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綺麗な人だと思った。最初にあの人を見たのは、俺が調査兵団に入ってから間もない頃。頼まれものをして初めて書庫の中へ足を踏み入れたとき、室内の隅っこにある窓際の机に座り本を読んでいる姿を目にした。整った顔立ちだということは横顔を見ただけでも十分に伝わってきて、俺はこのときに今まで感じたことの無い感情が自分の中へ流れ込んできたことに気付いた。ぼうっとその人を見つめてどれくらいの時間が経っただろう。その人は俺の存在に気付き、顔を上げた。遠くてよく分からなかったけれど、黒いような濃い茶色のような大きくて澄んだ瞳と目が合う。瞬間、心臓が大きく脈打った感覚が全身を伝い、同時に頬が熱を持ち始める。
なんだ、これは…。
戸惑う俺は何も言えず、視線を逸らすことも出来ずにただ黙っていた。すると、その人はそっと目を細めて微笑みかけてきた。俺は窓から差し込むやわらかい陽光に照らされた笑顔が、とても綺麗だと思った。
***
初めて彼を見たのはとある日の温かい午後のこと。執務室で仕事をしているとハンジやらリヴァイやら邪魔が入るので、私は誰にも何も言わずに部屋を出て書庫で仕事をしていた。だけど途中で同じような書類と向き合うことに疲れてきて適当に手に取った本を読んで暇をつぶしていた。そんな中、彼がやってきたのは突然で。いつもほとんど人が訪れることのない書庫に現れたその人は、大きな金色の双眸で私を見つめ茫然とその場に立ち尽くしたまま。初めて見る芯の強い瞳。まるで弓矢で射抜かれ捉えられてしまったかのように逸らすことの出来ない視線。まだ幼いであろうあどけなさが残った顔立ちに見合わないそれは、確実に私の心を掴んだ。
もしかしたら彼が―――。
ふいにリヴァイの言葉が蘇る。
"金色の目のクソガキには気を付けろよ。あいつは本物のバケモノだ"
きっと彼がそうなんだと分かった。リヴァイはああ言っていたけれど私からすればどう見たって普通の少年にしか見えない。確かに内に秘めた意志の強さを表しているであろう瞳だけは強烈なインパクトを持ってはいる。だけど、それを除けば普通の15歳の少年。まだ兵士になりたての、これから先長い長い人生を歩んで行くことの出来る未来ある少年。私たちはこんな子供に未来を託すしかないのか……。ふいに壁外での悲惨な光景が蘇る。それを彼がこの先何度目にすることになるのだろうか。そして彼のために今よりもっと多くの人が死んでいくはずだ。そんなことを考えただけで胸が痛んだ。だからなんだろうか。彼の運命に同情しなかったと言えば嘘になる。でもそれとは違った感情もまた私の中にはあったのは事実で。気付けば私はその少年に向かって微笑みかけていた。
"出会わなきゃよかった"
なんて言いながら二人で涙をこぼす日がやってくることが分かっていれば、私たちはこのあと何事も無かったかのようにお互いの感情を隠して日々を過ごしていたのだろうか。
いやでもきっと、惹かれあうことは偶然だけど必然でもあって。すべてが終わってみると、彼と過ごした時間はずっとずっと私の命に刻まれて消えないのだろうと思った。例え違う人生を歩むときがきても、それだけは消えないのだろうと。何度生まれ変わっても、私はそのたびにこれを思い出し胸を焦がすのだろうと。
悲しみの始まりは優しくて、私たちに叶うはずのない淡い夢を見せた。
始まりは優しく
2016 04/11
ALICE+