※流血表現有り、重く暗い内容、夢主死ネタ注意
「欲しい」
抑え込んでいた欲望を口にしてしまえば、それはもうあっという間。ナマエの白い首筋に噛み付く。やわらかな肌にぷちりと音を立てて鋭く醜い刃が突き刺さる。口の中にはとろりとした血があふれてきて、口内いっぱいに鉄の味が広がる。俺はそれを夢中で吸った。愛情なのか性的な欲求なのか、ここまで理性を失ってしまえばそんな区別も最早つかない。ただただ、この手に彼女を留めて置きたくて、誰にも渡したくはなくて、彼女の体の中を流れる血の一滴ですら自分だけのものにしたくてその欲望と本能に従った。
「あっ……あぁ……っ」
ナマエは小さく艶めいた声を上げる。その声が俺の中の理性をぐしゃぐしゃに掻き乱した。もう止まらない。このままでは俺はナマエの血をすべて飲み干して殺してしまうだろう。頭の中では理解が出来る。だけど、衝動が抑えきれない。湧き上がってくる衝動を、欲求を、俺は完璧に抑制出来なくなってしまっていた。
ああ、誰か助けてくれ。このままではナマエは死んでしまう。俺の身勝手な欲望の所為でナマエは死んでしまう。誰か、誰か―――…。
「あん、ざい……さん…」
消えそうな掠れた声でナマエが俺の名前を呼ぶ。そして震える手で俺の頬に触れた。その手はもうすでに冷え切っていて、ここに来て俺はようやく現実を見ることが出来た。首元と真っ白いワンピースが真っ赤に染まったナマエは、俺の頬にそっと触れて優しくほほ笑む。
「あり、がとう‥…わた、し……どうせ死ぬ、なら……安斎、さんに…」
"殺して欲しかったの"
ナマエの瞳から涙が流れた。最早俺の手はその涙を拭うことすら出来ない。こんな凶器のような長い爪が生えた手ではナマエを傷つけてしまう。悔しさと悲しさと罪悪感で涙が出た。俺が、殺す。俺がナマエを殺してしまうんだ。ナマエを欲しいと強く願ってしまったから。だから、俺がナマエを殺す。ようやく思考に感情が追いついてきて、理性が俺の中に戻ってきて、そして涙が止まらなくなった。
「ご、めん……ごめんな……俺……俺は…っ」
俺がこんな風に泣いて言いわけがないのに、涙はどんどん溢れて来る。ごめん、ナマエ。
「いいよ……泣か、ない…で…」
ナマエは冷えた手で俺の涙を拭った。
「いつか、こんな…日が……来るかもしれないって…分かってた…」
分かっていてナマエは俺なんかのそばにいてくれたのか。こんな人間にはなり切れない、中途半端で醜くい化け物の俺なんかと。ナマエはどうしてこんなにも俺に優しくしてくれるのだろう。そんな優しさが今は胸を引き裂くように痛かった。
「最後まで、こうして安斎さん、に…そばに…いてもらえて……私、とっても、幸せ…」
幸せだなんて。そんな残酷な言葉があるだろうか。俺がそばにいる所為で俺はお前を殺してしまうんだ。そんなことが幸せだなんて。
「ナマエ…もう、…っ」
"やめよう"と言おうとした俺の唇をナマエの人差し指が塞ぐ。そして、お願いというようにナマエはゆっくりと目を閉じた。ナマエはもう自分は助からないと分かっているようだった。ぎゅっと唇を噛みしめながら俺はこのどうしようもない現実を激しく後悔した。ここまで来てしまえば、もう残された選択肢はひとつしかない。俺は、ナマエの体を引きよせると血が溢れだしている首元にもう一度噛み付いた。愛する彼女の命をこの体に刻み込むように。俺は最後の一滴までナマエの血を飲み干した。
2016 03/30
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