マギ連載ネタ@


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※アニメに触発され衝動的に書いたブツ
※オリジナルな昔話(原作前)


夜もふけ、少し肌寒く感じる街中は昼間の賑やかさと変わらぬままにとても活気に溢れていた。
そんな街中を一人、屋根の上から眺めている人物がいた。
その人物はフードの付いたローブを身に纏っており、顔は目深に被っているフードのせいで男か女かの判断がつかない。いかにも怪しげなその人物は、暫しの間何処か感傷に耽っているかのように街中を見つめていた。

『…………。』

フードの下ではその瞼を閉じ、ゆっくりとした呼吸を幾度か繰り返す。そして瞼を上げ再び街中を見つめるその瞳には、何も映ってはいなかった。 まるで感情が抜け落ちたような暗い瞳を、今度は煌々と輝く星空へと移す。

『………何を、今更躊躇っているんだか……。』

ポツリ、と呟いたその言葉は、とても小さく何処か自身を嘲笑うようなものだった。

『……とっくの昔に後戻り出来ない事など、嫌という程理解している筈なのに………いや、それとも、』

――死を、恐れているのか…

そう考えたところで、それこそ今更な話だと鼻で笑う。今日まで死と隣り合わせの日々を送ってきていたのだから、そんな“覚悟”なんて当の昔に出来ていた。物心ついたその時から。それが遅いか早いかの違いで、その日が今日というだけの事。
寧ろ15年もの間、よく生き延びてこられたものだと思う。
だがそう素直に感心する反面で、複雑な想いにもなる。 今まで無事に生き延びてこれたのは…その分だけ、人を殺めてきた“証”なのだから。

“――殺らなければ殺られる”

そんな場所で生まれ育ったせいで、物心ついた頃には既に“殺す”術を身体に叩き込まれていた。 誰なのかもわからぬ大人達に毎日のように殺す訓練をさせられ、実際に“任務”として命を受け殺しを実行する。 その任務を成し遂げられなければ、運良く逃げ帰っても大人達によって“処分”されてしまう。
そんな風に、“暗殺者”として育成されてきた。
だがそれでも、殺しという行為に未だ抵抗があり慣れる事などなかった。この手を染める度に鉛の如く心にのし掛かり、押し潰されそうになる。それでもまた、次へ次へとこの手を染めてきた。 一度手にかけてしまえば、後戻り等出来ないと理解しているから。
…それでも、直前になってこうして躊躇ってしまうのは、これ以上自身の手を汚したくないからなのかもしれない。
そこまで考えて、その人物はフッと小さく短い息を吐く。

『どちらにせよ、それも今日で最期だ…。』

いつの間にか移された視線の先には、立派な建物がそこにあった。
それは所詮、“王宮”と呼ばれるものだ。
そしてその視線の先こそ、今回の任務となるターゲットがいる場所。

『まさか…“あの”国王をこの手に掛ける日が来るとはな…。』

別に、国王暗殺の任務なんてこれが初めてではない。寧ろ今までの任務の4割程は、何処かしらの国王を暗殺してきた。
だが、今回は今までとは訳が違う。
なんせ今回のターゲットである国王は、あの“迷宮”を幾度も攻略したと言われている“七海の覇者”――シンドバッド王なのだから。そのような人物を相手に一筋縄ではいかない事など、周知の話。ましてや幾度となく仕向けられてきた暗殺者達が、今まで無事に帰ってこれたという話など全くない。それはつまり、この任務を請け負った時点で、ほぼ確実に“死”が待ち受けているようなものだ。

――そう、この任務を請け負ったが最期、死しかないのだ。

もし、何て可能性はない。
生粋の暗殺者でさえ難関な任務を、その日その日をやっとこさ乗り切っているような奴が成功させるなんて皆無なのだから。
再び星空を仰ぐように顔を動かせば、その拍子に被っていたフードがパサリと落ちる。

『……今日は一段と、星がよく見えるな…。』

月明かりに晒されたその容姿は、中性的な顔がより一層引き立たされていて綺麗だった。
潮の香りと共にさらりと靡く長い青色の髪が、何処か幻想的にその人物を魅せつける。
潮風を浴び、一つ大きな深呼吸をする。
そして長めに吐き出された吐息の後、感情の読み取れない声色で呟いた。

『―――いくか。』

もう一度フードを被り直し、踵を返したと同時にその人物はスッと音もなく闇夜に消えていった。




『(見つけた…。)』

自ら聴取し集め得た情報通り、そこにはまだ仕事に手をつけているシンドバッド王の姿があった。やはり一国の王ともなれば多忙な生活になるのだろう、それはシンドバッド王の机に山積みになっていた書類の多さが物語っていた。
その姿から目を移し、素早く中の状況を把握する。 どうやら今はシンドバッド王一人しかいないようだ。
近くに人の気配を感じない。
一国の王ともあろう者が随分と無用心だな、と思う反面それだけ強さに自信があるという事なのだろう。もう一度周囲の状況を確認しつつ、その人物はローブの下から扱いなれたアーチェリーを取り出す。

『…………。』

スッと素早く構え、ターゲットを見据えながらタイミングを図る。 直前まで何処か躊躇う素振りをみせていたその瞳には感情がなく、暗殺者としての顔がそこにあった。
キリキリと極限までに弓を引き、神経を研ぎ澄ませる。

『(…貴方に恨みなどないが、その命奪わせて頂く…。)』

ギリッと限界まで張りつめた弓の音を耳にした瞬間、その人物は先程までの心境が嘘であるかのように躊躇いもなく矢を解き放った。 時間にしては僅か数秒、そのたった数秒の出来事が妙に長く感じたのは、きっと気のせいだろう。

「………!!!」

だがそう思わせてしまうのは、ターゲットに意図も簡単に避けられてしまい、思考が一瞬停止したからだろうか。

『…っ、』


―――暗殺失敗。


瞬時に脳内を占めたその言葉が、やけに大きく響いた。
放った矢のせいで居場所を把握されてしまったが、既に身体はその場から逃げ出していて思わず自身を嘲笑った。

『(どうせ死は免れないのだから、逃げても意味などないのに…。)』

そう思いつつも止まらぬ足はなんと正直な事か。
屋根の上を飛び渡りながら逃げていれば、着地と同時に殺気を感じ素早く横に飛ぶ。数秒前までいた場所には、赤い紐がついたナイフがその場に突き刺さっていた。

「逃がしませんよ。」

地を這うような、それでいて感情がまるで感じられない冷えきった声色に、情けなくも思わず背筋が凍る。 そのせいで直ぐ様繰り出されたナイフに反応が遅れしまい、完全には避けきれずに左腕を掠めてしまった。 僅かに走った痛みに少し顔をしかめつつ、飛び交って来るナイフをかわすためにその人物は纏っていたローブを投げつけた。

「っ!……なっ、」
「!!」

目眩ましを目的にローブを投げつけた瞬間、ナイフを扱う銀髪の青年と、恐らく追ってきたのであろうシンドバッド王が此方の予想以上に驚いた様子を見せた。その一瞬の隙をついてその人物は素早い動きで屋根を飛び降りると、狭く入り組んだ路地へと入り込んでいった。

「女…っ!?」

驚きを含んだその言葉が吐き出されていた事など、既に闇に消えていったその人物には知るよしもなかった。




『……っ…、…は……はっ、』

郊外から随分と離れた緑の多い場所まで逃げ切ると足を止めた。 乱れた息を整えようと何度も深呼吸を繰り返し、近くに生えた木に身を預ける。だんだんと安定してきた呼吸を耳に、その人物は先程の事をぼんやりと考えていた。
何故、あんなにも驚いた様子を見せたのか…。
その事が不思議で幾度も思い返してみるも、やはり思い当たる節が見当たらず解らないままだ。だが今はそんな事に気を留めている場合ではないと頭を振ると、この場から移動する為に身体に力を込めた。

「随分と余裕ですね。」

その声にハッとした時には既に遅く、再び木の幹へと身体を預けるようにナイフのついた赤い紐によって縛り付けられた。しかしそれでも考え事をしていたとはいえ、ここまで気配を感じる事が出来ないなんて今までに一度もなかった。
目の前にいるこの銀髪の青年は、一体何者なのだろうか。
ただの従者にしてはそのスキルは格が違いすぎる。

「さて…どうしましょうか、シン。」

チラリと目だけを後ろに向け、主であるシンドバッド王へと銀髪の青年は指示を扇いだ。その視線に応える為か、シンドバッド王はふむ、と声を出しながら腕を組みじっと此方を見つめてきた。 シンドバッド王の視線から目を逸らすように地面を見つめてから、その人物はポツリと言葉を溢した。

『考え込む必要などないだろう。』
「ん?」
『殺せばいいじゃないか。』

ハッと自嘲気味に笑いながら言えば、沈黙が返ってきた。

――無言は肯定、か。

ほらな、どうせ死ぬ事は免れないのだ。
そんな考え込むような素振りなどせずに、殺すのなら殺せばいいじゃないか。
…なのに、何故まだそんな素振りなど見せる?

『さっさと始末すればいい。』
「………ふむ、」

そう促しても尚も止めるつもりはないのか、更に考え込むような素振りを見せた。 その様子に若干苛立つように声を荒げながら、言葉を発する。

『殺せ!情けのつもりか!』
「…………。」

はぁ、と息を荒く吐きながら顔をしかめ軽く睨み付ける。 だがそんな事でシンドバッド王が動じる筈もなく、尚もじっと此方を見つめていた。
暫しの間、再び沈黙が流れる。
荒くなっていた息も大分落ち着いてきた頃、漸くシンドバッド王の口が動いた。

「君は何故そうも死にたがる。」


『…は………。』

漸く紡がれた言葉に、思わず眉をしかめた。
何故死にたがるかだって?
そんなの……

『…私は暗殺者だ。そしてそれだけが、私の存在意義。故に失敗すれば、それは死を意味する。仮にこの場を切り抜けた所で、どのみち組織に殺されるんだ。私にはもう、死以外の選択肢はない。』
「ならば何故、逃げ出したんだ?」
『…………。』
「君の言い分だったら、逃げる必要はない。だが、君は逃げた。その行動は矛盾してないかい?」

シンドバッド王の問いに答えずに押し黙れば、シンドバッド王はそれを構わずに話し掛ける。

「俺にはその行動は、君が生きたがっているように見えるんだが。」

その言葉を聞いた瞬間、その人物はピタリと自身の身体が固まったのが分かった。

―――生きたい?私が?

『…………はっ、』

―――笑わせる。

『私が生きたがってるだって…?確かに、先程は無意識とは言え死を恐れて逃げ出した。だが、私が生を望むのは有り得ない。』
「何故だ?」
『私が、人殺しだからだ。』

その人物は自嘲気味に、淡々とそう言い放った。
その瞳には、光がない。

『今まで幾度となくこの手で命を奪い、殺してきた。そんな穢れきった人間が、のうのうと今まで生きてきたんだ。…15年も、生きれたんだ。それ以上何を望む?人殺しが、命を奪っといて命乞いだなんて笑わせる。だから、私は生を望まない。望むのなら、それは自身の死だ。』

―――そう、私は穢れている。
そんな奴が生を望める訳がない。
望んでは、いけないんだ。
それに…やっと終わるんだ。
誰かを殺す事でしか生き延びていけなかった毎日から、やっと解放される。
もう、この手を赤に染めずに済む。

『…だから、殺すのならさっさと殺……。』
「いや、その必要はない。」

その人物の言葉を遮るように、シンドバッド王が口を開く。そして発せられた言葉に、再びその人物は身体の動きを止めた。今の言葉の意味が理解出来ず、探るようにじっとシンドバッド王の瞳を見つめれば、彼はにっこりと笑顔を浮かべた。

「君を殺すつもりはない。」
『…………は、』
「俺は君を食客として迎え入れよう。」