―――――空は今日も晴れている。
パルス国、王都エクバターナ。堅牢なる高い高い城壁に囲われ守られている巨大な都だ。
活気立つ街の中には、甲冑を纏った兵士や露天にて商いに勤しむ商人、華やかな装いに身を包む恰幅の良い貴族、元気に駆け回る子供、果ては―――奴隷達。様々な身分の者達がこの都市で生き、暮らしている。
その中枢にそびえ立つのは、王都を―――いや、このパルスを治める王族が暮らす王の宮。街を守護する壁よりも頑丈に、そしてより美しく造られた豪華で立派な建物だ。高貴な人間が棲まうにはこれ以上ないほど相応しいだろう。
こつり、と小さな足音が響く。さわさわと仕立ての良い上質な衣装の裾が揺れ、淡い色の長いくせ毛が柔らかく靡いている。藍玉のような神秘的な瞳は、握られていた白い花弁を見つめていた。
「よいお花があってよかったですね、リリーシャさま」
「はいっ」
傍らに控えていたお付きの侍女に語りかけられ、リリーシャと呼ばれた少女はふわりと微笑む。
パルスを統治する国王アンドラゴラス三世と、王妃タハミーネの娘―――すなわちこの国の姫君だ。齢九つを迎えて数ヶ月の幼い姫は、侍女を共に王宮自慢のひとつである色とりどりの花達が咲き乱れる庭園に訪れていた。彼女の白雪のような肌とよく似た花びらを持つ花を数本摘むと、リリーシャは上機嫌な様子でそれを握りしめていた。もちろん、渡す相手は決まっている。
ふと耳に届いたのは、キン、と金属が触れる音。生まれてから九年、これまで何度も聞いてきた音だ。連続的な金属のぶつかる音が聞こえていたかと思えば、次に響いたのは一際大きな音。繊細な彫刻が施された剣が、呆気なく地面に落ちている。そしてその剣を持っていた人物の顔がはっきりと見えた。
「……あ」
束ねられた白い髪と、晴れ渡った夜空のような深い色の瞳。どこか気弱に見えるその少年は、ひとりの老将軍の目の前で情けなく座り込んでいる。後方には、剣が一本、虚しく転がっていた。
どうやら剣の稽古をしていたらしい。ここ毎日、彼は
その間も何やらぶつぶつと愚痴を漏らしていたようだが、身支度が整うとリリーシャはそっと声をかけた。
「アルスラーン兄さま」
「リリー、来ていたのか」
リリーシャの顔を見ると、少年の顔が柔く綻ぶ。アルスラーン―――彼はパルス国の長子で王太子である。兄さま、と呼ばれたように、アルスラーンは彼女の兄にあたる。リリーシャとは年はふたつ違いだ。
アルスラーンの視線がすっと下がり、小さな手に握られている花を見据える。
「もしかして、庭園に?」
「はい。そこから戻るときに、お兄さまとヴァフリーズの姿が見えて」
「……ということは、さっきのやりとりを見られていたのか」
「ほほ、とんだところを姫さまに見られてしまいましたな」
リリーシャの言葉に、アルスラーンは眉を下げて困ったように肩を竦めた。うしろではヴァフリーズが目を細め、口髭を弄りながら笑う。
恥ずかしげに頬を搔く彼に、リリーシャは持っていた白い花を一輪、手渡す。
「お花。お兄さまに」
「いいのか?ありがとう」
花を受け取ると、アルスラーンはそっと胸元に刺す。だが彼女の手には、まだ数本の花が残っている。どうやら渡す相手はアルスラーン一人ではないようだ。
「父上と母上にか?」
「はい」
やけに花が多いのは、両親に贈る分も摘み取っていたからであった。しかし、二人に渡すにしては花が一輪余分だ。
はて、では誰に贈るのだろう。アルスラーンが小首を傾げていると、再び後方から声がする。ヴァフリーズだ。
「もう一輪は……もしや、我が甥に、でしょうか?」
すると、リリーシャがぴくりと華奢な肩を揺らす。細い指で花をきゅっと握り、おずおずと頷いて見せた。その白い頬はほんのり紅く染まっている。
恥じらう姿はなんともいじらしく愛らしい。そんな健気な少女をアルスラーンとヴァフリーズのみならず、侍女達まで微笑ましそうにしている。
「ならば、早く渡しに行かなくてはな」
アルスラーンはそう言ってリリーシャの背中を優しく押す。鍛錬場を後にすると、途中でとある人物と対面する。
