第一話

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『んー…今日もえぇ天気やなぁ。』

最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴り響くと、学舎からぞろぞろと色とりどりの生徒達が溢れ出す。その様子を一人、最後まで教室に残っていた男がぼんやりと眺めていた。最上級生の証である深い緑色の装束に身を包んだその男は、暫く窓辺に腰を掛け外を眺めていたが、飽きでもしたのかのっそりと体を動かした。

『ほな、行こか。』

ポツリと、誰に言うでもなく呟いたかと思えば、その男の姿は既に教室から消え去っていた。




《 猪名寺 乱太郎 視点 》

放課後になって皆でサッカーをしようと校庭に出た私達は、すぐに夢中になって遊び始めた。今日は皆委員会がなくて久しぶりに全員揃ってのサッカーだからか、凄く盛り上がって楽しんでいた。そんな中で団蔵がボールを勢いよく蹴りあげすぎて、かなり遠くの方へと飛んで行ってしまった。

「あーっ!!やっちゃった〜…。」
「私、取ってくるねー!」
「ごめん乱太郎!!頼んだ!!」

ボールが飛んで行って方向に一番近かった私は、直ぐにボールを探しに走りだした。

「あれー、おっかしいなぁ…多分この辺りだと思うんだけど…。」

キョロキョロと見渡してもボールの姿はなくて、私は首を捻りながら探し回った。草むらを掻き分けくまなく探してもボールは見つからず、私は困ったようにんーと顔を上げた。
すると、少し離れた場所にある一本の木に探していたボールが引っ掛かっているのが目に入って私は思わず声を上げた。

「あった!木に引っ掛かってたのかー、道理で見当たらないわけだよ。」

漸く見つけた嬉しさと皆を待たせている焦りから、私はすぐさま駆け出した。
けど、そのせいでその木が競合地域内に立っている事をすっかり忘れ、私は何も考えずにそのまま足を踏み入れた。ボールがある木まであと数歩、という所で足元が突然崩れ落ち浮遊感に襲われる。

「っ!!?!? ぅ、わあぁあっ!?!?」

落ちる!!と思った時には私は目をギュッと強く瞑り、直に訪れるだろう衝撃に身を構えた。
…の、だが。

「…っ……?……あ、れ…?」

一向に来ない痛みを不思議に思い、私はそーっと目を開ける。瞳に写った景色は先程と同じで、いや、若干何時もより目線が高くなってはいるが、どう見ても落とし穴の中ではなかった。
その事にぱちくりと目を瞬かせていると、不意に後ろから声が掛かってきた。

『自分、大丈夫か?』
「へっ…?」

聞き慣れない声と何処か訛った喋りに更にきょとんとしていると、静かに地面に降ろされてそこで漸く自分が持ち上げられていたのだと知った。私は後ろへと振り返り、自分を助けてくれた人物を見上げた。そこに居たのはやはり見覚えのない男性で、私は小さく首を傾げた。
けれど直ぐにハッとなって、私はその人へとお礼を告げた。

「あのっ!助けて下さりありがとうございました!!」
『ん〜、どーいたしまして。怪我せんで良かったなぁ。』

ペコリと頭を下げると、その人はへらりと笑って私の頭をポンポンと優しく撫でてきた。私は改めてその人を見上げ、深緑色の装束を身に纏っている事に今気付き、相手が六年生であると知った。
六年という事は伊作先輩と同じ最上級生。伊作先輩以外にも六年生とは面識はあったが、この先輩とは今まで一度もあった事がない。

『此処は競合地域やで。一年にはまだ早いんとちゃう?』
「えっ!?あ…本当だ。気付かなかった…。」
『なして此処通ろうとしたん?』
「あ、えっと…あの木にボールが引っ掛かっちゃって…。」
『なーる。ほな、ちょい待っとき。』
「え?」

先輩はそう言うとボールの引っ掛かった木へと軽々登り、あっという間に私の元へと戻ってきた。

『お待っとさん。ほい、ボール。』
「!!! ぇ、今、行ったばっ…ぇえ!? 早っ!!!」
『なっははっ、何や新鮮やわ。驚く程ちゃうやろ。』

カラカラと笑う先輩は再び私の頭を一撫ですると、くるりと背を向けた。

『ほな、じゃーな。今度は気ィ付けよ。』
「え、あ…! あの、ありがとうございました!! っ私、一年は組の猪名寺 乱太郎です!せ、先輩の名前は…!」
『ん〜?俺?俺はねぇ…まぁ、また会えたら教えたるわ。』
「ぇえ…!! そんなぁ…。」
『…そやなぁ、取り敢えず“通りすがりの学級委員長”とでも言っとこか。』
「学級委員長…?」
『ほなな。』

ヒラヒラと手を振りながら先輩はふらりと何処かへ歩いていってしまった。
その後ろ姿をポカンと見送っていると、中々帰ってこない私が気になったのか、きり丸としんべヱが私の元へ駆け寄ってきた。

「乱太郎!どうしたんだよ。」
「遅いから心配したよ〜。」
「きり丸、しんべヱ…。」
「?どうした?何か呆けた顔してっぞ。」
「私…何か凄く不思議な先輩に会った…。」
「は?」
「不思議な先輩?だぁれ、それ?」
「分かんない。」
「…おい、大丈夫か?頭でも打ったのか?」
「もうきりちゃん、失礼だよ!先輩が名前教えてくれなかったんだよ。何か、通りすがりの学級委員長とは言ってたんだけど…。」
「何だそりゃ。」
「変わった先輩だね〜。」
「うん…本当に、不思議な先輩だった。」
「ふーん…それより早く行こーぜ。皆待ってる。」
「あ、ごめん!行こ!」
「わぁ、待ってよー!」

皆と遊んでいた最中である事を思い出し、私は慌てて二人と一緒に走り出した。その間も私は先程の事を思い返して、本当に不思議な人だったなぁと思い続けた。別段話の内容は普通であったけれど、先輩が持つ雰囲気がとても独特だった。加えてあの喋り方がその雰囲気に拍車を掛けているように感じて、益々先輩を不思議に思わせた。

「(…今度、伊作先輩に聞いてみよう。)」

何だかとても気になった私は、あの先輩と同学年である伊作先輩に聞こうと秘かに思った。
そう思ったと同時に私は名を呼ばれ、今度はサッカーに夢中になってすっかり先程の事を忘れ去ったのだった。



end.

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名前変換の意味とは。