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この世界に来てから早いもので、もう半年以上の時が過ぎた。その間沢山の知識を得て、あと少しでこの島を経つ準備が整う。航海術も何度か実践してきたから、よほどの事が無い限り大丈夫だろう。あとはもう少しお金を貯めていけば問題ない。近い内にゲンさんに話をしておかないとな。どうせなら、この後伺ってみるか。
ウチは今、配達で島の中心部にある村にやって来ている。丁度今日のノルマも終えた所で、のんびりと歩きながら村の中を歩いていた。その時たまたま視界の端に映った果物に目が止まり、何となく足を止めた。

『(お、あれ美味しそうだなぁ。)』
「いらっしゃい!嬢ちゃん、お一つどうだい?甘くて美味いぞ〜!」
『んー…。』

果物の香りに誘われて覗いていけば、店のおじさんに勧められる。試食として出されていたその果物を口に含むと、仄かな甘みと果汁が広がってとても美味しかった。
少し考える素振りを見せてから、ウチはその果物を4つ買い上げた。

『(帰ったら、ゲンさんに渡そうかな。それと、ナミちゃん達にも食べさせてやろう。)』

彼女達の家庭事情は、この半年で聞いていた。事情が事情なだけに普段からあまり贅沢は出来ないようだから、こうしてたまにウチが仕事先で果物を買ってお土産にしているのだ。
それと勿論、ベルメールさんの分も忘れずに渡している。毎度そんなウチに遠慮を示す彼女だが、家族皆で楽しく食べてもらいたいから、とウチが勝手に押しつけている。
そう言えばベルメールさんも嬉しそうに笑ってくれるし、ナミちゃん達も笑顔になってくれるのだ。
あの三人が笑いあっている姿をみると、何だかとても温かい気持ちになる。
血の繋がりなんて忘れる程、誰よりも家族らしい彼女達には笑顔が似合っていた。

『(…また、喜んでくれっかな。)』

彼女達の笑う顔を思い浮かべながら、ウチは口元に弧を描いて歩み進めた。程なくして直に村に着きそうになった頃、何だか騒がしい声が耳に届いた。普段から活気のある村とは言え、ここまで響く程の騒がしさではない。
不思議に思って足を早めていけば、それが単なる騒ぎではない事が理解できた。雄叫びのような怒声や唸り声、金属同士がぶつかり合う音と、一際響いた銃声音。海賊の襲撃を受けているのは明らかで、ウチは直ぐさまVGボンゴレギアを装備し駆け出した。
此処から一番近い村の外れにあるベルメールさんの家から、特に激しい戦闘音が聞こえていた。そこに駆けつけると、何とも酷い惨状が広がっていた。
そこら中に倒れる村人は大量の血を流していて、地面に蹲っている。皆息を荒げ苦しげに呼吸を繰り返す中、ただ一人、ぴくりとも動かぬ姿があった。
その側には涙で顔を濡らしているノジコちゃんがおり、その姿を見て動かぬ人物が誰か分かってしまった。

「…っ、ぁ、香織、ちゃん…っ、」
「っ!!お姉ちゃ…っ!!」

『…何だよ、これ…、』

思わずついて出た言葉は、震えた情けない声だった。目の前の惨劇に処理が追いつかずにいると、異様な姿をした人のようなモノがウチに目を止めた。

「何だ?まだ人が居やがるじゃねえか。」
『───…っ!!!!』
「おっと、」
「アーロンさん!」

相手を認識した瞬間、ウチは間髪を入れずに薙刀で斬り込んだ。しかしそれはあっさりと躱されてしまい、空を斬る音だけが鳴った。それでも怒りに呑まれてしまったウチは、構わずに次々と切り込みながら叫んだ。

『その手をっ、ナミちゃんを離せ!!! 』
「お姉ちゃ…っ!!!」
「このガキか?悪いがそれは無理だな。」

現状を理解し視界の端で捕まっているナミちゃんを捉えてから、ウチは無我夢中で攻撃を繰り出した。きっと皆は、ナミちゃんを守る為に戦ったんだ。そしてそれは、きっと彼女も、ベルメールさんも家族を守る為に…命を落としたのだろう。それを把握してしまってから、言いようのない怒りが体の全てを支配した。

『お前等が…!! お前等が皆を…っ!!!』
「よせ、香織…!止めるんだ…っ、!!」
「随分と生きの良い嬢ちゃんだな。お前もこの島の住民か?」
『ぐっ…!!』
「「香織お姉ちゃん…っ!!!」」

怒濤に繰り出した攻撃は軽くいなされ続け、終いには意図も容易く首を掴み上げられてしまう。予想以上の握力に首を圧迫され、苦しさから相手の腕を両手で掴む。手から放された薙刀は、地面に落ちて虚しい音を立てていた。

「ま、て…!! その子は、旅人だ…っ、島の住民じゃ、ない…!!」
『ゲン、さん…っ!』
「ほう、旅人か。」
「だから、見逃してやってくれ…!!」
『…っ!!』

血を流し必死でウチを守ろうと懇願する彼に、悔しさからぐっと歯を食いしばる。情けない事に、今のウチの力ではこいつ等に敵う術はないと分かってしまった。どうしようもない歯痒さに苛まれながら、ギリッと指先に力を込めた。

「確かに、住民リストにはそいつの顔は載ってないぜ、アーロンさん。」
「本当のようだな。」
「なら…!」
「だが、一時的にでもこの島に滞在しているんだ、金は払って貰おうか。」
「なっ…!!」
『がはっ、はっ…金…?』

不意に首から手が離れ、ドサッと地面に崩れ落ちる。息を整えている最中に、この島の全員から金を徴収していのだと聞かされた。金を支払えない者は、見せしめに殺される。大人一人10万ベリー、子供一人5万ベリー。
…そうか、だからベルメールさんは。
ぐっと拳を作り、怒りに耐えながら睨みつてけていれば、ゲンさんが側に寄ってきた。

「はぁ、香織…、」
『…大丈夫、金はあります…けど。』

別に金を払うのはどうって事はない。だが、ナミちゃんは?何故あの子は捕まってしまったんだ。ベルメールさんの事だ、自分を犠牲にしてでも二人を守った筈だ。なのにどうして。

「5万ベリーだ、払って貰おう。」
『…金はある。けどその前に、ナミちゃんを離せ。』
「んん?このガキか?」
『その子の金は、貰っている筈だ。』
「あぁ、しっかり徴収したさ。だが駄目だ。こいつは貴重な人材なんでな、少し借りていくだけさ。殺しはしねぇ。」

意味が分からず眉を顰めていたが、その手にしていた海図を見て理解した。あれはナミちゃんが描きためていた、大切なモノだ。いつか、世界中の海を航海して、世界地図を描くのが夢だと言って笑っていた。その海図が皮肉にも、こいつ等の目に止まり見初められてしまったのか。

『…離せ。』
「あ?」
『その子を離さなければ、金は払わない。』
「…シャハハハハハッ!お前、この現状を理解してないな!払わないのなら、殺すまでさ!」
『っ…!!!』
「お姉ちゃんっ!!!」
「馬鹿もんっ…!! 香織!!」

相手の言葉を合図に、まるでエイのようなヒレを腕から生やした男に刀で斬りつけられる。咄嗟に薙刀を拾い上げ間一髪で防ぎこめば、同時に一度後ろへ飛び退いた。その隙に薙刀を二丁拳銃へと変え、素早く撃ち込む。だが、銃弾はそのヒレによって全て防がれた。軽く舌打ちを鳴らし再び薙刀へ切り替え、接近戦へと踏み込んだ。VGボンゴレギアで強化したブーツで一気に間合いを詰め、薙刀を振り降ろす。ガキンッと互いの武器がぶつかり合い、力の押し合いになる。先程の奴同様、異様なまでの腕力に当然押し負けてしまうと分かっていたウチは、その力をいなしながら蹴りを回しいれた。

「ぐっ…!!」
『はっ!!』
「ほう…戦い慣れしてるな。それに、面白い武器を使ってやがる。」

後ろへ退いてから薙刀を突くように前へ斬り込む。しかしそれを躱して薙刀を掴むと、相手は勢い良く武器ごとウチを引き寄せた。咄嗟に手を離すよりも早く相手の正拳突きが腹に入り、吹き飛ばされる。何とかブーツのお陰で壁に激突寸前で踏み留まるが、今の一撃でゴブリと血を吐き出した。更にその一瞬の隙を逃さぬように、相手の剣が襲い掛かった。

『っ…! くそ…っ!!』
「香織お姉ちゃんっ…やだっ、もう止めてぇっ!! もう、いいから…っ!!!」

ギリギリ避けきる事が出来ずに、右腕に刀傷を受け血が溢れ出す。最悪な事に利き腕を負傷し、幾分か体の動きが鈍くなってしまった。口元の血を拭いながら薙刀を構えると、相手は何かに反応を示したようで動きを止めていた。

「…? 何だ、この匂いは…、」
「んん? この香り…。」
「何だか、甘い匂いしねぇか?」
『…?』

それは相手だけではなかったようで、どうやら敵の全員が“甘い匂い”とやらに反応を示していた。しかしウチや他の村人達には、その“甘い匂い”等全く感じ取る事が出来ず、眉根を潜めていた。相手の様子を窺いながら隙を狙っていれば、リーダー格の男がハッとしたように目を見開きウチを見据えた。

「まさか…コイツ…、」
「アーロンさん?」
「…おい、そいつを捕まえろ。殺すな。」
「? あぁ、」
『!?』
「香織!!」
「お姉ちゃんっ!?」

一転して奴は急にウチを捕らえるように命じ、数人掛かりでウチの身動きを封じた。化け物染みた戦闘力の奴等を数人相手にするには、あまりにも不利な状況にありウチは抵抗虚しく拘束された。両腕を掴み上げられ、ウチはリーダー格の男の前に突き出される。すると奴は斬られた右腕の傷に顔を寄せ、確かめるように血の匂いを嗅ぎ出した。そして何かを確信したようにニヤリと笑みを浮かべ、高らかに笑い出した。

「間違いねぇ! コイツはきっと“異界人いかいびと”だ!!」
『…異界いかいびと…?』
「マジかよ、アーロンさん!このガキが、あの!?」
「あぁ、この特徴的な甘い血の香り。そして…。」
『ぅ゙あ゙あァア゙っっ…!!!!』
「「お姉ちゃんっ!!!」」
「なっ!! 香織!!!」
「香織ちゃん…っ!!!」

不意に言葉を区切ると、突然奴はウチの首元に噛み付いた。まるでサメのような鋭い歯が肉に食い込み、このまま喰いちぎられてしまう錯覚に陥る。ズブリと歯をゆっくりと引き抜かれ、傷口からドクドクと血が流れていく。その流れ出る血が勿体ないとでも言うように、最後にザラリと傷口を一舐めした。

「この全身に漲っていく力と、脅威的な治癒力…!! まさに言い伝え通りだ!!!」
『はっ…はぁっ…、ぐ…っ!!』
「こりゃ最高の収穫だ!! 今日は正に運が良い!! コイツも連れていけ!!!」
「なっ…!? 待て…止めろ!!!」
「お姉ちゃんまで…っ!! いやっ、二人を返して…っ!!!」
「お姉ちゃんっ!! いやあぁ!! 離せ!!! 離せェ!!!」
「はっ…!! 待たんかァ!!!」

血の流し過ぎか、若干視界が霞みかけていた時、ウチの比にならないくらい血を流すゲンさんが声を荒げ立ち上がった。ふらつく体をものともせず、剣を構えながら奴等に抗議を示した。

「ナミの分の金は受け取っているだろう…!!? もう手を出さんと言ったじゃないか!!! 香織の分も、金はあるんだ!!! 今払うから、離してくれ…!!!」
「あぁ…このガキは傷つけやしねェさ、借りていくだけだ。だがコイツは返せねぇな。先に拒否したのはコイツだしな、もう金はいらねェさ。」
「ゲンさん助けて!!!」
「子供達に手を出すな!!!」
『はっ…や、めろ…!!』

無謀と知りながらもナミちゃんを、ウチ等を助ける為に立ち向かう彼に、制止の声を掛ける。だが小さなウチの声が届く事は無く、無惨にも先程のエイのような奴に斬り刻まれた。それを目にしたナミちゃんは、悲痛な声を上げた。耳に届く絶叫に怒りが湧き上がり、力の限り蹴りを入れた。しかし、血の流し過ぎで殆ど威力のないそれは、呆気なく避けられた。

『は、なせ…!!! やめろっ…!! みん、なに、手を出す、なっ…!!!!』
「暴れるな、黙らせておけ。」
「了解。」
『がっ…!!!!』
「いやっ!! お姉ちゃ…っ!!!」
「くっ…!! 今……!! 助けるぞ、ナミ!!! 香織!!!」
「ここは通さん……!!」
「二人を置いてけ…!!!」

再び強く腹に拳を入れられて、口から大量の血を吐き出す。朦朧とし始めた意識の中で、皆が立ち上がっていく姿を目に留める。それを止めようと声を出したくても、もう言葉を発せられる余裕もなかった。次第に遠退き出す意識で最後に聞こえてきたのは、あまりにも悲痛なナミちゃんの願いだった。


「……もういいよ!! やっぱりいいよ!! 助けなくていいから

お願い!! もう誰も死なないで!!!」




end.