撃たれた箇所から星のような模様が全身に広がったかと思うと、パアンと乾いた破裂音と共に灰へと変わった。

───え、…なに、これ……

目の前で灰へと変わってしまった父親の姿に、まだ幼い少女にとっては理解が出来なかった。ただ漠然と目の前から父親が消えてしまったと言う事しか、少女には判らなかった。

おとうさんは、どこにいったの?

目の前に居た筈なのに、一瞬でなくなってしまった。呆然としていたあやめは、不意に体が浮かんだ事で我に返った。正確には母親に海へ投げ出されるように放り込まれたのだ。驚いて母親を見れば、泣きそうな顔で何かをこちらに叫んでいた。

「あやめ!貴女だけでも、どうか…!!! 生きて…!!!」
『ゴホッ…!! っ、おか…っ、さ…!!!』

母親が必死にそう叫ぶ。それにあやめは疑問に思って叫ぼうとした。
生きるってなに?おかあさんは?何でおかあさんも一緒じゃないの。おとうさんは、おとうさんはどこ行ったの?
叫ぼうとして、波間から見えた母親の姿に少女は言葉を失った。だって、母親の体中には、父親と同じ模様が広がりつつあったから。

──やだ、いやだ、おかあさんまできえちゃうの?

瞬時にそれを悟ったあやめは、縋るように母親へ手を伸ばす。しかし波に攫われその距離は遠のいて行くばかり。必死に手を伸ばすそんな娘の姿に、母親は泣きながら酷く優しい顔で何を呟いた。

「きっとそのお守りがあやめを助けてくれるわ、無くしちゃ駄目よ?──あやめ、大好き。愛してるわ…!」

我が子の無事を願う母親の声は波音によって掻き消され、少女に届く事はなかった。ただ母親が、父親同様灰へと変わってしまった光景だけしか、あやめには届いていなかった。

『…っ、おかっぁさ、…!! お、ゴホッ!! お、と…さっ…!!!』

あやめは消えてしまった二人を探すように回りを見渡すが、背後から迫り来る大波に呑み込まれそれは叶わなかった。まだ幼い少女には抗う術はなくて、そのまま意識も失ってしまい、そこで少女の記憶は途絶えてしまった。




end.