(1/1)






「 香織ちゃん 」

「 香織 」

「 藤崎 」

「 香織さん 」

「 香織姉 」

「 香織ちゃん 」

「 …藤崎 」









「──香織お姉ちゃん!!」

すぐ近くで自身の名を大声で呼ばれて、ウチは微睡みから目を覚ます。パチリと開いた目に入って来たのは、此方を拗ねたように睨むナミちゃんの顔だった。数秒の間を置いて自身の状況を把握し、ウチは彼女の機嫌を損ねさせた理由を理解した。
そうだ、今日は午後からナミちゃん達と遊ぶ約束をしていたんだったっけ。
壁に取り付けられている時計を見れば、約束の時間から30分以上も経過していた。一向に迎えに来ないウチに痺れを切らし、彼女は自ら会いに来たのだろう。これは悪い事をしたと謝罪するが、中々彼女の機嫌は直らないようだ。完全に自分の過失によるものだから、ウチはただ苦笑するしかなかった。さてどうしたものか、と思案していれば不意に小さく袖口を引っ張られる。

「………、」
『ん?どした?』
「…心配、した。」
『え、』
「また、いなくなっちゃったのかなって…。」
『!』

ポツリと溢したその言葉を聞いて、ウチはとある出来事を思い出した。




ウチはあれからこの村で仕事を見つけて、宿屋の一室を借りて生活を送っていた。
あの後、暫くこの村に滞在する旨をゲンさん達に告げた時、本当に有難い事に宿屋の一室を格安で利用させて頂けるになったのだ。仕事の方も思いのほか早く見つける事が出来て、取りあえずの生活費は何とか稼げていた。
その仕事と言うのが運搬業務で、手紙から食品、家具といった様々な物を島中に配達している。時には近隣の島にも配達する事があり、その時は島から出ている唯一の定期船に乗って届けていた。
そしてその仕事を初めて任された時、ウチはナミちゃん達には特に何も伝えずに島を離れた。予定では翌日には戻れる事になっていたし、わざわざ伝える事も無いだろうとその時は軽く考えていた。
だが当日天候は崩れ、最悪な事に台風のような大嵐になってしまい、予定よりも3日程遅れて戻る羽目になった。漸く島に戻り仕事先に顔を出せば、そこには妙な人集りが出来ていた。そしてその中の一人がウチに気付いて大声で名を叫ぶと、全員が何故か一斉に此方を振り返ったのだ。それに驚いて思わず半歩下がれば、その輪の中から小さな人影が此方に飛び出して来て、勢いそのままにきつく抱き着かれた。下を見ればそれはナミちゃんとノジコちゃん達で、二人は泣きそうな表情をしながらウチを見上げてくるので、それに驚き目を丸くする。ナミちゃんに至ってはもうその瞳から涙を溢していて、ウチがそれに戸惑っていれば見かねた村人がこの状況を説明してくれた。
どうやら帰還予定日を過ぎても何の音沙汰もないウチに対し、子供達はそのままウチが島から出ていってしまったんじゃないか、と不安に駆られていたらしい。それを聞いてついポカンと呆けた顔を浮かべていたら、ポソリととても小さな声が下から聞こえてきた。

「……よかっだ…っ、」
『!』
「もう…会えないがと思っだ…!!」

グスグスと鼻を啜りながらそう言った彼女達に、ウチはびっくりしていた。
彼女達に懐かれているのは何となく感じてはいたが、まさかここまで慕われているとは思ってもいなかった。まだそんなに想われる程の交流も時間も過ごしていない筈だ。なのに何で、と思いつつもこんなに好かれている事に嬉しくもあって、ウチはフッと笑ってしゃがみ込む。ぐしゃぐしゃに濡れたその顔を優しく拭いながら、二人の顔に浮かぶ不安げな色を取り除くべく言葉を紡いだ。

『大丈夫だよ。ウチはまだこの島から出る予定はないし、出ていくにしても皆に黙って急に居なくなったりはしないよ。』
「…ホント?」
『ホント。』
「…ぜったい?」
『絶対。』

不安げな瞳で確認してくる二人にウチは優しく笑い返す。そうすると徐々に笑顔に変わっていくその表情に、ウチはホッと息を吐いた。
その後、他の村人達からも心配されていた事を知ってウチは謝罪と感謝の言葉を告げて回った。その時知った事なんだが、どうやらこの世界にも電話機は存在していたらしい。ただ、その姿はウチの知る電話機から遠くかけ離れていて、何と生きたカタツムリ─電伝虫と言うらしい─を模していた。
割とその事の方が印象に残っている出来事だった。



そんな事が以前あったから、きっとまたこの子は不安に駆られてしまったんだろう。その証拠に、彼女は先程からずっとウチの手を離さないでいる。ナミちゃんのその様子を見て、ウチは罪悪感に駆られてキュッとその小さな体を抱き締めた。

『ごめんな。また不安にさせちゃったな。』
「……、」
『大丈夫。ウチはちゃんと此処に居るから。だから、大丈夫だよ。』
「…うん。」

ぽんぽんとあやすように背中を叩きながら優しく言えば、ナミちゃんは安心したように微笑んだ。

『…よし!じゃ、行くか。』
「うん!あのね、今日はね!」

その表情を確認してから立ち上がれば、ナミちゃんは彼女らしいニカッとした明るい笑顔に変えてウチの腕を引っ張った。子供らしい早い切り替えに笑いながら、ウチは引かれるままに歩き出した。






──それにしても、何て夢を視たんだろうな。

アイツ等に、呼ばれる夢なんて…。



「 おーい、藤崎! 」

「 香織! 」

「 香織ちゃーん! 」

「 香織さん! 」

「 ねぇねぇ香織姉ー! 」

「 ちゃおっす、香織 」

「 あ、香織ちゃん! 」

「 何してんだよ、さっさと行くぞ、藤崎 」






今でも鮮明に思い出せるその姿に、声に、何故か酷く懐かしさを覚えた。
まだそんな昔の話ではないのに、無性にアイツ等に、────。

『(……いや、止めよう。)』

今そう想った所で、叶いはしないのだ。
感傷に浸るのが悪いとは思わないが、浸った分だけこの現状がただ辛く感じるだけだ。

『(…この後、ゲンさんの所に行ってみるか。)』

彼の家には、本が沢山置いてある。
また、何冊か借りてこの世界の知識を少しでも多く学んでいこう。そうすれば、“帰る”手掛かりが見つけられるかもしれない。
今の時点で把握出来ているのは、前に聞いたこの“時代”と、海の“分類”、そして“種族”と“悪魔の実”の存在。この“種族”や“悪魔の実”を初めて知った時は、本当に此処が異世界であるのだと理解した。それまでまだ半信半疑の状態だったから、微かな希望が呆気なく消えてしまって正直落ち込んだ。
だが尚更、この海を渡り歩く為には航海術やこの世界の常識を習得しなくてはいけなくて、時間の合間を上手く勉強に当てはめた。そして時々、息抜きも兼ねてナミちゃん達村の子供達と遊んでいる。
最近子供達が気に入っている遊びが、ウチのVGボンゴレギアである双子の兎と狼達と戯れる事のようだ。この子達も子供達と遊ぶ事が満更でもなさそうで、よく世話を焼きつつ大人しくされるがままでいる。きゃっきゃっと動物と戯れる子供達の姿は、見ていて癒やされるものがある。
自然と頬を緩めながらその様子を眺めていると、不意に動物達が何かに反応を示した。動物達の様子からその何かに勘づいたウチは、すぐに子供達を物陰に誘導する。

『皆、悪いけど此処で大人しくしててな?すぐ済ませるから。』
「…“誰か”来たの?」
『そ。でも大丈夫だからな。』
「分かった!」
「…香織お姉ちゃん、気をつけてね。」
『おう。』

ウチの様子を察した子供達は、素直に物陰に隠れる。心配そうにウチを見る子供達に小さく笑って、ナミちゃんの頭をひと撫でしてから走り出した。周囲の村人達にも避難するよう声を掛け回りながら、ウチは戦闘態勢を整える。
それと同時に、海岸方面から野太い声が響き渡った。
いつの日かと既視感を覚えるそれは、海賊の襲来を告げていた。どうやら今回は少数の海賊団だったようで、予想よりも早く片がつきそうだ。ウチは現れた海賊共を確認すると、さっさと片付けるべく地を蹴った。

実はこの島で生活してからと言うものの、割と海賊の襲撃が多い事を知った。
そこまで頻度が高いわけではないのだが、それでもウチの知る限りではこの数ヶ月で4回目の遭遇である。今まではゲンさんを始めそれなりに戦える男性達が村を守っていたらしいが、よく差ほど大きな被害を受けずに済んだなと感心したものだ。一般人よりも明らかに戦闘経験のあるウチが、毎度何とかやり過ごせている程の武力が海賊達にはあるのだから相当な事だ。
だが今はウチがいるのだから、なるべく力にはなりたいと思ってる。
この村に世話になっている以上、守る事は当然であろう。初めてあの時海賊に遭遇して以来、ウチは村の用心棒を務める事になった。過信しているつもりはないが、このくらいの海賊相手なら何とかなる。出来ればなるべくウチだけで片をつけ皆を危険に晒したくはないが、もしもの時はゲンさん達も加勢してくれる事にはなっている。だから皆の手を煩わせる事がないように、ウチは毎度手を抜かずに確実に海賊共を伸していった。
十数分程で片付ける終えると、安全を確認してから皆が集まってくる。子供達もウチに駆け寄って来て、毎回キラキラとした眼差しで見上げてははしゃいでいた。その純粋さに毎度気恥ずかしくなりつつも、嬉しくもあるのでとてもむず痒い。村人達からも何度も感謝され、いつしかウチは大分この村に溶け込めているようになった。

『(……いい人達だよなぁ。)』

突然やってきた自称旅人の人間が村に長く居座っていると言うのに、邪険にするどころか温かく受け入れてくれている。仕事だって、何時居なくなるかも分からないウチをすぐに雇い入れてくれたし、宿も安く提供してくれた。いくら海賊から守っているとは言え、かなりの優遇をされている自覚はある。

『(…これは、恩を返しきれないよなぁ…。)』

きっとそう言えば、皆に気にするなと笑って返されそうだ。それくらいには付き合いもある方だし、何というか、それがこの島の人達の特徴でもあるのだろう。最初此処へ来た時に感じた村人の穏やかさは、きっとこの島の豊かな環境からくるものなのかもしれない。

『(……絶対、守っていかないとな。)』

ウチが島を出る準備が整うまでの間だけでも、皆のこの優しく明るい笑顔を守っていきたい。そう思えるくらいには、ウチも皆に情が移っているようだ。
でも、遅かれ早かれ絶対にいつか此処を出る事には違いない。
あまり感情移入しないように気をつけながら、関わっていかないとな。

「香織お姉ちゃん、早く遊ぼう!」
「早く早く!」
『おぅ、分かった分かった。そんな慌てんなよ、こけっぞ。』
「ぎゃっ!!」
『っと、ほれ言わんこっちゃねぇ。』

子供達に急かされ再び遊び始めながら、ウチはそうぼんやり思い直した。








「 香織ちゃん! 」








『──…、』

ふと、脳裏にこびりついたその声が聞こえた気がして、ウチは大空を仰ぎ見た。

まるで全て包み込むような寛大なその大空に、ウチは何故だか泣きそうになってしまった。


end.

−−−−−−−−
話が進まん。
多分次くらいに奴が来る…!?
終われ.